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(昨日は大変ご迷惑をおかけしました)
(うさぎが土下座しているスタンプ)


土曜日、15時。きっと今頃目が覚めて慌てて連絡してきたんだろう。どうせ覚えてねえんだろうな、気にすんな、とだけ返信してスマホを投げる。せっかくの休みだというのに、三連休始まりの初日だというのに、昨日の一件を思い出してはイライラしている。TSUTAYAでレンタルしてきたDVDを流してはいるが、本当に流しているだけで、中身はまったく頭に入ってこない。無意識に唇を拭う自分にもイライラして、さっき投げたスマホを拾って及川にLINEする。


(今日暇か)
(休日出勤なう)
(明日)
(暇!)
(飲むぞ)


「なになに岩ちゃん、どうしたの珍しいね、昼間っから酒飲むぞなんて」
「酒飲まずにやってられるかってんだ」


日曜日。及川という男はとても気の利く男だった。俺のビールが空けばビールを注文してくれるし、猪口が空けばすぐに注いでくれる。焼酎の水割りも作ってくれる。それがよくなかった。「普通あそこで元彼の名前呼ぶか」「うんうん」「やっと別れたと思ったら」「うんうん」「つーかやらなかった俺超偉い」「うんうん」徳利と焼酎、一体どれだけ開けたかわからないが、空が赤くなってきた頃、及川は言った。「じゃあさー、これからみょうじちゃん呼んで飲み会しよ、岩ちゃんちでいいよね」もはやいつそれがみょうじのことだとしゃべったのかも記憶がないが、久しぶりにバレー部で飲むのも悪くない、と思った瞬間には「みょうじちゃん来るってー!」いつの間にかみょうじと連絡を取っていて、バレー部じゃなくてこいつとみょうじと俺の3人で飲むことになっている。 この酔っ払った体でどこまで片付けできるのか、すでに頭が痛かった。


スーパーで酒を買い、家に帰ってから一度全部戻してから水を一気飲みする。部屋に戻る頃には及川がざっと片付けしてくれていて、まあ男の一人暮らしにしては綺麗な部屋になっていた。「えろ本ないの」「ねーよ」「わかった動画派ね」「殺す」そんなやりとりをしていると及川のスマホの着信音が鳴る。例の迷子だ。及川が笑って、迎えに行くよと電話の向こうのみょうじと喋っている。


「ひさしぶりー!どうしたの突然!びっくりしたよー」


及川に連れられたみょうじは休日ということもあり、いつものオフィスカジュアルとは一転、紺色のワンピースに濃いピンクのカーディガンを羽織っており、私服は大学のときに腐る程見ていたけれどまた違った雰囲気に見えるのは年齢の落ち着きのせいだろうか。


「いやさー、こないだ岩ちゃんがみょうじちゃんと飲んだっていうからさぁ、俺も会いたくなっちゃってさ!」
「あああほんとごめん岩泉!こないだ!・・これ、ほんのお詫びですが」
「いえいえお構いなく!って日本酒か!みょうじちゃん飲兵衛だねえ」
「お前が言うな、さんきゅ」


明るいうちから飲むお酒は格別だね!と笑うみょうじと及川がソファ、俺はベッドの上で酒を飲む。及川とみょうじは会うのが本当にひさしぶりらしく、記憶の覚え違いを笑っていた。そして話題は恋愛話。及川は珍しく彼女がいない期間だと笑い、俺も彼女がいないことを話し、話題はみょうじへ。俺も知っているのは浮気されてたことくらいだったので、気になるといえば気になる。「やー、なんかさ、最近さめてるかなーと思ったんだけどさ、」浮気されて別れたんだよねー、うん、まあ、そんな感じ、と歯切れの悪い返事。及川が、まだ未練あるの?と訊くと、しばらく迷って、縦なんだか横なんだかわからない頷きかたをした。


「というわけで、まあ、募集中なんで、よろしくお願いします!えへへ」


さ、お酒のもー!とソファから一段降りて床にそのまま座って、缶チューハイを開けるみょうじ。及川が「あ」と声をあげた。「どうしたのー?」「ごめん、なんでもない、」なんだよ突然。と、及川が声をあげる原因が判明。みょうじの首元にキスマーク。それは服で見え隠れする絶妙な位置で、みょうじが下を向かなければ見えることはないだろう場所につけられたそれは、独占欲丸出しの痣だった。


「いわいずみ、枕ちょうだーい」


言われた通り枕を放り投げると、顔面で受け止めたみょうじはそのまま枕を抱きかかえる。とろん、とした瞼が眠気を物語っている。及川が目敏く突っ込む。


「えー、みょうじちゃん眠いの、まだ夕方だよ!」
「あはは、眠くないねむくない、あ、みんな夜ご飯どうするのー?もうなんか食べてた?」
「いや、まだ」
「じゃあさーじゃあさー、ピザ頼まない?」
「いいねピザ!こないだテレビでやっててさー、私めっちゃ食べたかったんだよね!」
「俺も俺も!絶対同じやつ見たっしょ」


どれにするどれにする、とスマホを片手に、ピザの広告を見ているんだろう、あーでもないこーでもないと真剣に悩む二人をみて、高校時代を思い出した。最近の俺は懐古厨である。岩ちゃんはどれがいい、とピザ談義に巻き込まれそうになるが、すきなもの選べと告げればいわいずみふとっぱら!と笑われる。いつの間に俺が支払うことになっているのか。二人を見やれば、したり顔のみょうじ。私服みたときに、大人びたなと思ったのは間違いだったことをここに記しておく。


「あ、タバコ切れちゃった」
「やろうか」
「いや、買ってくるよ。岩ちゃんはなんだっけ」
「まだある、大丈夫」
「二人ともタバコ吸うんだねえ」
「大人の付き合いってやつですよ、じゃ、ちょっとコンビニ行ってくる」


及川が財布とスマホをポケットに突っ込んで出て行く。男の荷物なんてこんなもんで済むから楽だ。女の荷物はなにが入っているのかわかんねーけど、やたら重いんだよな。そして残されるみょうじと俺。


「岩泉も吸うようになったんだねえ、前吸ってたっけ」
「いや」
「あ、ごめんがまんしてた?私気にしないから大丈夫だよ!」


俺が気にする。「・・・トイレ」ポケットに入れてあったスマホが震える。及川。戻らないからよろしく、とだけ。クソ及川。リビングに戻ればみょうじがベッドに腰掛けて漫画を読んでいた。ガラ空きのソファに座るとスプリングが軋んだ。もう何年ものになるだろうか、そろそろ買い替えの時期かもしれなかった。


2015/07/15
ちしま