第15章 救いを求む禍の火種


  2.

「結構本気だから、考えといてくれ」
 さらに好意的な一言を残してカーターがカウンターを離れようとしたそのときだ。
 大きな音を立てて扉が開き、妙に慌てた様子で文字通り男が転がりこんできた。
 ギルドの中は騒然となり、開けっぱなしの入り口に全員の注意が向けられる。そこで男は膝をつき、肩で息をしながら誰にともなく叫んだ。
「た、助けてくれっ!」
 よほどの事態なのか、慌てている所為で呂律が上手く回っていなかった。
「助けて! なんでも言う、なんでもする! 大人しく捕まって牢に入るから助けて」
「ああん?」
 ただならぬ男の様子と訳ありな発言に、不審に思ったカーターは男に近寄った。
「とにかく落ち付け。いったいなにがあったんだ」
 天の救いとばかりに、下を向いていた男の顔が上がる。どこか見覚えがある気がする。レンも心当たりがあるのか、息を飲むと男に近寄りだした。背中に手をまわしてハルベルトを――。
 嫌な予感がして、ラスティはレンを止めようとした。しかし遅かった。
 レンはハルベルトを振り下ろし、斧頭を男のすぐ横に突き立てた。男は飛び上がり、さすがのカーターも突然の事態に絶句する。
「なんでここにいるんだ、お前」
「……あ、赤眼……?」
 何事かに怯えていたフォンの目が驚きに見開かれ、レンのほうに向けられた。レンはハルベルトを床から抜くと、穂先をフォンの喉元に突きつけた。
「おいレン!」
 制止の声を上げるが、無視される。
「さっさと答えろよ」
「おいおい、どんな因果があるか知らねぇが、少し落ち着いて――」
 レンの異常に気付いたカーターも宥めようとするが、
「こいつ、手記泥棒ですよ」
「なんだとぉ?」
 見るからにカーターは色めきたち、その声に怒気を孕ませる。その鬼の形相に、フォンはますます震え上がった。
「ま、待ってくれっ!」
 たった今まで逃れてきたらしい恐怖と、現在直面した恐怖の2つに晒されて、限界に達したらしく、彼は悲鳴に近い叫び声をあげる。
「許してくれっ! 反省してる、あんなものに手を出すんじゃなかった。捕まってもいいからとにかく助けてくれ! 命を狙われてるんだ」
「命を……?」
「どういうことだ」
 あまりの慌てぶりに、殺意を収めてレンはいぶかしんだ。喉元に突きつけていたハルベルトを下ろしたが、それでもフォンの動揺は収まらない。
「説明する! するから、とにかく」
「わかったから」
 ラスティは相手を落ち着かせて、近くのテーブルにあった水の入ったを渡した。フォンは有り難がって、中身を一気に飲み干す。
 辺りを見回して、レンは問うた。
「……カルは、どうしたんです?」
 言われてラスティも今まで抱いていた違和感に気付いた。手記泥棒は2人組。その片割れがいないのだ。
「死んだ。殺された!」
 ようやく落ち着いたと思ったら、再び震えだした。尋常じゃない。
「あいつら、なんだかヤバそうなことをしてて、それで巻き込まれないうちに逃げ出したら、魔物みたいなのをけしかけてきやがったんだ。俺はなんとかここまで来れたけど、エデルの辺りでカルは……」
 エデルは、クレールの東、旧アリシエウスの真西にある国境付近にある街だ。ルクトールほどではないが、交易都市としてそれなりに栄えた街だと記憶していた。
「魔物みたいなもの?」
 魔物、とはっきり断言しないのが不思議だった。
「見たことのない奴だった。でも、なんか違うような気がして……」
「ちょっと待て」
 フォンの話を聞いているうちに、ラスティはあることに気付いて、話を遮った。
「今の今までそいつらに追いかけられていたんだよな?」
 フォンは何度も頷いた。
「撒いたのか?」
「いや、それが……」
 ラスティの顔が徐々にひきつっていく。追いかけてきた魔物は、倒しておらず、かといって巧く逃げられたわけでもない。だとしたら、魔物は今いったい何処にいるのだろうか。
 まさかとは思うが……。
「魔物だ!」
 嫌な予感が的中して、ラスティは頭を抱えた。
「ま、魔物が街に入ってきやがった!」
 ギルド内は騒然とした。その中でカーターはひときわ大きな声を張り上げる。
「何処からだ!?」
「西門です。西門に詰めてた国軍の兵士が殺されて、今何匹か市街地へ」
「ちぃ。これだから魔物狩りに慣れてない奴は……」
 国の兵士の手際の悪さに舌打ちしたあと、ラウンジ内に目を向けた。傭兵たちは静まり返り、カーターの指示を待つ。先走る者がいないのは、カーターの統率力の為か。彼らは傭兵、というが、自警団というほうがしっくりくる。
「全員揃っている班は!」
 人混みの中から、1、2、5、6と応答があった。
「1班、2班、お前らは町民の避難誘導。外に出ている奴らを建物の中に放り込んで、鍵をかけさせろ。1班は北、2班は南だ。5班、6班は西門へ行って、様子を見てこい。外に魔物がいたら、城壁の中から弓や魔術で迎撃。飛ぶ奴優先で狙え。他は門を閉めればなんとかなる」
 行け、と命じられると、4つの班は直ちに街に出ていく。
「アンディ、クレア、お前らは巡回中の4、7班と合流。そのまま一緒に避難誘導してこい。
 残り、近くにいる奴らと即席で班を作って街に入り込んだ魔物を狩れ。ちんたらしてる時間はないが、ちゃんと組み合わせを考えろよ!」
 瞬時に騒がしくなる。魔術師を募る声、自らの特技をアピールする声。それを頼りに、何人か固まりはじめ、即席の班が組まれる。
 魔物が街を襲撃しているというのに、やはり見ていて冷静な者が多いのは、魔物との戦闘を多く経験しているからか。それとも上が落ち着いているからだろうか。アリシエウスは、ラスティが騎士になってからはそういうことがなかったのでわからないが、こうはいかなかっただろうと思う。
「ラスティ、レン。お前たちも手伝ってくれ」
 拒否する理由はない。もとよりそのつもりであった。が、レンはフォンの存在が気になるようで、外に通じる扉と泥棒に交互に目を向けていた。迷っているらしい。確かに、ここで放っておくと逃げる心配がある。そうなると話を聴くことができないから困るし、レンにとっては癪だろう。
 カーターもそれに気付いたらしい。
「コーネル。こいつを独房に入れておけ。なんにせよ、話はあとだ」
「了解しました」
 それでもレンはまだ不安げにフォンを睨みつける。ラスティはレンの肩を叩いた。
「行くぞ」
 最優先は街に入り込んだ魔物を倒すこと。レンもそれはわかっているらしく、渋々ながらも頷いた。



66/124

prev index next