夏の終わりと課題(庭球 828)
ことん。
「のう、柳生」
「却下です」
「まだ何も言っとらんぜよ」
「白々しい。あなたがそんな声を出すときは大抵良からぬことを企んでいるときだと知っているのですからね」
「ピヨ」
何じゃつまらん、と仁王はノートの上に落としたシャープペンシルを手に取る。柳生は特に気にも止めずに手元の本を一枚めくる。ぱらり。残り少なくなった蝉の声が、閉めきった部屋の外からかすかに聞こえてくる。
かりかりかり、ことん。
「無理。終わらん」
「自業自得ですよ」
「だってこんな課題、俺は知らんかったぜよ」
「確認しなかったあなたが悪い」
相も変わらず視線は本に向いたまま。つれない奴。そう口を開きかけて、そのまま横顔を見つめる。鼻筋の通ったそれは男の自分が見ても美しくて、無性に仁王は触れたくなった。そもそも本来ならば今頃は目の前の男と遊びに行っているはずだったのだ。いっそ知らないままだったらどれほど良かっただろうか。昨夜親切にも知らせてくれたクラスメイトを、この時ばかりは仁王は恨んだ。
自分を集中させるために離れていることは分かっている。分かっているのだけれども、それでも。
「柳生…」
頬をノートにつける。先程書いたインクがまだ乾いていないような気もしたが、そんなことは今はどうでもよかった。
「せめてこっちに来てくんしゃい…」
弱々しい、絞り出したかのような声。気がつけば蝉は鳴き止んでいる。突っ伏したままぴくりとも動かない身体を見つめ、柳生は本を閉じた。そしてテーブルの向かい側に座り直し、軽く頭を叩く。
「仁王くん仁王くん」
「…なんじゃ」
「今日はこのページだけでも終わらせてください」
「………」
「その後でどこかに遊びに行きましょう。そのために朝から会っているのですから」
「……分かった」
言うや否や、身体を起こし筆記具を握る。ようやく本気を出したその頬に僅かについた赤色を見て、柳生はそっと苦笑した。
遠くの方で、また蝉が鳴き出した。
(終)
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828の日でした。
表面的には28、精神的には82を目指しました。
(20120828)
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