ため息と共に少女がパチンと指を鳴らした。同時にポンと軽い音が響き──虹介の手の中にスカイブルーの傘が現れた。 「先に傘あげるから願い事考えなさいよ」 「分かった。ありがとう」 お礼もそこそこに虹介は傘を開いて、未だ勢いの衰えない雨の中に足を踏み出した。 校門を出て、学校前の緩やかで長い下り坂を慎重に歩く。滑って転ぼうものなら大惨事だ。 歩き始めて五分弱──ようやっと大きめの道に出て、少しほっとする。普段ならそこそこ人通りがあるのに、この雨では人影はまばらだ。行き交う車のヘッドライトに目を細めながら、家への道を急ぐ。 「ねえ、君。何でそんなに急いでるの?」 土砂降りの雨の中を平然とした顔で浮かびながら、少女が虹介の顔を覗き込んだ。 「見たい番組があるんだよ」 「へえ。何?」 「……………」 「何よ。言えない番組なの?」 ふいに黙り込んだ虹介に、少女がキラリと目を光らせて詰め寄る。雨から身を守る振りをして身を縮めてごまかそうとするも、少女が諦めるはずもなかった。 「傘、消しちゃうわよ」 耳元で囁かれた脅し文句に渋々と顔をあげた。ぼそりと答える。 「……世界が愛した子犬の寝顔百連発」 二人の間に沈黙が落ちた。 ざあざあと降り続く雨音と、時折通る車の音しか耳に入らない。 だが次の瞬間、ぷっと吹き出す小さな声が、やけにはっきりと届いた。 「あはははっ! 似合わない!」 「悪かったな」 「ああ、でもよく見たらそんな顔してるかも」 「どういう顔だよ」 完全に面白がってることが見て取れて、虹介は口をとがらせてそっぽを向く。 先程までの沈黙はどこへやら、雨音にすら負けない笑い声が耳障りだ。ため息をついて、虹介は涙を滲ませながら笑う少女を見上げた。 「お前、何者? 妖怪か何か?」 訊ねた途端、少女の顔から笑みが消えた。鋭い視線は本当に刺さりそうだ。 「人を化け物扱いしないでよね。この無個性!」 「無……!」 ある意味攻撃力の高い悪口な気がする。馬鹿とか言われる方がまだマシだ。 言い返そうにも少女の纏うオーラが怖すぎて何も言えない。 「……じゃあ何」 「さあ? 私もよくわかんない。天使見習いとかそんな感じ?」 「うわ。曖昧」 自分のことなのに、と呟きながら少女をまじまじと見つめる。天使というより悪魔の方が似合いそうという言葉はすんでのところで飲み込んだ。 「ちょっとした幸せを運ぶのが仕事なの。道で十円拾ったラッキー、とか」 「……夢がないな。せめて四つ葉のクローバー見つけたとかにすれば」 「うるさいわね。何でもいいでしょ」 「はいはい。で、何で高校の傘立てにいたわけ?」 再び沈黙が落ちた。 やや弱まった雨が傘を叩く音が響く。 今度の沈黙は長くは続かず、少女はふてくされた声で答えた。 「……力使ってイタズラしたお仕置き。誰か一人の願いを叶えて幸せにしないと帰れないの」 「……へえ」 納得、と続けようとしたが、ふいに目の前に回り込んできた少女に、虹介は口を噤んだ。 |