チョコレートガール 伊作
▼現パロ:保健の先生
昨日、一生懸命作ったチョコレートケーキは無残にも箱の中でお亡くなりになられていた。嘘でしょ、泣きたくなったけど、先生にどうしてもあげたかったのに。放課後、小さな箱を持ったわたしは、保健室へ向かう途中、部活へ走る団蔵くんにぶつかってしまって、はこごと転んでしまったわけで、。結局、てっぺんがつぶれてしまったはことにらめっこすること何時間。気づいたら、外がまっくらになってしまった。善法寺先生は、帰ってしまっただろうか。
「しつれい、します」
どきどきと逸る心臓を抑えつつ、保健室の扉を開けると、ぽっかり空いた先生用の椅子が目に入る。鍵も開いてたし、電気もついてるから、まだ、帰ってないはず、なんだけど、なあ。どうしようか、「こないかと思った」、び、びっくりした!先生は職員室に行っていたみたいで、ひんやりとした廊下と温かな保健室の間で、にこにこと笑う。冷気をさえぎるように扉を後ろ手で絞めると、もうひとつ、かちゃりと小さな音が響いた。あ、鍵閉めたのかな。
真ん中二つ、左側のベッドに腰掛けて、先生を待つ。箱は背中に隠しちゃった。もうばれてるとは思うけど、。
書類を机に置いた先生が歩く音がする。白衣を着た先生、すごく好き。消毒液の匂いを纏ってわたしのとなりに腰を下ろす。
「なかなか来ないから、今日は会えないかと思った」
「ごめん、なさい、。あっ、あの、ね、ケーキ、作ったの」
「後ろに隠してる、それかい」
先生は口元を緩めると、見透かすようにわたしを見た。背中の箱、見えてるのかな。渡してもいいのかなあ、でも、でも、
「や、やっぱり、」
「転んじゃったの?」
頷く。怪我はなかったかと眉を寄せた先生に、大丈夫だと答えると心底安堵したかのように微笑んだ。ついさっきまでは元気な姿を見せていたチョコレートケーキだけど、今は箱中にクリームがくっついちゃってる。おとなしくひしゃげた箱を渡す。開けていいか視線を送る先生に同じく視線でどうぞと促すと、蓋をあけて、人差し指で中を掬った。
「おいしいよ」
よかった‥!ぺしゃんこになっちゃったけど、味には、自信、あるんだから。伊達にシナ先生に教わってないんだよ。失敗もいっぱいしたけど、今回のは、いちばんの自信作だから。
人差し指のクリームを舐める先生がなんだか色っぽくて、胸がきゅんとせまくなる。
クリームをひとすくい、人差し指がわたしにさしだされる。躊躇しながらも、ぱくりとそれを口に含むと、甘い甘いクリームが口の中に広がった。引き抜かれた指を追うと、先生が意地悪そうに「キスしたくなっちゃった」わたしはぽーっとしてたせいで先生がなんて言ったか分からなくって、またぽかんとしてしまう。困ったように笑って、もう一度、「キス、して」固まる。
先生は、箱を避難させると、ゆっくりと目を閉じた。わたしは、しばし先生の顔を見つめる。心臓がうるさい。わたしからキスするなんて、恥ずかしすぎて、あんまりしたことなかったけど、先生、目を閉じたとき、こんな顔をするのね。長いまつげ、ふわふわのかみのけ、大きな瞳は閉じられているけれど。形の良いくちびる。
いまからこのくちびるにわたしはキスをするんだな、と、ほう、と息を吐いたらぱちん、先生の目が開いてしまった。
「おそいよ」
「だ、って」
待ちくたびれちゃった、とはにかんだ先生はわたしの頭を引き寄せると、近づく顔。とっさに目を閉じてしまう。触れるくちびる。
「ん、」
昨日味見しつくした、さっき先生の指で味わった、あのチョコレートの味がした。
もっと、とねだるように押しつけてみればそれにこたえてくれる先生の舌が入ってきて、わたしの中をかきまわす。息がうまく吸えなくて、だんだん頭がぼうっとしてきて、ふわーってほっぺに熱が集まるのがわかった。
「せんせ、」
すき、と漏れた言葉は自分でも驚くほどにかすれて、ちいさく保健室に響いた。最後にしたくちびるをなめられて、先生はやっと解放してくれる。息が苦しくて、でも先生にばれないようにそっと深呼吸をした。だって、この前苦し、って言ったら意地悪く笑って、もういっかいしてあげようか、なんて言われちゃったから。
「反則でしょ」
ベッドがぎしりと音を立てて、ふたりぶんの体重を受け止めた。保健室なのに、こんなことしちゃっていいのかなあ、と背徳感が心をかすめるけれど、降り続けるキスの嵐に背徳感なんて吹き飛んでしまった。もういっかい、ケーキを作って、先生にあげよう。今度は転ばないように、気をつけて。
2010
ハッピーバレンタイン!
ちしま
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