「退屈ですねえ」 ぽかぽかと暖かい日差しの下、安楽椅子にもたれながら、アヴィは大きく息を吐いた。手にした本は、さっきから同じ箇所をなぞるばかりで一向に頭に入らない。 「このまま昼寝というのも気持ちいいのかもしれないですけど……勿体無い気もしませんか、ワードさん」 「……そうですね」 不意に話を振られたワードは、頷くまでに一瞬の間を要した。向けられた無邪気なアヴィの笑顔は、何故か不安しか駆り立てない。 「ここは一つ、ゲームをするというのはいかがでしょう」 ピッと一本指を立て、さも名案だと目を輝かせる少年を前に、ワードは再び沈黙した。今度はたっぷり数十秒の間を置いて、少年の言葉を繰り返す。 「ゲーム、ですか」 「そうです。制限時間内に屋敷内のどこかに隠れた僕を見つければワードさんの勝ち。見つけられなければ僕の勝ち。どうです。シンプルでしょう?」 「……ええ。とても明快な説明をありがとうございます。しかし」 至極大仰に頷いてみせたワードは、ひたとアヴィを見据えて首を傾げた。 「その勝利で互いに何を得るというのでしょうか」 「うーん、そうですねえ」 難題を出されたかのように悩む姿はいかにも芝居がかっていた。きっと、最初から決めていたのだろう。アヴィはすぐに組んでいた腕を解き、にこりと笑った。 「僕が勝ったらおやつを増やしてもらう、ワードさんが勝ったら何か一つ言うことを聞く、というのは?」 「……何でも、ですか?」 「勿論僕に出来る事というのが前提ですよ?」 くすくすと笑いながら、アヴィは勢いよく椅子から立ち上がった。 「さて、では始めましょうか。ワードさんは屋敷の外に出て……そうですね、三百数えたら探しに来てください。制限時間は一時間でいかがです?」 「アヴィ様、私はまだやるとは」 「さあさあ、ほら早く」 なかなか動こうとしないワードの背を押して急かす。その楽しげな様子から年相応の子供らしさが伺え、結局何も言えないままに部屋から廊下へ押し出された。 「……わかりました」 そっと息を吐き、ワードは大人しく玄関へと向かったのだった。 屋敷の入口となる扉の前で、ワードは律儀に数を数えていた。 「三百。さて――」 ようやく指定の数に達し、扉の取っ手に手を伸ばす。時間の余裕はない。いかに効率良く探すかが鍵だろう。 既に回るルートは決定済みだった。順番に部屋を見て回る。 「一体どうしてこんな事を」 そうぼやいたのは、半分の部屋を確認した後だった。 いざ始めてみれば、広さだけでなく隠れる場所の多さも問題だった。一つ一つ確認して回るのも骨が折れる。 ふと目を向けた先には中庭。 「……除外、でいいか」 アヴィは屋敷内と言った。制限時間も考慮すれば含まないのであろうと判断して歩き出す。……が脳裏にふとアヴィの顔が浮かび、もう一度中庭に目を移す。 一筋縄ではいかない主人のことだから「中庭も屋敷の一部ですよ?」と屁理屈をこねる可能性もあった。 「念には念を、か。……毒されてるな」 一人ごちながら、ワードは中庭へと足を踏み入れた。 そして、余計な労力と時間を費やした挙げ句、最後の一部屋を残して制限時間を迎えてしまった。 「……振り出しに戻るというのも皮肉なものだ」 大きく息を吐いたワードの目の前には、一時間前に後にした部屋。 「アヴィ様?」 軽くノックをしてみるが返事はない。扉を開け、室内に足を踏み入れてみたが、そこには誰の姿もなかった。 てっきりにこにこ笑いながら待ち受けていると思っていたので拍子抜けである。一瞬ここも外れかと思ったが、探し尽くして残るはここだけだ。 「アヴィ様? いらっしゃるのでしょう?」 呼び掛けながら棚の影や扉の裏を確認する。 首を傾げながら窓際の机に歩み寄ったワードは、その下を覗き込んで目を丸くした。次いでふっと笑みをこぼす。 「そんな体勢でよく眠れるものだ」 机の下の狭いスペースで、膝を抱えるようにして座ったアヴィは、すやすやと穏やかな寝息を立てていた。 窓から降り注ぐ陽光は温かく、昼寝にはもってこいの陽気である。じっとしている内に眠くなるのは分かるが、仮にもゲームの発案者が眠ってどうするのかと呆れ顔でワードはしゃがみこんだ。 子供らしくあどけない寝顔を見せるアヴィをまじまじと見つめ、その頬にかかる髪をそっと払う。何故か自然と頬が緩むのを感じ、ワードはそんな自分にまた苦笑した。 いつまでも寝顔を眺めているわけにもいかない。 少しだけ名残惜しさを感じながら、ワードは小さな勝者にそっと声をかけた。 「起きてくださいアヴィ様、待望のおやつの時間でございますよ――」 END |