Banshee

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「お手柄だったそうじゃない」
 紅茶を入れながらそう言うロビンの心のうちは読めない。本当に褒めてくれているのか、それとも嫌味か何かか。そもそも、彼が自分を受け入れてくれたのかすら分からないのだから、判断しようがなかった。
 バンシーとの遭遇から3日。ジェラールは殺人犯を捕まえた。バンシーに言われたこともあって調査をしていたのももちろんだが、なんてことはない、顔を見られていたことを知った犯人がジェラールを殺しに来たのだ。それを返り討ちにし、そのときまで調べた内容を突きつけてやったら大人しくなったので、そのまま警察に突き出した。それが昨日の事。
 犯人は、所謂ストーカーだった。オーレリアと見た葬列の少女――パン屋の娘に懸想し、アピールを繰り返したが、もともと彼女に恋人がいたこともあって結果は惨敗、逆恨みして殺害した。ジェラールたちが目撃したのは、その恋人の殺人現場だ。恋人同士が殺された悲劇として町の新聞はこの事件をわりと大きく扱っている。
 残りのバンシーの目撃情報だが、調査結果から推測するに、その人物の死期を知ったバンシーが現れただけ、ということのようだ。というのも全員疑いようもなく事故死で、パン屋の娘とも犯人とも関係性がなかった。
 彼女はただ予言してしまった死を止めたいと思っただけだろう、とロビンは言った。だからその人が死んだときに現れたのだろう、と。それを目撃され、逸話から連想してバンシーと呼ばれるようになった。……シレーヌの事件と似ている、とジェラールは思った。人はまだ、人妖だとか妖精だとか、そういう存在に踊らされている。それとも彼ら異能者は、それらが具現化したものだろうか。
 ところで気になるのは、彼女の最後の言葉。犯人があと1人は殺しそう、というやつ。あれはジェラールの事を指していたのだろうか。でもそうならそうではじめから言ってくれれば良いし、イリスに対して言った、彼女の周囲で死ぬ人はいないというのはなんなのだ、という話にもなる。これでは彼女が望んでいた予言の回避に成功したのかもよく判らない。
「これで君の知名度も上がったね」
「上がったところでな。接客する場所がない」
 家は買ったが、事務所は買えない。かといって、居住空間にお客様を入れるのは色々と躊躇われる。バンシーの話を聞いたときはそこまで考えていなかったが、そもそも基盤ができていない。開業は無理だ。
「しばらくはバイト生活かな……」
 まずは金だ。食べていくにも、事務所の購入のためにも、とにかく金がいる。探偵でなくても、生きていくために職がいる。記憶を浚って雇ってくれそうな場所を探す。
 そんなジェラールに、ロビンは悪戯を思いついたような表情を浮かべた。
「そこで提案。時給制、勤務時間によっては賄い付きのバイトなんてどうかな?」
「は?」
 素頓狂な声を上げたのはジェラールだけではない。後ろでテーブルを磨いていたイリスもだ。何を馬鹿なことを、と非難する目でロビンを見ている。
 イリスに睨まれているのも何処吹く風。彼はジェラールに顔を寄せると、彼女に聴こえないよう、小声で言った。
「君なら俺達の事情を知ってるし、人見知りのイリスが多少馴染んでるみたいだし」
 都合がいいのだ、と彼は言う。確かに多少のことなら目を瞑れるしフォローもできる。何も知らない人物からふとしたことで出てしまうかもしれない異常さを隠すより、知っている人間を置いておくほうが随分と気が楽なのだ。
「俺達もそう余裕あるわけじゃないから給金安いけど、それでもいいなら」
 どれほど安いのか、と少し不安になったが、おそらく常識の範囲内だろう、とジェラールは踏んだ。彼はそれほど人でなしに見えない。それに、就職先の宛もない。
 返事はもう、決まったようなものだった。



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