林檎が実る日 滝

「やるねー」


背後から突然声をかけられたので思わず肩を跳ねさせてしまう。振り向けば「やあ、」滝さんだった。「びっくりするじゃないですか‥!」滝さんはごめんごめんとちっとも悪びれない様子で謝る。


「すごいね、その、ホチキスさばき?」
「‥‥」


現在わたしがもくもくと行っている作業であるプリントのホチキス止めはいったい何部だかわからないほど積み重なっている。原稿ができあがったのがついさっきで、学校にいる生徒会役員は運悪くわたしだけだったのをつかまって、今に至る。やっぱり早く帰ってればよかったと思ったけど、ほかの誰かしらもこれをやらなくちゃいけないわけだから、まあしょうがないと思うことにする。
しかし明日の会議で使うものだから休むことは許されない。生徒会といい顧問といいもっと余裕を持て!と言いたい。絶対命令のせいで被害被るのわたしなんですけどー。どー。どー。


「滝さんはどうしたんですか。部活は終わりましたよね」
「はるのがいたからさ」
「そうですか」
「‥‥」


無言が続く。あいにくだけどそんなんじゃわたしはくらっとこない。滝さんていっつもこんな感じなんだもん。冗談ってわかってるからすぐに流してしまう。


「何か、言うことはないのかい」
「‥何か、?」


はて、何かとは。跡部さんからもだれからも伝言はもらっていないはずだし、ほかに連絡事項とかあったっけ。でもそしたら滝さんが聞くことないよね、何か、ってなんだっけ。滝さんはさらりとのたまう。


「今日誕生日なんだけど」
「へ」


びっくりした。今日って、今日って、あ、うそ。初めて知りましたよ。


「‥‥」
「お、おめでとうございます」
「うん」


精一杯のお祝いの言葉をさらりと流す滝さんに辟易してしまう、どうしろというのか。おめでとう以外に言うことって、うーん。これからもお体にお気をつけてお過ごしください?寿命一年縮まりましたね?特に思い浮かばずに考え込むわたし。すみませんこんな後輩で。


「‥‥ええと」
「お祝いしてよ」
「え、えええ、」


戸惑うわたしをしり目に、滝さんは手近なプリントをごっそりまとめてとんとんと端を揃えると予備のホチキスをカチカチ鳴らす。手伝ってくれるのだろうか。


「これ片付けたら、駅前のファミレスね。パフェおごって」
「え、あ、はい、?」


まあ、誕生日だし、それくらいならお安いご用だ。ウェイトレスさんに彼誕生日なんですと言ってファミレスにいるお客さん全員にハッピーバースデーコールをお願いしてもいいくらいですと伝えると非常に複雑な顔をされた。お誕生日の人には小さいパンケーキサービスしてくれるという素晴らしいプレゼントまであるのに。


「俺ははるのからのプレゼントがほしいんだけどね」
「‥パフェ以外にですか?、ポッキーとかですか」
「‥このにぶちん」


にぶちん、滝さんの口からまさかそんな言葉がでてきなさるとは思わなかったのでカルチャーショックというかなんというかびっくりした。にぶちんって滝さん。あなたのファンが聞いたらもっとびっくりすると思いますよ。ちょっと唇をとがらせた、むっとした表情が滝さんをほんの少し幼くみせた。あ、かわいい。


「あのさ、わざわざ部活終わったあとここに立ち寄る意味とか考えないのかな」
「はあ、」
「いつもだったら帰ってるよ。あんな練習の後だもん。それをどうして階段えっちらおっちら上ってここまで来たかって、しかも誕生日の最後に、」
「ええと、?」
「おたんちん」


本日二度目のキーワードがでました。滝さんって結構おもしろい人なんだなあ。意外。とか余裕ぶっこいてる場合じゃないみたい。滝さんはプリントを机に戻すと、わたしと机ごしに見つめ合う形に腰を下ろした。伏し目のまつげの影が頬に映る。


「はるのがいたからって最初に言った」
「、そうですけど」
「誕生日、最後に過ごしたいと思ったのはるのなんだけど」
「‥」


だんだん思考が鈍り始めた脳みそをフル回転させつつはじきだした答えはどう考えてもわたし贔屓の答えなような気がしてならない。都合よすぎる考えは振り払った方がいい、またまた、と冗談で流せばいいだけの話なのに、じんわり、あったかくて、うれしくて、今まさにまとめようとしたプリントがぱさりと床に散らばった。


「ようやくわかったの」
「‥え、あ、の」
「答え聞いてないから。早く終わらせて帰るよ」


向いの席でパチンパチンと軽快なリズムを刻むホチキスの音色にわたしははっとしてあわてて先ほどの作業に戻ることになる。ああ、プリントの順番間違っちゃった、どうかしてるわたし!



林檎が実る日



Happy Birthday!滝さん!

ちしま