あと6日


男の子についてわかったこと、名前は幸村精市くん。やっぱり同い年で、立海中に通っていて、そのまま立海高校に進むこと、テニス部の部長さんで、高校でもテニスを続けたいということ。わたしは地元の中学に通っていて、地元の高校に進学することを伝えた。嘘ついてるけど。進学なんてしない。



幸村くん以外のご家族は旅行に出かけているらしく、今だけ、彼がこの家の主人らしい。ひとりでいて寂しくないかと聞くと、むしろ楽しんでいると答えてくれた。
こたろうはすっかり幸村くんになついてごろごろとのどを鳴らしている。犬のくせに。



それから、彼は庭いじりが趣味なのだそうだ。偏見だけど、男の子なのにめずらしいなあ、と思う。うちのお母さんはよく庭のパンジーを張り切って植えたわりにすぐに枯らせてしまったし、お父さんも庭に咲いてるパンジーよりもお母さんのほうをよく見ている人だから、あんまり意味をなしていないのだ。わたしはサボテンすら枯らす女なので、論外である。



縁側、というよりはテラスと言った方がしっくりくるような、そんないすに腰かけ、じゃれあうふたり、もとい幸村くんとこたろうを見つめる。ゆるやかに描かれたウェーブの、やわらかそうな髪の毛。優しげに細められる双眸。華奢そうに見えるのに、意外としっかりしている骨格。テニスをやっていたにしては白い肌。なんというか、すごく、美少年。わ、わたし女の子って名乗っていいんだろうか。



またおいで、という言葉に甘えて今日ものこのこやってきたわけだが、いや、こたろうの散歩がメインで、うん。昨日はでたらめに歩きすぎたため帰り道では家まで辿り着くことができず、この年にして交番に駆け込むとは思わなかった、若い警察官には笑われた。



幸村家にたどりつくのにも散々苦労したのだと話すと幸村くんにも笑われた。と、彼は冷たい麦茶を出してくれ、わたしはそれをごきゅごきゅと飲み干す。こたろうも水をもらった、べしゃべしゃに跳ね散らかすので葉っぱに水滴がいくつも連なる。



「まさかほんとうに来てくれるとは思わなかったよ」
「ご、ごめん、っ」



あわてて謝ると幸村くんはそうじゃないんだ、と困ったように眉を軽くよせながら笑った。



「半分は冗談だったよ、きっとこないんだろうなあ、と思った。でも、半分は本気。はるのさんおもしろそうだから、また話してみたいなあと思ってさ」



ひとりじゃ退屈だし、ね。
とくんと心臓がはねる。昨日の今日だけど、誰かに必要とされていることがうれしかった。一日中、いろんな話をした。



「はるのさん、」



帰り際、つい、と手をひかれたので振り返ると、夕日に照らされた幸村くんに「明日も、よかったら来てくれるかな」といつものようなやわらかな物腰で尋ねられる。い、いいともー、「迷惑じゃ、なければ」ていうか、また来ても、いいんですか。



幸村くんの家で過ごす時間はひとりぼっちで家にいるより、とてもゆったりとゆるやかなスピードで進んでくれるから、居心地がよかった。出会って間もないのに、かすかな確信、幸村くんなら、大丈夫だと思うことができた。だからこそ、夜がさびしい。



今日は何食べようかなあ、スーパーから漏れる明かりに照らされたこたろうの尻尾がゆらゆら揺れる。



▼20120128