春に咲く

竹谷くんは入社間もないフレッシュな若手サラリーマンで、わたしは短大卒入社二年目のしがないオフィスレディ、つまりOLさんである。ちなみに制服がちょっとかわいい。これはわが社の唯一の自慢かもしれない。あ、あと社食もおいしい!わたしのおすすめはカツ丼、これ一択である。ほんとにおいしいんだから。竹谷くんにもおすすめしたらにっこにこしながら食べてくれてとってもうれしくなったっけ。


そんなわが社の課長いわく、はるの、お前教員免許持ってたよな、あ、そう、幼稚園?かまわんかまわん、竹谷の教育係よろしく★とばちこーんとウィンクまでかまされて、めでたくわたしはぽかーんとあっけにとられる竹谷くんの教育係に任命されたわけである。えっ免許関係ないじゃん。これっぽっちも関係ないじゃん。呼び出しされたかと思ったら竹谷くんがいてうわーフレッシュマンだーってほけーっとしてたらこれだよ。もういっかい言うけど免許関係ないじゃん。
ちなみに、わたしの方がひとつ年下なのだけど、竹谷くんは先輩は先輩っスから、と言ってわたしのことを先輩と呼ぶ、ちょっとくすぐったい。


まあ、その、若いふたりに、けっして青春とは言い難い恋の炎が燃え上がるのは偶然というか必然というかなんというかごにょごにょ。つまり、わたし、竹谷くんに恋心を抱いてしまったのだ。先輩って言っても竹谷くんよりはひとつとししたって、まだまだセーフだよね、でも、新人をかたっぱしから食ってる女だと思われたらどうしよう、わたしそんなんじゃないからね、ほんとだからね、ああでも恋愛御法度ですよこの職場。教育係と新人ってどんな恋愛小説ですかこのやろう、と地団太ふみふみお茶っぱをはかっていると、お約束というかなんというか、床に落とされたお茶っぱの包み紙に足を滑らせてお茶っぱはきれいに宙を舞って緑いろの粉雪が降ってきたのでした。お、おちゃくせえ‥!


「先輩、書類これでいいですおちゃくさっ」
「‥ぞんぶんにわらってください‥お茶っぱにおそわれました」
「ぷっ、くく、あの、く、せんぱ、っぷっ」
「‥わ、笑ってくれてかまいませんよ‥‥(うう‥) わ、」


たけやくんの腕がすっとわたしにのびてきて、思わず目をつぶってしまう。髪の毛がすこしだけひっぱられて、「すみません、あたまにもお茶っぱくっつけてたから、つい」「あ、りがとう」


「先輩ってしっかりしてるのかと思ったら意外とぬけてますよね」
「そ、んなことありません!」


無意識のうちにほっぺがふくらんでいたらしい、ほっぺをつぶされて、ぷしゅうと空気が抜けた。、竹谷くんの手、おっきいんだなあ、わたしの顔なんて片手で収まってしまうくらい、ごつごつした、おおきな、男の人の、手。わー、なんだかとってもはずかしくなってきた!は、早く離して、くれないかなあ、。


「‥‥せんぱい」


ふいに、竹谷くんがいつもと違った熱っぽい声色でわたしをよぶから、どきどきして、あたまがふっとうしそうになる。うわあ、うわあ、。
竹谷くんは目を伏せる。手から力が抜けて、わたしのほっぺに竹谷くんの手が添えられる。あったかいというより、あつい。


「俺、頼りないかもしれないですけど、俺、っ、」


その先が、聞きたい、けど、けど、わたし、どうしよう、期待してもいいのかな、心臓が今まで感じたことないくらいばくばくばくばくしてて竹谷くんの手に伝わってしまうんじゃないかと思った。だけど、聞いてしまったら、もう、


「おれは、あなたをあいしています」
「竹谷く、」


わたしはどうしようもなく恋する女なのですきなひとにこんなこと言われたらとけてなくなってしまいたい思うくらいずきゅんと心臓射抜かれた。まっすぐすぎて、わたしはどうしたらいいのかわからなくなる。どうしよううれしい、うれしい、うれしいけど、!も、わたし言っちゃうよ、言っちゃうよ、社長ごめんね、もう知らない、!


「た、たけやくん」
「すきです、ななくささん」
「わ、わ、わたし、も、たけやくんのこと、」


すきです、とかぼそい声がのどから絞り出すような小さな声になってしまった。思わずうつむくと、「、」何も聞こえないから、竹谷くん、どうしちゃったんだろうと見上げてみた、ら、真っ赤な顔した竹谷くんが目を見開いて、固まっていた。わたしのほっぺから手がおろされて、竹谷くんはその手で口を抑えると、


「え、えっ、先輩、それ、嘘じゃないっすよね、!」
「う、うそなんて、もうしませんっわたしいつだって本気で全力ですって、え、っと、あの、その」
「うっわ、うれしすぎる‥‥」


ふたりして真っ赤な顔して固まっていると「お茶くさっ」‥‥は、鉢屋くん‥‥。鉢屋くんだって新入社員にはちがいないのだけど、わたしのほうが先輩なのによくからかわれることが多くて、ちょっと苦手なのである、だっていつもいじわるそうな顔してるし。た、タイミング悪い、まるではかったかのようなタイミングで彼が現れるものだからほんとに計算しているんじゃないかと疑ってしまう。今だってにやにや。


「、はーん、なるほどなるほどー。」
「な、な、なにがなるほどなんですか」
「べっつにいー。なんでもないですよー。あ、俺、ダッツ食べたいかもしれないなあ」
「‥‥何味がいいんだ」
「えっいいのかい竹谷くん!悪いなあ!それじゃあとで、な!」


し、白々しい‥。鉢屋くんはるんるんとスキップを踏むように給湯室から姿を消した。ほ、ほんとよくわかんねえあの人‥!、じゃなくて、恋愛禁止の社内では、御法度、である。鉢屋くんは黙っててくれるだろうと信じて、ていうか、あれは絶対見てたに違いない。


「、わ、わたし隠し通せる自信、ないなあ‥。うれしすぎて顔に出そう」
「(きゅん!)そ、そんときは、やめて、俺んとこ、来てください! (!は、しまった!先走ってしまった!)」
「(!) う、うん、っ?うん、うん!(うわあああああ)」


(‥‥しあわせそうだなあ‥‥)
(あれで隠してるつもりなのかなあ‥‥)
(花見えるのって俺だけ?)
(たぶん全員見えてるんじゃないかな。あ、今日豆腐定食だ)
(まあ社内恋愛禁止っていっても建前みたいなもんだからいいけどさ‥‥ほんとに禁止にしちゃおっかなあ‥‥社長さびしいっ)
(ダッツうめえー)


春に咲く

ちしま