キャロット7
ヴァンプさまは今日も上機嫌。ふんふんとのんきに鼻歌を歌いながら玄関のお掃除をしていました。ああ、今日も良い天気。今日なら天体戦士サンレッドを抹殺できるかもしれない。正義の味方が悪に屈する日も近いということに違いない‥ふっふっふ‥不敵な笑みを浮かべると、ヴァンプさまは怪人たちを集合させることにしました。お題:今度こそサンレッドを抹殺するにはどうしたらいいか?
「あっ、ひらめいたんですけど」
はるのさんが元気に右手をあげました。はるのさん、とヴァンプさまが指名すると、はるのさんはにこにこしながら「チョコに毒入れちゃえばいいんじゃないですか!」フロシャイムに戦慄が走りました。ふわふわはるのさんからまさかの毒殺宣言。バレンタインですしね。ヴァンプさまは慌てだします。
「あ、あのねはるのさん!チョコ!かよ子さん食べちゃうかもしれないでしょ!危ないよ!」
「あ、そっか、そうですよね、すみません‥」
しょぼんとするはるのさんの膝をよじのぼるウサコッツ。先日の一件からはるのさんと仲良しになったようです。ウサちゃんの耳を梳かしてあげながら、はるのさんは次の案を考えています。ヴァンプさまは、うんうん唸っていたのを突然はっとしたようにぽんと手を打ちました。
「ああ、でもチョコをあげるのは良い作戦かもしれないね!レッドさんも油断して倒されに来るかもしれないし!うん!採用!」
それでいいのかフロシャイム!
バレンタイン!当日ー!
はるのさんは戦闘服(※うさぎの着ぐるみ)に身を包み、大きな紙袋に今日の作戦で使うあれやそれを詰め込んで、対戦の場へ出向きました。途中途中、ヴァンプさまがご近所さんに日頃の感謝の気持ちをこめたお菓子を配るので、大幅に遅刻ですが、こんなこともあろうかとはるのさんはレッドさんとの待ち合わせを本来の時間より1時間遅らせていたのです。きっと、公園に着くころに、レッドさんも到着することでしょう。時間はぴったりのはずです。
「レッドさん!いざ尋常に勝負ー!」
「‥‥一応聞くぞ、お前はるのだよな」
「そうですはるのです、この姿ではお久しぶりですね」
「‥‥はー」
レッドさんは大きなため息をつくと、タバコを消してポケットの携帯灰皿を取り出しました。意外と優しいところもあるんですねレッドさん、どうやらはるのさんの着ぐるみに匂いが移ることを心配したようです。っていうのははるのさんの想像なのですが、たぶんレッドさんはそんな紳士的なこと考えていませんよ。
「で、なんで今日はこんなに少ないんだよ俺をなめてんのか」
「ええと‥はるのさんがいますし‥、彼女、フロシャイムのエースですし‥」
「えっわたしエースだったんですか」
「お前もそこで驚くなよ‥」
しどろもどろになるヴァンプさまをじりじりと追いつめるレッドさん。今日は一号も二号もいないため、助けてくれる怪人ははるのさんしかいません。だけどはるのさんはやっぱりびびって戦闘の構えを取るばかりでうごけません。
「わ、わ、わ、白状しますよ!」
怪人がふたりしかいないのには理由がありました。
昨日のお話になりますが、はるのさん、レッドさんをおびき寄せるためのチョコレートを作っていたんです。それはもうメダリオとかギョウさんとか、にやにやしながら台所に向かっちゃうくらい。シータに何か手伝うことはないかいと聞くどこぞの船員のようです。台所からはあまーいあまい、良い香り。さぞおいしいチョコレートができあがることだろうと期待していた怪人たちを待ち受けていたものは。
「ぐ、」
「ぐわああああああ」
「うううううううう」
屍が山のように積み重なります。甘い匂いに誘われて、傷を負った戦士たちは数えきれません。はるのさんは、どうしてみんな倒れて行くのか不思議でしかたありませんでした。きっとみなさんお仕事でお疲れなんですね‥。だけど、こんなにおいしいのに、どうしてみなさんはどこかへ飛ぶように消えてしまうのでしょうか。うんうん、はるのさん、彼らはトイレに走っているのです。そして、ひとつしかないトイレがふさがっているために彼らはどこかのトイレへ向かっているのです。
というわけで。
「その、すみません、今日はあの、フロシャイム、みんなおなかが痛いって‥」
「‥‥」
「‥‥」
「‥‥」
「まさか‥そのチョコ俺に」
「はいっ!レッドさんのために作りました」
じゃーん、と得意げに晒されたそれは、おどろおどろしい文字で『レッドさんへ(ハート)』と描かれていました。ちょっぴり溶けているので、血文字のような恐ろしさを感じます。これにはさすがのレッドさんもどんびきしました。しかし目の前でにこにこ微笑んでいるはるのさん(うさぎの被りもののおかげで表情はうかがうことはできませんがきっとにこにこ笑っていることでしょう)を前に、チョコレートを叩き割る真似なんてできません。だって彼は曲がりなりにも天体戦士。女の子を泣かせるのは趣味じゃないですから。かよ子さんに怒られますから。
「‥‥いただきます、‥‥ぐ」
こみ上げる何かを無理やり飲み込み、ぐっと親指を立てるレッドさん。男前すぎてヴァンプさまは思わず眼を覆いました。男だ、彼は真の男だ‥!ヒモだけど、ただのヒモだけど、彼は真の男だったのか‥!!!と見せかけて、
「レッドさーん!」
親指をたてたまま、レッドさんが倒れました。誰もが予想しなかったことだったので、ヴァンプさまもはるのさんも固まります。
それからはもう大惨事。はるのさんはパニックで104番に電話するし、ヴァンプさまは手持ちのネギ(さっきおばちゃんにいただいたもの)でレッドさんを起こしにかかるし。結局、仕事帰りのかよ子さんに拾われて行ったレッドさんなのでした。
それからは、フロシャイムで唯一レッドさんを倒した怪人としてはるのさんはわっしょいわっしょい、その後復活した怪人たちがお赤飯を炊いてくれました。バレンタインなのに。
「チョコ!チョコ!うまい!」
ひっそりこっそりと、はるのさんからもらったチョコレートを怪人たちはタイザくんに渡すので、タイザくんだけが、今日も楽しく元気です。どうやら彼にはるのさんの毒は効かなかったようですね。
ハッピーバレンタイン!
20100130
ちしま
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