第16章 オペレーション・デイブレイク


  3.

 回廊を塞ぐように、青い魔法陣が現れる。
 リズが氷の矢が飛んでいった後、グラムはすぐさま彼女の前に躍り出た。近寄ってくる1人を袈裟がけに斬りつけ、別の相手の手元を蹴りつける。別の敵がリズの杖で顎を突き上げられるのを尻目に見ながら、右へ左へと剣を振って血路を切り開いた。
「2人で組むのって、どれくらいぶりだ?」
 剣を受け止め、短剣を鎧の継ぎ目に刺し込みながらリズに尋ねる。2手に別れるときはいつもリグと組んでいたから、なかなか2人で組むことはなかった。別に相性が悪いわけではない。むしろいいほうだ。今もこうして、互いを援護しあっている。グラムが前衛、リズが後衛。グラムは剣でリズを庇い、リズは術でグラムを襲う敵を狙う。
「さあ。1年は経ってる。あと、3人だから」
 忘れていた。残りの1人はグラムたちに遅れまいと必死に剣を振っている。ディックスはグラムたち2人には任せておけないということで、仕方なくこちらへ組みこまれた。要は、〈木の塔〉が活躍することを疎んでいるのだ。成果を上げられれば、リヴィアデール軍の信用はがた落ち。だけど、1人くらいいれば、なんとか言い訳できるということらしい。
 すでに敵襲の号令が掛かっていて、敵がどんどんこちらへ向かっているようだった。向かって来る敵を倒し、少し進んだらまた敵が現れる。それでいい。これは陽動だ。グラムたちが敵の目を引き付けている間に、ダグラスたちが東の門を開ける。そして、そこからリグたち残りの仲間が雪崩れ込んでくるという手筈だ。夜明けを選んだのは、一番夜勤の見張りが油断する時間帯であるということと、リグたちが朝日を背にすることができるから。逆光になれば、矢などで狙われにくくなる。
「思った以上に多いな」
 倒した敵の数を数えるのをやめて、グラムは漏らす。少なからず夜勤で詰めているとは思っていたが、それにしても数が多い。
「泊まるところがないんじゃない?」
 他国の街に侵略した兵士に、そうそう居場所などあると思えない。宿に泊まるのは難しいし、そうなれば兵士が常駐している場所に詰めるしかないのではないだろうか。
「なるほどね。言われてみると、冴えない奴多いし、寝惚けてんのかな?」
「楽でいいじゃん」
「でも、もう少し骨のある奴いたってさぁ……」
 そこでふと、リズが顔を少し歪めた。
「そういえば……」
 なにか怪訝に思ったようだが、敵が向かってきた所為で、そのままうやむやになった。
 階段を見つけたので、上る。階段だからといって、もちろん相手が遠慮してくれるわけはなく、振り下ろされた剣をなんとか防いだ。階段という足場の悪い場所、加えてこちらの方が下側。相手が思い切り体重を掛けてくるのを、足を必死に踏ん張って耐える。つかの間の鍔迫り合いの後、その場で膝を折り、しゃがみ込んだ。こちらに落ちてくる相手の武器を持っている腕を左手で掴んで、そのまま前へ投げ飛ばした。相手は飛ぶように階段をすべり落ちていった。
 階段を上りきったところで攻防していると、リズはグラムを追い越した。通り過ぎざまに、いつの間にか杖から姿を変えていた双剣で相手の喉を撫でるように斬っていく。そして、狭い通路の真ん中に立つと、両腕を広げた。
 殿を務めていたディックスがリズを庇おうと飛び出していく。グラムは、慌ててその首根っこを掴んでこちらへ引き寄せた。
「なにをっ」
「よく見ろ」
 左右両方に突き出したリズの手の先に、青色の巨大な魔法陣が現れている。いつも間を置かずに完成されているリズの魔法陣だが、今回は2つ同時に描いている所為か、それとも大きく複雑だからか、少し時間が掛かっていた。それでも、常人よりはずっと早い。
 数秒で完成されたそこから氷の柱が伸びていく。大気中の水分を凍らせて成長しているようだ。陣の面の垂直方向にいた敵が、巻き込まれて凍っていく。
 氷は少し間を置いてから、術の効果を失って砕け散った。
「……怖っ」
 いつものことながら、魔術師の恐ろしさを認識した。技術を磨いた魔術師ほど驚異的なものはない。ただ、氷が砕けるのと一緒に術に飲み込まれた人間の身体も砕けた、ということがないのが、今回の救いである。……それができたら、本当に怖い。魔王様どころではなくなる。
 階段でディックスと2人、硬直していた。リズは振り返ってなんでもないように言う。
「行くよ?」
 言い残して先に行ってしまったので、慌てて追いかけた。魔術師を敵の只中に1人にするのはいただけない。
 またしても、向こう側から敵が現れた。目の前には5人。ここまでで20人は倒したはずだが、まだ出てくるのか。ルクトールは大きな街で、城壁はぐるりとその回りを囲んでいるわけだから、城壁内も相当広いのだろうが、まだその4分の1くらいにも満たないのに、その数と擦れ違うのだから、全体の敵の人数は推して測るべし。
 グラムとディックスはリズを抜いて敵の中へと突っ込んだ。左右に分かれて一番端の兵を食い止めた。リズは2本の氷の矢を放った後、正面の1人を剣で相手する。
「おっとぉ!」
 相手していた敵の剣を躱し、リズに斬りかかろうとしていた別の兵の胴を蹴る。甲冑にぶつかった足は痛かったが堪えて、再び元の敵と剣を交えた。
「魔女殿っ!」
 ディックスの悲鳴に似た叫び。ちら、と目を向けると、さらに別の兵士が、リズに斬りかかっていた。既に1人を相手にしているためにリズは動けない――いや、動かない。
 焦るディックスの悲鳴に構わず、リズの身体に剣が飲み込まれていった。リズの身体は斬り裂かれた後、揺らいで消える。
 1歩離れた所で、リズの本体が出現した。
「残念」
 すぐに展開したリズの術に、幻影に呆気にとられていた兵の1人が絶命した。続いて、いち早くショックから立ち直ったクレール兵の剣を防ぐ。
「ダガー」
「はいよ」
 魔法陣もなく炎が凝集して、リズの幻影を斬った兵の後ろに現れたダガーは、右手に持つ短剣の刃を冑の下に押し込んだ。身体を蹴りながら刃を抜いた後、ワイヤーを飛ばしてグラムが蹴飛ばした兵を捕えて引き寄せる。バランスを崩した相手の甲冑の隙間に、隙を見たグラムは剣を刺し込んで、それで終わりだった。グラムとディックスが相手をしていた2人は、武器を捨てて手を挙げる。
 グラムは自身の剣に付いた血糊を拭き取ると、兵の落とした武器を回収した。何気なしに後ろを振り返った。
「げっ」
 兵士がこちらへ向かっている。
「リズ」
 声に応える代わりに、リズは棒手裏剣を何本か床に投げ刺した。グラムは、一列に等間隔に置かれた手裏剣の向こう側に、できるだけ離れるよう言いながら投降した兵士を追いやる。
 棒手裏剣から赤い魔法陣が現れ、回廊を塞ぐ火の壁ができた。これでしばらく敵はここを通れない。その隙に逃げる。
「そろそろしんどくなってきた!」
 回廊を駆け抜けている所為か返事はなかったが、2人とも同意したようだった。
 ――日の出はまだか。
 この中は窓が小さい上に、今いるのは南西方向。太陽が出たかどうかなんて見ることができない。時計を見る余裕もないので、どんな状況かわからなかった。
 唯一知る手段が、ハティとスコルを介した双子の意思疎通だが……。
 リズを見ると、なにかに集中しているようだった。やがてふと顔を上げて、一言。
「リグが来た」
 待ってました、とばかりにグラムは拳を握った。



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