9月とはいえ、まだまだ残暑厳しい。時折、取引先に連れて行かれるキャバクラで例のなんとかちゃんと楽しそうに話している元彼を見かけたりすることもあったが、みょうじには言っていない。最近はもう、付き合ってほしい、とか、告白もどきをすることはなくなっていた。


今日も今日とて、居酒屋で飯食ってから俺の家に向かう。帰り道が一緒であることに、喜びを感じる。朝起きて、となりで眠るみょうじ、寝起きが悪いからいつも俺が先に起きるから寝顔を見られる瞬間、付き合ってもないのに何してるんだと自己嫌悪半分。夜、俺の家に帰るまでは絶対に手を繋がないくせに、朝起きて、近所の喫茶店のモーニングに行く時には手を繋ぐ、そんなみょうじがよくわからない。


「あ、メイク落とし忘れた」
「コンビニ行くか」
「いくいくー。アイスも食べたい」
「ガリガリくん買ってくれ」
「許可するっ」


そういえば、みょうじの元彼とあったのもこのコンビニだったよな、と懐かしいことを思い出す。キャバ嬢なんとかちゃんとはうまくやってるんだろうか。もしくは、また別な女でも作ってるのだろうか。おかげでみょうじと別れてくれたんだから俺としては結果オーライだが。


ありがとうございましたー、というやる気のない店員の声を背に、コンビニを出た瞬間だった。「なまえ?」「え、せんぱい」コンビニ前の横断歩道に、元彼先輩。いつかは会うんじゃないかと思っていたがこのタイミングで会えるとは思わなかったとしみじみしていると、元彼が大股で俺のほうに向かってきて「!」「岩泉!」殴られた。いてえ。


「はっ、別れて、ってそういうことかよ」
「、」
「浮気浮気っつってたけどお前も浮気してたんじゃねーかよ、クソビッチ」


元彼がみょうじにも殴りかかりそうな勢いだったので庇うように前に立つ。浮気も何ももう別れてるんだから関係なはずだった。それも気に食わなかったようで、元彼は顔を真っ赤にしながら俺の後ろにいるみょうじに向かって泡を飛ばしながら、俺の胸ぐらを掴むのでつかみ返した。元彼はひょろひょろで、今すぐにでも投げ飛ばすことができそうで笑いそうになる。


「浮気なわけーねーだろ」
「あぁ? お前なんなの? なまえになんか入れ知恵でもしたの?」
「してねーよキャバ嬢と浮気してるおめーが悪いんじゃねーの?」


コンビニに出入りするすれ違うやつらから好奇の眼差しを送られる。これツイッターにつぶやかれるやつだきっと。ちらりと後ろを見やればみょうじが怒りなのか悲しみなのかはわからないがぷるぷると震えている、と思いきや「たっくんさぁ」みょうじが俺と元彼の間に割って入って仁王立ちする。お互い掴んでいた手が離れていく。みょうじは大きく息を吸って、


「つーかさっきから浮気浮気って好き勝手言ってんじゃねーぞ4年間どんだけすきだったと思ってんの!元はといえたっくんが仕事のつきあいだとかいってキャバクラとか風俗とか行きだしてからおかしくなったんじゃん本気になっちゃってばっかじゃないの、合コンであった女の子ともわちゃわちゃしてんの知ってるよ、なにがクソビッチだよふざけんなやりちんのくせに!まじもうさいあく!だいすきだったのに!」


元彼のポカン顏。
俺もポカン顏。
みょうじが怒っているところを初めて見たからかもしれない。


「なまえ、」
「この話前にもしたよね、やっとわかった、引きずってたけど、わたし、もうたっくんのことすきじゃない、話も聞きもせずに浮気浮気ってばっかじゃないの、よかった、手遅れになる前にたっくんがクズだってわかって!なんだっけ、ひかりちゃんだっけ? 仲良くやんなよね、ま、営業だろうけど。じゃ、アイス溶けるから帰るね、あ、その前に岩泉に謝って、」
「なまえ、嘘だろ?やりなお」
「嘘じゃねーし謝ってって言ってんでしょ同級生を勝手に浮気相手とかいって殴るなんてまじで最低。これ以上クズにクズの上塗りすんのいい加減にしてよたっくん」
「・・・わ、悪かった」
「、いや、俺も悪かった」
「はいよくできました。もうこれで終わり。今度こそ終わり。じゃあね、4年間ありがとう」


みょうじがふう、と一息ついて「岩泉ごめん帰ろう」と俺の手を引く。笑っていた。







嵐のようなコンビニ前の騒動から、依然手は繋がれたまま、俺の家までの道のりを歩く。時折、ばちばちと虫が電灯にぶつかる音がする。


「あーもう最悪だったね、巻き込んでごめん、いたい?」


みょうじがガリガリくんを差し出してくれる。これで冷やせということだろう。暑さのせいでほぼ液体と化していたが、まだかろうじて冷たさが残っている。


「もう完全にふっきれた、あんなクズこっちから願い下げだっつーの」
「はは、なんかすっきりしてんな」
「うん、いわいずみのおかげ」
「俺か」
「さっきひとりだったらまた流されてずるずる引きずってたとおもう。岩泉がとなりにいたから、なんか安心しちゃって。ありがとう」
「お、やっと付き合う気になったか」
「いや、さすがにさっきふっきれました、おっけーつきあお!っていうのはちょっと、申し訳なさすぎるというか」
「でも俺のこと好きになってきてるだろ」
「もー、調子のんな!」


ばしばしと背中を叩かれるがちっとも痛くない。


馬鹿な女だとずっと思っていた。あんなチャラチャラした男の何がよくて付き合っているのか、理解に苦しんでいた。自分のこと苦しめる相手なんかと付き合って、何が楽しいのかわからなかったから。


じゃあ、俺と付き合ったら、みょうじは幸せになれるのか、悲しませずにいられるのか、わかんねーけどできることなら、ずっとこんな風に笑っている顔を見ていたいと思う。俺と手を繋いで隣を歩いているみょうじの顔はなんだかお気楽そうで、アホだなあ、と思う。高校生の頃から燻っていたみょうじへの思いも、ようやく昇華することができそうで、よくもまああんなにも長い時間みょうじのことを引きずっていた俺も大概馬鹿だった。


「みょうじ」
「んー?」
「やっぱそういうアホなとこすき」
「ば、ばっかじゃないの!」




シャングリラ
2015/08/10
お付き合いありがとうございました。
ちしま