第13章 すれ違い、遠ざかる


  2.

 敵は4人。剣に斧、弓、魔術。非常に良いバランスのとれた組み合わせ。模範的すぎる気もするが、練習相手にはちょうどいいだろう。
 リズは剣を構えた。片手に1本ずつの、短めの片刃の剣。杖と棒手裏剣の次にくるリズの得物だ。
 目を動かして、誰がどこにいるか把握する。確認したところで走り出した。まず狙うのは、弓使い。案の定、近接の2人が邪魔をしてきた。振り下ろされる斧は身体を回転させて回避し、襲い来る剣は片方の剣で受け止めると、もう片方の剣で相手の胴を薙ぐ――わけにはいかないので、鳩尾のあたりを柄頭で付いた。相手がよろけたところを思い切り蹴り飛ばし、斧戦士を無視してもう一度弓使いのほうを目指す。
 と、横から魔力の気配を感じ、前へと飛んだ。一回転転がったあと、左手を剣から離し、袖の下から棒手裏剣を取り出して、魔術師に向かって投げた。当たったかを確認することなく、剣を拾って走り出そうとして、手元に矢が飛んできたので慌てて手を引っ込めた。剣は諦めて右へと跳ね上がり、続けざまに放たれる矢を躱す。そして背後から斧を受け止めると、もう一本袖の下から棒手裏剣を取りだし、投げようとして――、首筋に刃を当てられ、硬直した。
 剣と棒手裏剣を地面に落とし、降参の意を示した。
「そこまで!」
 審判――というより監視役の声が掛かり、喉元の刃が離れる。得物を拾い上げ、小脇に抱えて、4人に頭を下げた。
「ありがとうございました」
 相手も同じように挨拶をして、闘技場の隅へと移動する。リズはそれを気だるく見届けてから、もう1本の剣を拾い上げ、彼らの反対側へと移動した。足取りは重く、溜め息が出る。彼らは今年入ってきたばかりの新人で、この場限りの即席パーティだった。なのに、呆気なく負けた。4人がかりだったが、戦闘経験ではリズのほうが上なのに。もう少し粘っても良かったんじゃないかと思う。
「リズちゃんお疲れ」
 審判役の中年の剣士が気軽に話しかけてくる。面倒見が良いことで有名な〈黒枝〉の戦士である。よくグラムと楽しそうに話をしていた。
「まあまあ、悪くなかったんじゃないか? ただ、剣を手放すと防御面に不安が出てくるな」
「……はい」
 素直に頷く。そうじゃないかと自分でも思っていたのだ。改めて指摘されるのは、自分が正しかったと確認できたのと同時に辛くもあった。
「まあ、リズちゃんは魔術師だから。いざというときに身を守ることができればいいんじゃないかな。戦争に行くには充分だ。魔術に頼りきりの奴等に比べれば、充分使える」
「いえ……そうでもありません」
 リグならもう少しやれるはずだ、と思うと、もっと精進しなければならない気がする。リグとリズでは戦い方は違うが、その所為だと言ってしまえばそれまでだ。それは甘えだし、そんなことを言っている間に死ぬ。
「もしよろしければ、もう少し皆さんにお付き合い戴けますか」
「まだやるの?」
 やります、と答えると、熱心だね、と笑った。呆れられたのか、それとも本当に感心されたのかはわからなかった。
 その後も何度も新人たちと訓練を繰り返したが、満足いく結果は得られなかった。

 水桶に顔を突っ込む。激しい運動から紅潮した頬が冷やされる。髪が濡れるのも構わずしばらくそうやって、息が苦しくなったところでようやく顔を上げた。空気を求めて喘ぐ目の前に、タオルが差し出される。
 闘技場の囲いの下、外と中を結ぶ通路。そこに設置された通路にある水場の陰にウィルドが立っていた。相変わらずの無表情である。
「お疲れ様です」
 軽く頷いてタオルを受け取ると、滴を拭った。濡れた髪の水気を取ったあと、ついでに拭くことのできる範囲の汗も拭う。
「珍しいですね、貴女が剣の訓練だなんて。いつもはグラムくんかリグくん相手でなければしないでしょう」
「戦争に出るからね。少しは武器に慣れといたほうがいいと思って」
 リズは適当にタオルを畳んで腕にかけると、傍に立てかけてあった2本の剣を取った。柄同士を合わせて一振りすると、杖へと変貌する。
 オプスキュリテ。リグの持つリュミエールと対をなす、武器へと変化する特殊な杖だ。リュミエールが槍へと変わるように、オプスキュリテは双剣へと変化する。
 といっても、魔術主体の戦い方をしてきたリズは、ほとんど双剣を使うことがなかった。それどころか、投擲武器を使うようになったため、ますます接近戦が苦手になってきている。それを克服するために、いろんな人に協力してもらって魔術や投擲に頼らない戦いの訓練をしていたのだが……結果は今一つ。
「やっぱ武器を間違えたかな……。でも今さらだしなぁ」
 気に入ってはいるのだ。だが、魔術や投擲に頼る癖が抜けきっていない。まあ、魔術は杖の状態でなくとも問題なく使えるが、問題は投擲。柄を合わせた状態ならともかく、分割して両手に1本ずつ手にしているときは使えない。
 さぼりすぎたか、と内心歯噛みする。カーターが見たらさぞや嘆くだろう。
「こればかりは慣れというものでしょう。それに、頼ってばかりはよくないが、貴女には魔術がある。魔術が使える限り、そうそう死ぬことはない」
 皆同じことを言う。励まして慰めようとしている魂胆は見え見えだった。
「魔術を取ったらただの小娘ですけどね」
 嫌味を込めて言う。少し前にウィルドが行っていた台詞だ。それに気付いてウィルドは鼻白んだ。なにせ前と言っていることが正反対。そりゃあ気まずくなったりもする。
 リズだって、魔術が使える限りは死ぬような目に遭わないと自負している。接近戦が苦手でも、短剣を得意とする精霊のダガーや、動きも素早く力もある狼のハティを呼び出せばなんとかなるし、リズの魔力は膨大、魔力が足りなくて呼び出せないなんて状況はそうそうあるものではないだろうから、普段は問題ない。魔術を封じられれば話は別。
 最近、それを身を持って痛感した。だから、普段あまりしない戦闘訓練などをやっている。ストイックに訓練をするなど本来のリズのスタンスではないのだが、いざというときにやられっぱなしというのは好かない。楽なほうがいいが、他人に頼りっぱなしというのも好かない。
 しかし、実力が伴っていない。志の割に中途半端なのだ。それはなにもこれに限ったことではない。
 ますます落ち込んでしまいそうだったので、慌てて思考を止めた。頭を振ることで忘れようとする。
「そういえば、なんであんたここにいるの?」
 この男は闘技場とは無縁のはずだ。ウィルドは〈青枝〉の歴史研究家。武器は扱うが、訓練したり付き合う義務はない。
「貴女に用事があります」
「うん、まあそうだろうけど」
 ここにリズ以外の知り合いがいたら少し驚く。彼は他人とあまり関わろうとしないので、友好関係にある人間は少ないのだ。リズが知っている限りでは、自分たちの他は、研究内容が同じであるルーファスしかいない。
「何処かで話しませんか? 2人きりになれるところで」
 2人きり。ということは、ずいぶんと改まった話であるらしい。いったいなんだろう、と疑問に思いながら、リズは頷いた。



58/124

prev index next