ターコちゃんに落ちたら綾部が助けてくれない

おやまあ、と綾部くんは穴の入り口からあたしを見下ろした。なんでそんな冷静なのよ、早くここから出せ!あたしは一般的な事務員であり、くのたまでもなんでもないのだからこんなに深くもない(浅くもない)穴、あれ蛸壺?からは出られるわけがない。せめて縄を下ろしてくれるとか、さあ。


「あやべくーん」
「なんですか」
「いやだから出してって」
「いやです」


即答だ。コンマ何秒の世界。なぜ!


「…なまえさんを、かくすために、掘ったんです」
「?」
「このまま、土を被せてしまえば」


それあたし死ぬよね?


「誰にも、知られることなくしんでゆく」
「…やだよ、出してよあやべくん」
「…」


沈黙が、続く。
やがて、ざり、と土が削れる音。


「…出して、って言ったのに」


となりには、綾部くん。


「ふたりなら、怖くないでしょう」


綾部くんは飄々としていて、あ、これじゃあ土を被せられないじゃないと言った。


「しょうがない、出ましょうなまえさん」
「へ、いいの?」
「出たくないんですか」
「出たいです、まだ死にたくありません、うわあ!」


綾部くんに横抱きにされたまま、蛸壺から生還したあたしは一回死んだようなもので、生き返った、と息を思い切り吸った。


「また引っ掛かったら、一緒に死にましょう」


彼のことばはどこまで本気なのだろうか。


ちしま