マーメイドライン ルッスーリア

お客様がやってきた。きちんとマニュアル通りにあいさつをして、して、次は、何かお探しですか?
‥‥聞けねえええええ!

とりあえずうちは上から下まで、ランジェリーも置いてある。
社員の私が言うのもなんだけど、可愛い。とてもかわいい。そして美しい。女性のボディラインを引き立てるような機能的な面も持ち合わせつつもかわいさを失わない、有能なランジェリーがたーくさん。自信を持っておススメできる商品である。
買いに来るお客様もかわいらしい女性からあだるてぃーな大人の女性までさまざまだ。

しかし、男の人がやってくるのは買い物に来た女性の彼氏、もしくは家族だったし、ひとりで来たとしても彼女へのプレゼントなんだ、なんてはにかみながら品物を探すようなナイスガイであって、今現在進行形で下着コーナーでパンツを今にもためし履きしようかしら、なんて雰囲気の男性(だよね?)は今までいなかった気がする、あくまで私が当番だったときだけだけど。

こんなときにかぎって、みんな休憩に入ってしまって、この時間ならひとりでも大丈夫よね、と上司ににーっこり微笑まれた私はにへら、と笑みを浮かべてうなずくしかできなくて、これはあきらかに権力の横暴だ!と思う。電話しなきゃ、おーじんじおーじんじ?

ああ、誰か!

お客様、つまり、黒いサングラスをしているのでわかりづらいけれど、個性的な髪型、なんだろう、坊主ヘアーににわとりのとさかをくっつけたような、だめだ、いい表現が思いつかない!ニワトリさん(失礼)はワイシャツにネクタイ下は、‥なんだろうあれ、ぴっちりとしたパンツに身を包み、くねくねした動きしてるけど袖から見える腕には筋肉があって、っていうか声とかいろいろと、男の人だ。

「‥‥」

私は彼から少し距離をとったところで固まる。
あいさつの次、次、「何かお探しですか?」いや、どうしよう、ここは、「プレゼントをお探しですか?」
頭のなかのマニュアルにはこんな状況書いてなかったよなあ、困った困った。ここは見守っていてもいいものだろうか、それとも商売魂を燃やして購入を促すべきだろうか、迷っていると、

「ねェ、」
「! は、はいっ!」

な、なんでしょう?いきなりニワトリさんに話しかけられてどもりながら返事を返すとにっこり笑われ、「これとこれ、どっちがいいかしら?んもう、みんな可愛いから迷っちゃうわ〜!」腰をくねらせながら両手にパンツ(右、ピンクに水玉。乙女心を忘れない。左、青にレース、人魚姫をイメージ)。これを、私に選べと。

自分自身の下半身に合わせるところを見ると、やっぱり、この人が履くのか。き、きわどい、きわどすぎる。それに結構筋肉質のようだし、Mじゃ小さいだろうと思う。
心のなかでこっそりどちらにしようかな、天の神様の言うとおり、と神のお告げを聞くと、あ、右だ、

「‥、えっと、こちらは、いかがですか? これ、フロントのリボンが可愛いんです」

しっかり商売魂をもやしつつ、うきうきとしたオーラが見えそうなニワトリさんに勧める。う、売上アップのためだ!がんばれななくさ!

「そーお?やっぱり?アタシもこっちかしらあって思ってたのよ〜、あなたとは気が合いそうだわっ」

ハートマーク飛ばされた、ハートマーク飛ばされた、なんかこのひと楽しい!すてきだ。

少しお話してみるとスキンケアはどこがいい、とか女の私よりも詳しくて、いいお友達になれそうねアタシたち!とニワトリさん、もといルッスーリアさんに腕をぶんぶんされているところで、荒々しくドアが開かれた。
いらっしゃいませ、という暇も無く颯爽と銀色の長髪の男の人(美人さんだなあ、)が私とルッスーリアさんをひっぺがし、

「う゛お゛ぉい!なに油売ってんだあ」
「んもう、スクアーロったらびっくりするじゃなーい、ほら、驚いてるわよ〜」
「う゛、」

スクアーロと呼ばれたひとはこちらを見てすまなそうな、でもこいつと一緒にいたなんて大変だったな、みたいな微妙な顔をして、自分はランジェリーコーナーにいるのだと気づいたらしくちょっと顔を赤くした。
なんだこのひと可愛いな、でもルッスーリアさんの、恋人、だろうか。うーん、判断に困るところですね。

ルッスーリアさんはピンクのパンツをずずずい、とスクアーロさんに見せて、ねねね、これ可愛いでしょ!可愛いでしょ!と熱烈に語っていて、スクアーロさんは引き気味。

「うるせえ!早くしろ!」

んもう、しょうがないんだから〜ん、と軽くスキップしつつお勘定おねが〜い、とフロントに向かう。
少々お待ちくださいと言いつつ値段を計算しに行こうとすると、スクアーロさんが私のネームプレートを見て口を開いた。

「ななくさ・はるの、お前、日本人かあ」

日本語で話しかけられたのでびっくりする。すげえ、バイリンガルだ。

「はい、仕事でイタリアに来ました!」
「はるの、‥たしか沢田から話を聞いたことがある」
「沢田くんから‥?」

ふむ、この人たちは沢田くんの知り合いなのだろうか、聞こうとしたらルッスーリアさんに呼ばれて、苦笑しつつフロントへ。
勘定を済ませ、紙袋を持って入り口までお見送り。
ドアを開けてどうぞ、と二人を外へ、ルッスーリアさんに紙袋を渡し、ありがとうございました、と頭を下げる。
またお越しください、と言うと二人とも反応が違うのが面白い。

「明日もきちゃうわ〜!まったね〜ん!」
「‥‥」

ひとりフロントの椅子に座って、沢田くんってほんと人脈が広いというかなんと言うか。不思議なひとばかりだなあなんて思った。


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むかしのサイトの連載の番外だったんです、なつかしい!
もったいないのであげちゃいます
ちしまふうろ