ジョーカーの本音(庭球 28)




ババ抜きをしよう、と突然誘われたほんの数分後。一つの机を挟んで私たちは対峙していた。今、ちょうど向かいに座った彼が私から一枚抜いていったところだ。


「よし。あったぜよ」


トランプを裏返して満面の笑み。詐欺師だなんだと言われている彼だが、それでもやはり中学生に過ぎなかった。嬉しいときは笑い、腹が立ったときは怒る。まるでかの癖毛の後輩のように彼は表情豊かだ。ただ、それは日常での話だが。


ちらり、と今しがた出されたトランプに目をやる。スペードとハートのクイーン。次に自分のトランプ。ダイヤのエース。最後に、彼のトランプ。あの二枚のどちらかが私が望むものなのだろう。そして、他方は私がまだ目にしていないトランプに違いない。


さて、右か左か。


「のう、柳生」


空いた左手で頬杖をついて彼は口角を上げる。切れ長の瞳からは何の考えも読み取れない。詐欺をかけるときの雰囲気と似ているが、どうやらそういうわけでもないらしい。


「お前さん、最初に俺が言うたこと、覚えてるか?」


にやり、と歪む口元。妖艶な笑みに背筋がざわつく。悟られないようにレンズで必死に隠すが、彼に対してあまり効果的なようには思われない。


「ええ。それが何か?」
「そうかそうか。それなら、早く選びんしゃい」


言われなくとも、と言葉を放つ余裕は無かった。ああ、なんと紳士らしくないことだろう。心無しか震える手を叱咤して伸ばす。ちらり、と彼を伺うが表情は何一つ崩れない。詐欺師の名は伊達ではない。一瞬の躊躇いの後、指をかけて一つ深呼吸。この裏に待っているのは私が望むものか、それとも?


彼から見て左、つまり右のトランプを抜き取った。


「…お前の勝ちじゃ、柳生」


裏返したそこに待っていたのはスペードのエース。手持ちのダイヤと同時に出す。勝った。勝ったのだ。でも。


唇を噛み締め彼を見る。一枚だけ残ったトランプを彼は無造作に投げた。ようやく姿を現したピエロのイラストが小馬鹿にしたように私を見つめる。なんと情けないことだろう。


『柳生、賭けをしよう』
『…賭け、ですか?』
『もし俺から一度でもジョーカーを取ることが出来たら。柳生。おまんが聞きたかった言葉、聞かせてやるぜよ』


貼りつけられた胡散臭い笑顔。悪魔の囁きのような誘いに、しかし私はわざと乗った。そうでもしないと、彼は私の望むものを与えてくれないと分かっていたから。全てをさらけ出してくれないと分かっていたから。


そして勝負に勝ち、賭けに負けた。


「残念じゃったのう。でも、賭けは賭けじゃ」


また機会があったらやってやるナリ、とトランプを集めた彼は席を立つ。いかにも哀しそうな表情を最後に浮かべて。教室を出ていくその背中に何も言わない。言ったところで無駄なのだ。ああ、悔しい。悔しい、悔しい、悔しい!


だん、と拳を机に叩きつける。紳士らしからぬ行動だが、今はどうでもよかった。ずるい人だと思う。こんなにも私が求めていることを分かっていながら自分からは決して口に出さない。なんて、卑怯な人。


「あ…」


少しだけとはいえ動かしてしまったものを片付けようと立ち上がり気づく。うっかり落としてしまったのか、トランプが一枚床に転がっていた。そっと拾い上げその絵柄を見つめる。滑稽なピエロの描かれたこれはつまり、彼の本心だったのだろう。それを引き当てられなかった私は、まだ彼の気持ちを知るには値しないということなのか。


先程は小馬鹿にしているように見えたその表情が今度はなんだか泣き出しそうに見えて、私はポケットに入れた。


(終)



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ジョーカーは最後まで会えない
(確かに恋だった様より)

紳士が求めたのは詐欺師からの愛の言葉。


(20121213)




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