『謙也、あのな。俺、』








はっ、と目を覚ます。そして安堵の息をついた。さっきまでのはどうやら夢だったらしい。その証拠に、今自分は布団の中。従兄弟の姿なんかどこにもない。そこまで考えてふと時間が気になり、枕の傍の携帯に手を伸ばす。遠い東の地へと行ってしまった従兄弟とお揃いのストラップが揺れる。


(なんや、まだ八時半か…)


今日の練習は午後から。あと一時間は寝れる。少しぼんやりした頭で寝るかどうかを考えながら、手持ちぶさたにボタンをいじる。表示された着信履歴の文字。目線を少し下に移す。五月二十一日午後九時三十四分、忍足侑士。ああ、昨日電話したっけ。確かあれは風呂からあがってしばらくしてからのことで、電話の向こうの声はいつになく緊張した感じで、それで。


(あ…)


フラッシュバックする昨夜の記憶。同時に先程の夢は夢でなかったことも理解する。急に覚めてしまった脳内に再び流れる声。思い出したくもなかった言葉。


『俺、恋人出来てん』


その言葉を聞いて、自分がなんて返したのかは覚えていない。おそらく当たり障りのない祝いの言葉を言っただろう。そうでなければ、記憶の中の声が終始穏やかなのはおかしい。それに、幸せそうに言う相手に不満をぶつけるような真似は自分には出来ない。


ふと以前に従兄弟の部屋に行ったことを思い出す。部屋の主が飲み物を取りに行っている間に何かないかと物色して見つけた一枚の写真。従兄弟と知らない誰かのツーショット。目をひくような赤い髪と、従兄弟の普段は見せない笑顔が強く印象に残ったことを今も覚えている。


これは明らかに自分の推測だ。しかし合っている自信はある。従兄弟が言っていた恋人とはあの写真の人物のことだろう。一体どこまで従兄弟のことを知っているのだろうか。好きな食べ物は?小学生のときのあだ名は?弱点は?家族も知らない、自分だけが知っていることは?


それにもし今知らなくても、これから先知ることはあるのだろうか。


(…なんやおもろないわ)


この不満はまだ解決しそうにない。



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自分だけが知っていることを他の人に知られるのが嫌な謙也さん。



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