キャロット5

「こんばんははるのさん」
「へっ、あれっ、ヴァンプさま、新入社員の方ですかっ?」


はるのさんは挨拶も忘れてヴァンプさまに問いかけました。ちゃぶ台に向かい合わせで座っている青年をはるのさんはみたことがありませんでしたからね。青年はさわやかに片手をあげると、いやだなあはるのさん、と屈託なく笑顔を向けました。


「僕ですよ僕。タイザですよ一、昨日おまんじゅう食べたじゃないですか」
「‥‥」
「あ、彼ね、男狼だから、満月になると天才になるの」
「‥‥えええええタイザさんてあのタイザさんですか、!」


はるのさんびっくりしすぎなうえに反応遅いです。はるのさんは手にしていたスーパー袋をどさーっと落としてしまいました。「あったまごっ」ヴァンプさまがすかさずキャッチします。どこから飛んできたんでしょう。たまごに対する執念が半端じゃありません。「ふうよかった、たまごは無事だよ」そうですか。

タイザくんはぼーっとしているはるのさんの顔の前で手をひらひらさせると、はるのさんの目が光を取り戻しました。びっくりして後ずさりします。内心バクバクなのです。タイザくんがイケメンなので。
タイザくんはやっぱりさわやかに、


「夜食の買い出しだったんですよね、すみません、僕朝になると元にもどってしまうので」
「いえっめっそうもないですっ」


はるのさん大丈夫ですか。それじゃあ、失礼しますっと頭をさげると、「はるのさん、」タイザくんがはるのさんを引きとめました。早く帰らせてほしいとはるのさんの顔にははっきり書いてあるのですが、そうは問屋がおろしません。タイザくんは大変紳士でした。


「送っていきます。もう夜も遅いですし、ひとりじゃあぶないです」
「えっあっ大丈夫ですっわたしだってかいじゅうですしっ」


どうやら怪人と言いたかったようですが、怪獣でも怪人でもありません。はるのさんは普通の人間です。タイザくんもくすくす笑って、

「はるのさんは女の子ですよ」


とさらっとこういうことをいうものですからはるのさんの心臓だけでなく世の中の女の子の心臓もフル稼働しそうになってしまいます。さすが男狼。心得てます。もちろんタイザくんは心からの善意です。さわやかですから。


「そうそうはるのさん送ってもらったほうがいいよー、世の中物騒だからね!レッドさんなんて出てきたら大変だから!」


念のため断わっておきますが、レッドさんは正義の味方です。ヒモだけど。「うう‥、それじゃあ、お言葉に甘えて、!おねがいします」了解しました、とタイザくんは玄関のドアを開けました。


はるのさんちは川崎支部からは歩いて出勤できるところにあります。遠くもないけれど、けっして近くもないのです。街灯に照らされた道路はときどき暗くなったり明るくなったり。ふたりを白黒染め上げます。


「ふんいき、だいぶかわりますねえ」


勇気を出してはるのさんが話しかけました。タイザくんは笑って、男狼ですからと手をゆらします。はるのさんののんびりした歩調に合わせてくれているので、歩幅はいつもよりも大きめ。タイザくんの髪の毛がきらきらしていました。


「あの、ほんとにすみません。お仕事の最中だったのに」
「いえ、気にしないでください。正直たすかりましたから」


いたずらっこのようにはにかんで、タイザくんは言います。毎月満月の晩は人間になれるけど、人間になったぶん仕事が増えるので、。


ヴァンプさまには悪いけど。
はるのさんちまであと少しですが、はるのさんはちょっぴり、いつもよりも歩くスピードを緩めたのでした。




キャロット5

ちしま