金魚すくい(日和 天国)




「暑いね」
「暑いですね」
「じめじめするね」
「そうですね」
「アイス食べたい」
「僕はかき氷ですかね」
「オレ、かき氷はイチゴ派」
「そこは普通メロンだろ」
「メロンは邪道でしょ」
「刺すぞ」
「ひどい!まあでも、そうだね」


団扇が動きをぴたりと止めた。


「夏祭り、行こっか」








どんどんひゃらら、ぴーひゃらら。どこかから祭り特有の囃しが聞こえてくる。頭上を飾るのは真っ赤な提灯。道の左右には、数多くの屋台が所狭しと並んでいる。


からん、と小気味良く下駄が鳴る。


「おじさん、かき氷二つ。イチゴとメロンで」
「はいよ!」


注文に答えるや否や、氷は瞬く間に二つの山へと姿を変えていく。感嘆の声をあげる前に出来上がってしまったピンクと緑の山を受け取り、閻魔は秘書の待つ場所へと向かった。黒の袖が体の動きに合わせて、揺れる。


「はい、鬼男くんの分」
「ありがとうございます」


木の下で待っていた秘書は嬉しそうに笑った。褐色の肌に白い布地がよく映えている。ぱくり、と緑色を口に含んだと思えば、予想以上に冷たかったのだろうか、僅かに眉間に皺を寄せる。そんな鬼男に苦笑しつつ、閻魔も口に氷を含む。舌の熱を奪われ、気持ち良い。


「鬼男くんはどこに行きたい?」
「いえ、特には」
「もう!いつもそうなんだから!何か一つぐらいあるでしょ?って、あ」


言葉を止め、動きを止めた閻魔の視線の先に映る一つの屋台。人々はしゃがみこんで、何かを必死に追いかけている。


「大王」
「うん、分かってるよ。生きているものは連れて帰れないもんね」


だけど本当に楽しそうだよね、と笑う上司から鬼男は目線を反らす。出来ることならやらせてやりたい。今日は特別な日なのだから。でも。


「鬼男くん鬼男くん!お面!お面買って!」


反らした目線を元に戻す。早く!と目を輝かせる様はまさに子供そのもの。どうやら金魚から興味の対象は変わったらしい。気まぐれすぎる上司に呆れつつも、一つだけですからね、と鬼男は苦笑した。








あれほど沢山いた人はすっかりいなくなってしまった。どうやら祭りは終わりらしい。


「そろそろ帰りましょうか。明日からまた仕事ですし、」


大王、と続くはずだった言葉はしかし声にはならなかった。次々に片付けられていく屋台の中、未だに店じまいをする気配のないものが一つ。金魚すくい、の文字がやけに目立って見える。


閻魔の目線は、また、そちらに向かっていた。


「一回だけならいいですよ」
「え?」
「金魚すくい」


きょとん、と目を丸くする王の手を引いて屋台の前に立つ。ちょっと鬼男くん!という制止を無視し、鬼男は一回分の料金を店主に渡す。初老の男は文句も何も言わず、ただにっこりと笑って受け取った。もしかしたら、なかなか一歩を踏み出せない客の視線に気づいていたのかもしれない。


男から受け取ったポイと器を、黙って差し出す。閻魔は困ったような顔をしていたが、一つ頷くと、どこか嬉しそうに頷き返した。


しゃがみこんだ瞳に赤と黒がゆらゆらと映り、ごくり、と喉を鳴らす。緊張のためだろうか、心臓がやけに速い。一つ深く深呼吸をして、そっと水につけた。多くの客から逃れた金魚たちが緩やかに泳いでいる。一匹だけ、集団から離れたものを見つけ、静かにポイを近づける。重なった瞬間を狙い、一気に持ち上げる。


「あ…」


ぼちゃん。水を含んだ紙はみっともない音を立てて破れた。小さな金魚はそのまま水中に逆戻り。それから何事も無かったかのように再び泳ぎ始めた。店主に礼を言い、二人は屋台を後にした。


「…残念だったですね」
「そうだね」


閻魔は振り返って鬼男を見た。頭につけたお面をおもむろに外す。二人ともすでに服は元に戻っている。


「ありがとうね、鬼男くん。オレのわがままを聞いてくれて」


夏特有の温い風が髪を揺らす。照れたように笑う閻魔につられて、鬼男も優しく微笑み返した。


「それにしても、今回の休みは充実してたから明日からまた頑張れそう!」
「それじゃあ、普段より仕事増やしますね」
「鬼!」
「鬼ですので」


(終)



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閻魔賽日。


(20120716)




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