「だから、早く願い事を言いなさい!」 「そんなこと言われても」 すぐには思い浮かばない。黙り込んでしまった虹介に、少女はツインテールの髪を揺らしながら首を傾げた。 「何かあるでしょ。そうね……高校生ともなれば恋愛関係とか」 「興味ない」 「寂しい高校生活ね〜。今流行りの草食系ってヤツ?」 ため息をついた虹介は、騒がしい少女を押し退けるようにして止まっていた歩みを再開した。傘を忘れたのであろうサラリーマンが、全身ずぶ濡れになりながら近くのコンビニに飛び込んでいくのが見えた。 手にした傘を改めて見つめて、少女を振り返る。 「傘返すから他当たれば?」 もともと大きな少女の目が、さらに大きく見開かれた。考え込むように顎に手をあてて俯く。 虹介は、歩道の端にずれて少女の答えを待った。先程コンビニに駆け込んだサラリーマンが、ビニール傘を持って出て来た。時計を気にして歩いていくのを見送って、虹介も腕時計を覗き込んだ。 大丈夫。ここからなら番組開始に充分間に合う。 「ダメよ」 「え。間に合うよ」 テレビのことを考えていたから、ふいに聞こえた声にそう答えてしまった。眉をひそめた少女が何の話、と言う前に慌てて手を振ってごまかした。 「や。何でもない。えっと……何?」 「私は君の願いを叶えるわ」 胸に片手をあてて逸らすと、どこか誇らしげにそう宣言した。 肩にかけた鞄がすべり落ちそうになり、虹介は慌てて抱え直した。それから少女を振り仰ぐ。 「……何で?」 当然といえば当然の疑問。 少女は、今までで一番の笑顔を向けた。ツンと澄ました態度はそのままに、微笑みだけは優しく虹介を見つめる。 「だって、君のこと気に入ったから」 気のせいじゃなく目眩がした。 けれど、何故だろう。まるで死刑宣告のようだと思いながらも、どこか楽しんでいる自分がいる。 どちらかといえば人見知りな方なのに、気を張らずに話せるのは少女が人外のものだからだろうか。 「早く帰りたいんだろ?」 素直に認めるのは悔しくて、虹介はそう訊いた。 「うん。でも、君で遊ぶ方が面白そう」 気のせいだろうか。 満面の笑みで答えた少女の背に、ほんの一瞬黒い羽が見えたような気がした。 土砂降りの雨の日に、出会った少女は天使か悪魔か──。 明日からの日々が、少しずつ光の差してきた空のようであればいいと願いつつ、虹介は家への道を急いだ。ツインテールの髪を揺らしながら笑う少女と共に──。 END → あとがき |