体温貧乏(Ib イヴ+メア)




「メアリーの手って冷たいね」


はぐれるといけないから、と繋いだ手をじっと見つめ、イヴはぽつりと呟いた。同時に、メアリーの動きがぴたりと止まる。


「…そうかなあ?」


しかしそれは一瞬のことだった。再び動き出した彼女を特に不審に思うことなくイヴは頷く。そして赤い薔薇を握った、すなわちメアリーに触れていない方の手に視線を投げかける。


「そんなことないと思うけど…。イヴの手が熱いだけじゃない?」
「え?私の手、そんなに熱いの?」


きょとんとして目を丸くする少女に、メアリーは言葉を詰まらせた。一体どの言葉が正しいのか。どう言えば『人として』正解なのか。体温という概念が存在しない彼女には分からない。唯一触れ合っている左手から伝わってくるのは、柔らかい人の肌の感触だけ。


バレないように奥歯を噛み締める。こんなところでしくじるわけにはいかない。一つ、息を吸う。


「そうだよ」
「うーん…そうなの、かなあ?」


納得のいかない顔で少女は再び自分の左手を見つめる。でもそういえば、と一人で何やら小さく漏らしたかと思うと、やがて得心がいったかのように顔を綻ばせた。


「うん、そうかも」


うんうん、と満足したように頷くイヴを、しかしメアリーはただ黙って見つめる。


「…嫌、なの?」
「え?」
「冷たいの、嫌?」


いつになく真剣な青い眼差しにイヴは息を呑んだ。子供特有の愛らしさは鳴りを潜め、その表情からは何の感情も窺うことは出来ない。わずかな恐怖を感じたが、綺麗だとも思った。


「嫌じゃないよ」
「え…」
「あのね、メアリーの手はね、冷たくてひんやりしてて、気持ちいいの」


ぎゅっ、とイヴは手に力を込める。


「ギャリーの手も冷たいけど、メアリーの手の方が気持ちいい」


にこり、と笑いかける少女にメアリーはただ呆然とした。握られた手に伝わるのはやはり触感だけで、その手が熱いのかどうかは分からない。


メアリーは泣きたくなった。どうして分からないのだろう、分かれないのだろう、と何度も何度も心の中で繰り返す。これほど体温が欲しいと思ったのは初めてだった。自分には決して必要がないけれど。


脳裏に一人の人影が浮かぶ。地面から出てきた石の植物によって別れてしまった彼。きっと彼なら、この手の温かさを感じることが出来るのだろう。素直に羨ましいと思う反面、妬ましいとも思う。


「私は…嫌だな」


だってイヴの手の温かさが分からないから。そんな言葉はかろうじて呑みこむ。言ってはいけない、ということをメアリーは知っていた。


ふと左手に新たな感触が伝わり、俯いていた顔を上げる。


「それじゃあ、私が温めてあげる」


それなら、メアリーの手も冷たくなくなるよ。そう笑う少女の両手から感触以外の何かが伝わってくるような気がして、メアリーもそっと笑った。


(終)



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体温を欲しがった絵の話。


(20121117)




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