テトラポットブルー 幸村

ふいに化粧水がなくなったことを思い出して、この時期は化粧水で保湿しないとかさかさになってしまうわたしの乾燥肌のためにちょっとそこのドラッグストアまで。「おでかけかい」自転車の鍵を探していると、幸村くんが乗せて行くよとバイクのカギをくるくるさせた。お言葉に甘えて幸村くんのバイクの後部座席にまたがる。自転車のときも、こうしてバイクに乗ったときも、ちょっとはずかしい。だから、サドルのところを掴むんだけど、すぐに幸村くんは落ちるよ、とわたしの手を自らの腰にまわした。ぎゅうっとしがみつく。


目当ての化粧水をかごにいれて、店内のどこかをうろうろしているであろう幸村くんを探した。あ、いたいた。幸村くんはぼうっとしているようで、わたしはかごアタックをかまそうかと思ったのだけど、「おかえり」「えへ、ただいま」気付かれてしまった。レジ前でそんな会話をしていると、幸村くんがじっと見ていたのは半額に値下げされた花火だった。


「わ、まだ売ってるんだ」
「売れ残っちゃったみたいだね」


秋というには少し寒いくらいの天気が続いていた。夏とは呼べない、微妙な天気。そういえば昔は冬でも花火をしていたっけ、と懐かしい気分になってしまって、「やる?」幸村くんが聞いてくれたことに速効でうなずいた。やる、やる、やりたいです。花火。


レジをすませて、再びバイクを走らせる。風を切って走るバイクはほっぺをぴりぴりさせた。痛い。冬はもっと痛いんだろうな。寒くなるのは苦手だ。ちょっと前から、風にのって磯の香りがただよってくる。もうすぐ、海だ。


かつて訪れたころの海はまだきらきらと水面が夕日に反射していて水平線にお日さまが沈む瞬間が何よりも綺麗だったことを思い出す。今日は、まんまるい月がのぼっていて、ちいさな道を作り上げていた。渡れるかもしれない。


波が迫ってくるくらいのぎりぎりの砂浜で、わたしたちは花火に火をつける。じゅ、と小さな音を立てて赤が飛び散った。音をたてながら色をつける花火を眺めていると、幸村くんがぶんぶん振り回すので危ないよ、と咎めたのだけど、我慢しきれずにわたしも一緒になってくるくる回す。ほら幸村くん、ハート。


「きれいだね」
「ね、!やっぱり花火ってすきだなあ」


昔もこうしてよく花火をしていたよね、と懐かしむ幸村くんに感化されたのかわたしの思い出もフィードバック。夏、熱帯夜、部員とバーベキューをして、騒いで、叫んで、(フクブチョーのおにいいいい!)(赤也たるんどる!)、叫ばれて(はるのさん、すきだ、)、散々からかわれながらわたしも叫んで、(わ、わたしもすき、!)、水かけられながら祝福されたっけ。ああ、青春の思い出。なんて。


「2つしか買ってないんだっけ」
「うん。あっというまだね」


それはたぶん、3本桜ーとかはしゃいでたあなたのせいだと思うんです、一気にたくさんつかっちゃうから、もう。
それにしても、シメが線香花火って、なんでこう物悲しい気分になるのかなあ。小さな火をみつめていると、風がぴゅうと吹いて落っこちてしまった。あー。


「さむい?」
「ちょっと」


ちょちょちょい、と幸村くんの隣にひっつくと、右半身だけ、あったかくなった。少しでも長く長く火を灯してほしいのに、潮風が邪魔をする。右手に線香花火を移動させて、わたしと幸村くんのちょうど間に収まるようにして、潮風の攻撃を防ぐことにした。ぱちぱちと、小さな火花が砂浜に落ちていく。線香花火がはかないって誰が言い出したんだろう。確かにはかない、けど、何よりも綺麗だ。


どちらともなく、キスをして、くっついて、また離れた。なんだか恥ずかしくて襟に口元をうずめると、変わらないなあ、と幸村くんの纏う空気が柔らかに揺れた。



テトラポットブルー




秋頃のお話。
世間はもう正月の準備だっていうのに。


ちしま