子犬のワルツ 渚カヲル

「おはようカヲルくん」
「おはよう」


 わたしとカヲルくんはいつも角の赤い自販機の前で待ち合わせをしていて、たいていわたしのほうが早く着くから、単語帳とにらめっこしながら彼を待つ。


 今日も待ち合わせの時間である7時半にだいぶ遅れてやってきたカヲルくんはいつもどおり、のんびりした声色でおはようと言った。カヲルくんはポッケに手をしまっているからか、歩くのがすごくおそい。わたしだって早いわけじゃないけど、カヲルくんと歩くのは意外とむずかしいのだ。考え事をしていたらいつのまにかとなりにカヲルくんはいなくなってるし、しかしわたしもカヲルくんに慣れてしまったからかカヲルくん以外の誰かと歩くと必ず遅れてしまう。おそるべしカヲルくんマジック‥!


 全国的に晴れの天気になるでしょう、とあいちゃんが言ってたとおり、ぴっかぴかにはれた空にはおひさまが顔をのぞかせていて、カヲルくんの銀色の髪の毛をきらきらひからせた。
毎日変わることのない風景と日常だけど、となりにカヲルくんがいるってだけで特別なものに思えるからふしぎだ。


 カヲルくんがふわあと大きなあくびをした。眠そうだね、と声をかけると、君のことを考えていたら眠れなくなったんだよって。たぶんわたし顔赤いと思う。カヲルくんてこういう冗談を真顔で言うから性質が悪い。熱を持ち始める頬をかくすためにうつむくと、かわいいなあ、と横からひとこと。ほんとにはずかしい。びゅうん、と風が強く吹いた。


「渚ァ!いそがんと遅刻すんでー!」
「あいかわらずだなあおふたりさんは!おさきー!」


 通り抜けて行ったのは風じゃなくて鈴原くんと相田くんで、あっというまに背中が見えなくなった。はやい‥!と感心したけれど、そんなに走らないといけないくらい時間がぎりぎりなのかなあ‥?


「鈴原もあいかわらずだよ」
「ね、ふたりともいっつもはしってるもん」
「僕らもはしろうか」


 カヲルくんが走っているところってまったく想像できないからちょっと笑ってしまう。ついでに汗かいてるところも想像できない。汗かくことって、あるのかなあ。


「僕だって人間だからね、ときには急ぐこともあるさ」


 そうかなあ、今だってことばのわりには急ごうとするようにはみえないけれど。というわたしも走る気なんてさらさらないわけだけど。朝から走るなんてごめんだし、どうせ遅刻するならこのままカヲルくんと歩いていたいもの。


「きっといま、君と同じことを考えているよ」
「、えへへー」


 思わず頬がゆるんで、カヲルくんのせなかをぽすぽす叩くと、カヲルくんの左手がポッケからこんにちは。右手をさらわれた。ミサト先生におこられるかなー、まあいっか、カヲルくんといっしょだし。






子犬のワルツ



ちしまふうろ