両手を腰に当て、少女は腰を屈めるようにして身を乗り出す。 「ねえ。聞いてんの?」 「……ああ」 ようやく虹介は声を発して頷いた。 こういうモノは多少見慣れているが、こんなにはっきり見えるのも話しかけられるのも初めてだった。 「傘開いたのは、確かに俺だけど」 「そ。一応お礼言っとくわ。ありがと」 「……どういたしまして」 どう見ても感謝している態度には見えないが、今はそんなことはどうでもいい。虹介にはもっと大事なことがあった。 「あの、傘、返してほしいんだけど」 少しでもこの雨を凌ぎ、帰宅するための唯一の手段なのだ。傘が消えて少女が現れたことから、その行方を知っている筈である。 真剣な瞳で見上げてくる虹介を、少女は珍獣でも見る目で見下ろした。 「君……変」 「へ……?」 変?と眉を寄せて呟く虹介の周りを少女はクルクルと回りだす。 「この状況で言うことがそれ? もっと違うことがあるでしょ、フツー」 「切実なんだよ」 あと二十分で学校を出ないと見たい番組に間に合わない。 確かに言いたいことは山ほどあるが、今は傘だ。 「返すも何も、そもそも君のじゃないでしょーが」 「…………そうだけど」 「まあいいけどね。ただし」 唇に人差し指をあてて、少女は笑った。にっこりとではなくにんまりと。 嫌な予感が全身を駆け巡る。だが。 「その代わり──願いを一つ言いなさい。叶えてあげるわ」 妖しい笑みとともに告げられた言葉は、虹介の予想を遥かに越えたものだった。 「ほら早く」 ぽかんと口を開けて呆ける虹介を少女が急かす。少女の眉が跳ね上がったところで我に返った。 謎だらけだが、この際何でもいい。今の虹介にとって願いは一つだ。 「傘が欲しい」 「それは願いを言うための交換条件じゃない。ダメ」 何故か却下され、虹介は困惑しつつももう一度口を開いた。 「じゃあ雨をやませてくれ」 「そんな大規模な願いは無理よ」 再び却下。 虹介は肩を落とした。ではどうしろと言うのか。 「もう。仕方ないわね」 |