「私は、後ろには、立ちたくないの」


長い髪を揺らしながら、彼女は何処か遠くを見つめて言った。エメラルドグリーンの瞳に浮かぶのは、溢れ出る悔恨。


「彼も、お母さんも、みんな私の前に立って、いなくなっちゃった」


青年は、何も言わない。ただ黙って彼女の後ろ姿を眺める。独特の話し方で言葉を紡ぐ彼女がどんな表情を浮かべているのか、青年には何一つ分からない。


「せめて、横に並びたい。隣に、立ちたい。誰かの背中を見るのは、もう、耐えられない」
「そして、あんたは」


青年はそこで言葉を止める。彼女が僅かに後ろを振り返ったが、逆光のせいで表情は未だに青年には分からない。青年は見えない顔に言葉を吐き出す。


「あんたは、俺たちよりも前に立った」


彼女は何も言わない。肯定も、否定も。そっと青年の頬に触れる指先の温かさが、青年の心を締め上げる。せめてこの温もりだけでも、と青年は彼女の手に手を重ねる。


「…ごめん、ね」


そして、一瞬の瞬きの間に、彼女は消えた。青年は挙げた右手に纏わりつく桃色を、きつく握りしめた。



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隣にだって立てたはずなのに、どうして君は前に立ってしまったんだい?



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