照合不可像(Ib ギャリ+イヴ)




落ちる落ちる、闇の中。沈む沈む、海の底へ。


一体どれほどそうしていただろうか。底無しの深海をイヴは沈んでいく。何をするわけでもなく、ただ重力に従って落ちる。きっかけは、目的は何だっただろう。とうに忘れてしまった。


水の中の筈なのに息は出来た。だが不思議ではなかった。そういうものだと受け入れていた。自分がこうして沈んでいるのもそうだと思った。何かを食べないと空腹を感じるように、これはあらかじめ決まっていること。自然の摂理。予定説。


ふと、頭に影がよぎる。自分よりも遥かに大きなそれは、しかし優しい。誰だろう。ここには自分しかいないはずだ。自分以外は何者もいないはずだ。何故ならひとりぼっちだから。これはあらかじめ決まっていること。自然の摂理。予定説。


「イヴ!!」


違う!


閉じていた目をこじ開ける。水が滲みて痛い。ぼんやりと滲んだ世界の中、飛び込んできたのは一本の腕。知っている。この腕を、知っている。


突然水が凶器となってイヴを襲う。息が出来ない。苦しい。服が水を吸って重たくなる。どんどん落ちる。沈む。嫌だ。嫌だ。嫌だ。


ゴボゴボゴボ…。


叫んだはずの言葉は泡になった。無我夢中で目の前の手を掴む。ぐい、と引っ張られて視界は一面の白。深いと思っていたそこはどうやら浅かったらしい。イヴは眩むような色に目をつぶった。








「っ!」


白の向こうに待っていたのは見慣れた天井。見慣れた自分の部屋。どうやら夢を見ていたらしい。そこまで思考が行き着いたところで、靄がかかったように曖昧な映像が甦る。


夢。底無しの海をただ沈んでいく自分の身体。そんな自分に差し出された、大きく優しい大人の手。


あのとき、とイヴは思考を巡らせる。泡になって消えてしまった言葉。何を言おうと、否、誰を呼ぼうとした?あの腕は知っている気がした。あの声は懐かしい気がした。でもなぜ?


沸き上がる疑問に答えは返らない。ただ一つ確かなのは、あのとき握った手の温もりと感触はイヴの手にまだ残っていた。


(終)



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頭の片隅にぶら下がった記憶。


(20121127)




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