ピンポーン、と特有の音が鳴った後のほんの数分間。厚い扉の向こうから近づいて来ているであろう姿を予想して、どうせ、と僅かに溜め息をつく。


ガチャリ


「あ、鬼男くん、おはよー」


そしてその予想はものの見事に的中した。とはいえ、的中率はほぼ百パーセントだから当然なのだが。


おそらく寝起きなのだろう。吊りがちな目尻がほんの少し下がっていて、瞼は今にも閉じそうだ。しきりに擦り、欠伸を一つ。きっちり整えても外側に跳ねやすい黒髪には寝癖がある。服装はもちろん、すっかり見慣れた寝間着だ。


ちなみに、無駄に語尾を伸ばした声も予想済みだった。


「今日はどうするんですか?」


無駄だと分かっている質問を投げかけると視線を少し下に落とす。赤に陰を作る。


「無理、かも」


視線を戻し、にへら、とはにかんだような笑みを向けられた。この笑顔を何度見てきたことだろうか、と頭の片隅でぼんやりと考える。


「そうですか」
「うん。ごめんね?毎日毎日来てもらってるのに」
「いえ、僕が勝手にやってるだけなんで」
「…そっか」
「それじゃあ帰りにまた来ます。今日は部活が無いから早いですけど」
「分かった」
「では。おやすみのところ起こしてすみませんでした」
「ううん、気にしないで。行ってらっしゃい」


ヒラヒラと笑顔で手を振ってくるのを適当に返して来た道を引き返す。曲がり角の直前に振り返ったとき、ちょうど大王は中に戻ろうとしていた。開け放たれていた扉が閉められ、大王は隔離された。


それを見届けて足を止めた。さっきの笑顔を思い出す。心配させまいと浮かべたあの笑顔に隠された意味を僕は知っている。だけど何も言わない。気づいていないふりをする。そうでないと、この関係が終わってしまうから。僕も拒絶されてしまうから。そんなのは嫌だ。


大王は突然不登校になった。違う学年の僕には理由が分からない。虐められたのか、面倒臭くなったのか。それまでは迎えに行けばきっちりと制服を着こなして出てきていたのに、ある日から今日と同じ姿で扉の向こうから現れるようになった。満面の屈託のない笑みは、はにかんだような裏のある笑みに変わった。


大王は何を思っているのか。何事もなく毎日通えている僕には分からない。だけど一つだけ言えるのは、今の大王には何も見えていない。大王の世界には何も写っていない。


だからせめてもの悪あがきに、と僕は毎朝彼を迎えに行き、毎晩彼と話をするのだ。



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不登校とその幼なじみ、という設定。



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