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(おつかれさま。こないだのお礼をさせて頂きたく!)
(楽しみにしてるわ、今週金土空いてる)
(じゃあ金曜日!花金しよー!よろしくー!)


社会人になってから、LINEにしてもメールにしても、お疲れ様から始まるのってどうしてなんだろうと思いつつ、みょうじからの約束にちょっとにやける自分が気持ち悪い。急遽入った会議のせいで、待ち合わせよりもだいぶ遅れて駅前のスタバに向かった。窓際のカウンター席で、ほんの気持ち残したなんちゃらかんちゃらフラペチーノを片手に文庫本を開いている。コンコン、とガラスを叩くと「岩泉!」バカだな、聞こえねーのに。みょうじは口をぱくぱくさせている。どうやらちょっと待ってて、と言っているようで、文庫本をバッグにしまい、カップを持って席を立ち上がる。自動ドアが開いて「お待たせ」と店の前に出てきたみょうじが言ったが、「いや、待たせたの俺だし。すまん」「おかげで新しいフラペチーノ飲めたよ」こういうところ、嫌いじゃない。「何味」「えっとね、チョコレートなんとかかんとかフラペチーノ!」「覚えてねーじゃん」「おいしかったけどやっぱり抹茶が一番おいしいな」めずらしく先導をきるみょうじに合わせて、それでも俺のいつもの歩調よりはゆっくりだが店はもう予約してあるらしい。片手にスマホを持って、開きっぱなしのグーグルマップをちらちらと見ながら歩いている。


「迷ってんの」
「いや、こっちであってるは、ず」
「貸してみ 」


東口から徒歩5分!と書かれたはずの店にはなかなかたどり着く気配がない。そういえばこいつ方向音痴だった。「いつもすまないねえ・・・」「それは言わない約束だろ」このやり取りも、高校生の時によくしていた。合宿先で、遠征先で、練習試合先で、こいつはいつも迷子になっていた。結局、みょうじが見ていた地図の向きは反対側で、徒歩10分かけて店への道のりを進むのだった。


「聞いてよいわいずみぃ、やっぱり浮気されててさあ、別れてやったわぁ」


入店して1時間、最初は迷子になったことを謝り倒すみょうじだったが、いい感じにアルコールが回ってきた頃、ようやくみょうじが切り出した。言われなくても知っている。のは浮気のことだけだったが、ようやく別れたのか。まだ時間が経っていないのか、元彼の話になるとほんのり目元が潤んでいることに気づいているのかいないのか、はたまた酒のせいなのか。酔っぱらうと語尾が間延びしているのも昔と変わらない。バカみたいな喋り方だと笑えばだってバカだもんと返される。変わらない。


「岩泉なら聞いてくれるかと思って」


からの日本酒を飲む飲む飲む。ザルでもなんでもないくせに、これだめなやつだ。「そろそろやめとけ」「やだぁ、のむ」「没収」「あたしのにほんしゅー!・・・もー、飲まなきゃやってらんなーい!岩泉、おうちでのも!家ならしんでも大丈夫!」何が大丈夫なのか知らないが、財布を渡される。これで払ってこいとのことらしいが面倒くさいし払わせるつもりもなかったので持ってくふりして自分のカードを店員に渡した。会計を済ませて席に戻れば、わかってはいたがテーブルに突っ伏すようにして徳利を抱えるみょうじの姿。ため息をつきつつ、タクシーを呼んだ。


これで2回目だった。酔いつぶれたみょうじを家まで送るのは。社会人1年目、同窓会ついでに潰れたみょうじを送って行ったことが懐かしく思えた。屍累々の中、置いていくのもかわいそうに思い、もう一人のマネージャーに、みょうじを送るように頼まれたのだった。背中の柔らかさ、いや夏の暑さにやたら緊張して、無事に送ることだけを考えていたような気がする。・・・よく襲わずに帰ったと自分で自分を褒めてやりたい。つーかあいつ無防備すぎるし、身内に対して甘すぎ、疑わなすぎ。警戒心ってなんですか?って顔しやがって。「いわいずみぃ、ありがとぉ」って背負ってる耳元で喋るもんだから死ぬかと思ったことを思い出していた。


大学生のときから引っ越していないことは聞いていたので、タクシーを降りて肩を貸しながら千鳥足の彼女の家へと歩く。酒臭い。道路沿いの7階建てのマンション。ほんの少しだけ申し訳なさを覚えながらみょうじのカバンの中からキーケースを取り出し、オートロックを開ける。「何階」「んーとねえ、5かいー。うふふ」うふふじゃねえ。エレベーターはちょうど一階に止まっていたので、すぐにみょうじの部屋にたどり着くことができた。玄関を開けて、すぐのところに置いて行くわけにもいかず、靴を脱がせ、キッチンを抜けてリビングへ。ベッドへ座らせてやる。みょうじの部屋は、女にしてはこざっぱりとした部屋で、ベッドの上にクマのぬいぐるみがひとつ。有名な遊園地に行けば誰もが持っているあのクマ。どうせ元彼と行ったんだろうと邪推する。マンションのエントランスに自販機があったので、買っておいた水を机にのせた。「みょうじ、帰るぞ、水飲んどけよ」「んぅー、わかったぁ」くい、とシャツを引っ張られ、「   」誰かの名前を呼びながら、キスされた。さぁっと、熱が引いたような感覚。普通ここで元彼の名前呼ぶか?俺の名前知ってるか?当の本人は幸せそうな顔してベッドに潜り込み、深い寝息を立てていた。


2015/06/17
ちしま