深海魚のふり 幸村


まっさおな海は学校からほどよく近い距離にあり、立海生御用達の場所だった。学校帰りにふらっとよることなんてしょっちゅうだし、むしろ夏の部活は海でランニング、なんてこともある。海はきらいじゃない、むしろすき。制服じゃなければじゃばじゃば入っちゃうんだけど、ていうか制服でも入ってしまいたいのだけど、隣の彼がゆるしてくれない。風邪ひくよ、なんて、わたしはそんなにやわじゃないし、せめて、足くらいは、「だーめ」過保護だなあ幸村くん!



今日の海はオレンジ色をしていて、太陽が今にも沈んでしまいそうな夕昏だった。空のオレンジと海のオレンジがゆらゆら揺れて、とても綺麗。食べちゃいたいくらい。



「だって、海だよ」
「そうだね、海だ」



人間大きな海を見ていたら飛びこむか泳ぐか叫びだしたくなるものだよ幸村くん、と論じてみるものの、「だめだよ。すぐ風邪ひくんだから」休まれたら寂しいからねと幸村くんは笑って、繋がれていた手を離した。幸村くんて、時々恥ずかしいことを平気で言うから困る。



「や、休まないもん」



ほっぺたが熱いのをごまかすように、一歩前に出て色が変わる砂浜に膝をついた。温かさがほんのり残る指先で海水に触れる。
わ、やっぱりつめたい。
波が行ったり来たりを繰り返して、私の足もとから遠ざかっていく。濡れた地面にハートマークを描いてみた。波がきたので、急いで後に下がる。ハートは消えてしまった。幸村くんは何してるのかな、と振り返ると、



「ゆ、幸村くん何書いてるの!」
「何って、相合傘」



見たらわかるでしょとさも当然のように幸村くんは言うけど、ちょ、ちょっと待ったー!と緑色のカエル軍曹なみのつっこみをしてしまいそうになるほどにこにこと、どこから拾ってきたのかわからない長い木の枝を使って器用に、相合傘を描いていた。どうしてそんなに波が来なそうなぎりぎりに書くの!どうしてそんなに大きく描くの!
幸村くんは満足げに、一仕事終えました!みたいな笑顔でじゃーんと腕を広げた。子どもっぽい仕草に思わずほっぺが緩みそうになるけれど、



「青春だろ」
「せ、せいしゅんだけども、これは、はずかしい、よ、」



しどろもどろになる私を見て幸村くんはくすくす笑うと、ブレザーのポッケから携帯電話を取り出す。深い深い青色のそれはパシャリと音を立てて光った。うまく撮れないなあ、と何度かその動作を繰り返すと、ぱたんと携帯を畳む。ポケットからお揃いのストラップがはみ出していた。ほどなくして、私の携帯がぶるぶると振動。



「あ、ありがとう」
「どういたしまして」



メールの主はわたしの隣でにこにこしている彼であり、内容は一枚の写真が添付されているだけ。夕焼けに照らされる相合傘に照れてしまって、でもちゃっかり待ち受けに指定しちゃったりして。保護しとこう。間違っても消さないけど。
明日になれば潮が満ちて消されてしまうだろう相合傘を見て、幸村くんを見上げて、手を繋いで笑い合う。



いつかいつか、私たちが大人になったとき、思い出すのはきっとこの夕暮れで、きらめくさざ波に反射するオレンジに目を閉じて、ざぶんと飛びこんで、やってくるお月さまに見られないようにこっそりこっそりキスをするのだ。もぐってもぐって、海の深い深いところで、深海魚のふりをしながら。


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企画yrh様に提出!
ありがとうございました*


ちしま