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いつもどおりの目覚ましの音、が遠くで聞こえて、止めようと伸ばそうとするけれど右手が動かなくて、やがて目覚ましの音が聞こえなくなって、目が腫れているのかなかなか覚醒しない、‥、何か、いつもと違う、ような、首が、痛い、ような、「!」、な、どうして、あれ、ここ、わたしの部屋?じゃなくて。え、わたし、え、え、ええええ、わたしがソファに横たわっているとなりに幸村くんのお顔があって、ええと、左腕を枕にしながら頭だけをソファに乗せて眠っていた、え、幸村くんが身じろぎしながら頭をおこし、ぼんやりとした眼を擦りながら「‥おはよう、‥はるのさん」わたしの右手はしっかりと幸村くんの手を握っていて、え、「ご、ご、ごめんなさ‥!」がばりと起き上がると背中が軋んだ音を立てた、慌てて右手をはずそうとするけれどうまく力が入らなくて、左手で一本一本はずしていく、「ご、ごめんね、わたし、えっと、あの、」寝起きの頭で口は回らないし幸村くんお泊りさせちゃったしどれから謝っていったらいいのかわからないくらいだ、だって昨日は、昨日は、
「‥‥‥(ぱくぱく)」
「‥はるのさん、はるのさーん、?」
まだ眠いの、とのぞきこまれてぶんぶんと首を振る、今一瞬で目覚めました。
「ご、っ、ごめんなさいっー!」
もう土下座せんばかりの勢いで頭を下げた。わたしったらなんてことを、まぶたが腫れぼったくて重い、結局わたしは散々泣いて幸村くんにすがって、寝落ちをした、ということでもうわたしはずかしさでしねそうな勢いです。むしろ埋めてほしい。
「大丈夫だよ、ごめんね、ベッドのほうがいいかと思ったんだけど」
「いや、あの、全然だいじょうぶです、あの、幸村くん、だいじょうぶ、?」
なに話してるんだか自分でもよくわからなくなって支離滅裂だと自覚、はるのさん、と優しい声音で腕をひかれて、「!」「ふふ、もう、だいじょうぶだからね」耳元で響くボーイズソプラノに思考回路はショート寸前。
「出かけよう。見せたいものがあるんだ」
*
「動きが悪いよ」
結構、容赦ないな、幸村くんて。コートの端から端まで走らされたわたしは息も絶え絶え、脚なんか筋肉痛になりそうだった。それでも相当手加減してくれているようで、わたし以外の相手とは信じられないようなスピードの球がコートを行きかう。
だけど、テニスをしているときの幸村くん、ほんとうに楽しそうに見えた。大好きなんだろうな、テニスが。同じテニス部レギュラーだったという男の子たちはぎゃあぎゃあとよくそんな元気がありますねと思うくらいはしゃいでいた。あ、そういう笑い方もするんだ、幸村くん。
「なあなあ、あんた氷帝なんだろ?」
「え、あ、うん、そうです、氷帝ですいや元氷帝です」
黒髪の癖っ毛の子がとなりにどっかと腰を下ろすので、少し横にずれる。座れてるかな。男の子は切原くんというらしい、「ねえねえ、あんた、部長のかのじ」「赤也、なに油売ってるんだい」「ブチョー、!」「ごめんね、はるのさん。赤也は聞きわけがなくてね」「え、いや、そんな」「あと、赤也、はるのさんは3年生だよ」「うげ、まじっすか、」「ま、まじっす、3年です」「幸村!赤也!練習を乱すな!」「(ひえええ)」「ああ、あれ真田。怖くないから大丈夫」「かたっくるしい人っスけどね」「赤也あああああ」「やっべ!」
どうしてこんな錚々たるメンバーに囲まれているのかというと、幸村くんに連れられてきたのは町のテニスコートで、そこに待っていたのは立海レギュラー陣のみなさんで、幸村くんの招集によって集められたという。あれよあれよという間にレンタルシューズを用意されて、ラケットは幸村くんが貸してくれるということで、みんながそれぞれ試合をする中わたしもコートの一面に立たされる。お相手は幸村くんで、という展開である。
「すっごいたのしかった!全然うてなかったけど」
「はは、はじめてならそんなものだよ。いつでも練習につきあうけど?」
「あはは、すごい名コーチに教えてもらえるなんて光栄です、レッスン代払わなくちゃ」
立海のみんなと夜ごはんまでご一緒させていただいた帰り道、なんでわたし昨日の今日でこんなに仲良くさせてもらっちゃったんだろうありがたいやらはずかしいやらで幸村くんの顔がみれない。幸村くんだって、であったの、ついこないだのことなんだけど。外も暗いし家まで送ると幸村くんが申し出てくれたので素直に甘えることにした次第だ。
「はるのさん」
「?」
幸村くんが急に立ち止まるのでわたしもつられて足を止めた。どうしたのかと幸村くんを見上げると、最初に出会ったころみたいなやわらかな微笑みを浮かべた幸村くんは、わたしの右手を掬うとゆっくりと歩き出す。どうしていいかわからなくて、なにをはなしたらいいかわからなくて、たぶん赤面したまま歩き続ける。
「だいじょうぶ、学校が始まってもまた会えるよ。会いに行くよ」
新しい学校、新しい環境に不安なことだらけだし、お父さんとお母さんもいなくって、どうしていいかわかんないこと、たくさんあるだろうけど、
「ほんとに、ありがとう」
ぐしっとあふれる涙をぬぐって、こたろうが出迎えてくれるであろう門の前で怪訝に思って立ちどまる。
「あれ、電気つけっぱなしで出てきた、っけ、」
「、はるのさん、」
幸村くんがわたしの背中を押してくれる。
玄関の鍵は、かかっていなかった。
「、ななくさ、おかえり」
「ただいま、っ、!」