卒業式のあとの仁王とわたし


「さよーなりー、」



彼は勢いをつけてマッチを擦る、うわあ、一発で赤い帽子に火がついて、それは彼の手によって、ひょい、地面に放られた。わたし、マッチ怖くて火をつけられないからすごいなあ、なんて、ばらばらに積まれた教科書はまず国語の教科書の表紙からオレンジが侵食。赤々赤々。小さかったオレンジが、勢いを増して、赤に染まってゆく。


っていうか、ほんとは、燃やすのってよくないんじゃなかったっけ。卒業式、泣いたり笑ったり、写真の群れからそっと隠れるようにひとり歩き出した仁王を追うと、まあ着いてきてみんしゃいと言われ、人気のない校舎裏に来てみれば。



「お前さんも、燃やす?」
「え」



ほれ、その重たそうな鞄、貸してみんしゃい。
仁王はそう言うと、わたしの手から黒の学生鞄を奪い取る。何をしようとしているのかを瞬時に理解したわたしはあわてて鞄を取り返そうとしたけれど、仁王は華奢に見えて、意外としっかりした身体をしているようで、びくともしない。



「まままま待って財布とか!あああああと電子辞書とか!ipodとか!いろいろ!入ってるからせめてそれだけは!やめてええええ」



財布燃やされたら話にならないしこれはもう仁王をぶんなぐって止めるしかないと思いながら、死に物狂いで鞄を取りかえした。あぶなかった、こいつ鞄ごと燃やす気だった。ぜったい燃やす気だった。こわいわーなに考えてるかわかんないからこわいわー。



「お前さんとも、さよならじゃ」
「え、?」
「長いこと世話になったの」



お前さんといると、退屈せんかったよ、と薄く笑った仁王は、灰になった教科書たちを足で崩すと向こうを向いて歩きはじめた。え、ほんとなに考えてるかわかんなくてこわいわー。



ちょっと、意味わかんないんですけど。



仁王を追いかける。あ、灰の上ふんじゃった。まあいいか、もう、このローファーも履くことないし。


「さよならってなに!」
「さよならじゃ、」


仁王はわたしの名前を呼ぶ。こわい。ほんとうにさよならしてしまいそうで、こわい。さっきまで、また会おうね、高校違っても遊ぼうね、なんて、別れの挨拶をしていただけなのに、仁王とのさよならは、一生あえなくなるような、そんな気がして、こわい。



「仁王、さよなら、やだよ」



ただ歩いているだけなのに、足の長さのせいか、小走りしながら追いかける。ようやく彼の腕をつかむことに成功した。仁王は、足を止め、わたしを見下ろす。真顔。



「ぷっ」
「えっ!なんでわらった?どこか笑う要素あったかこれ」


人の顔見て噴き出すなんて失礼な話である。仁王はくつくつ笑いながら、わたしの頭をなでた。なでた?



「ちょ、なにするの!」
「すまんて。 お前さんがあまりにも深刻そうな顔しとるから、ちょーっとからかってみたくなっただけじゃよ。さよならなんて、どうせまた明日会うじゃろーて」
「あした?」
「クラス会があるじゃろ」
「!」


それに、教科書持って帰るなんて重いしのう、と仁王は笑う。「それとも、まーくんと離れるのが悲しくなってしまったんかのう?」ばかじゃないの。そんなわけ、ない。ないないない。