唇からロマンス 幸村

幸村くんは幸村くんで、その、昨日、精市って呼んでくれるかな、と控えめにお願いされたのだけど、やっぱり幸村くんは幸村くんなわけで、せ、せ、せいいちくん、ってなかなか呼べなくて、それが原因で幸村くんはちょっぴり不機嫌、なのです。わかっては、いるんだけど、なかなか。


「がんばることでもねえだろー、それにお前あかやって呼んでんじゃん」
「…だって、赤也は赤也だもん」
「はあ、それがいけないんだよ、困るんだよな、ななくさにそうされると(とばっちりを食らうのは主に俺)」


学校帰りの赤也を捕まえて近所の公園のベンチに座らせて相談してみると、おもいっきりめんどくさいことに巻き込まれたぞって顔されて、それで、しかたなく今度学食をおごってあげることで商談成立、赤也とは幼馴染なわけで、赤也は年下のくせに敬語を使わない。赤也繋がりで、こう、幸村くんともいろいろありまして、今に至るんですけど、はい。


「それにねゆき、あ、せ、せいいちくんって呼ぶの、恥ずかしい、んだもん」
「…ここでどもってどうするんだよ…」


じゃあさ、ななくさはなんて呼ばれてるんだよ?え、わたし?わたしは、ななくさ、って呼ばれてるよ、なんだかね、幸村くんに名前呼ばれると、きゅん、ってなるの。うまくいえないけど、このへん。きゅん、って。


「、それ、部長もおんなじだと思うけど?」


…!ななくさはキツネにつままれました。ほんとに?幸村くんもわたしみたいにうれしいって思ってくれるのかな、きゅんってくるかな、でも、あれ、赤也は?


「赤也は、わたしに名前呼ばれて、うれしい?」
「別に」
「(なんかむかつく)…そうだなあ、わたしも赤也に呼ばれてもきゅんってこないなあ、あ、幸村くんだから、うれしいのかなあ」
「…(かなりむかつく)(お前が赤也って呼ぶせいでなんか黒い視線感じるしなんか部長冷たいし)あーもう、この話終わり!今度ちゃんとおごれよな!いちばん高いやつ食ってやる」


がたんとベンチをたってテニスバッグを背負ってすたすた歩き始めてしまう赤也にもたもたと鞄を肩にかけて追いかけようとすると、「あれ、ななくさ?と、赤也」幸村くんが、夕日をバックにそこにいるではありませんか。わ、かっこいい、なあ。ほんとにわたしのかれしって言っていいんだろうか、いいのかな、ま、まずはかれしかのじょ、的な名前呼び、?をしたい。とか思ったり!きゃー。


「(うげ)部長、ちーっす」
「おや、どうしたのかな?こんなところにふたりで」
「…(やばい笑ってるのに笑ってない俺は無実、むしろ被害者)」


なぜか青い顔をしだす赤也をしり目に、幸村くんはわたしの正面に立つので、なんとなく恥ずかしくて、でも、聞いてみる。


「あ、あのね、ゆきむらくん、は、きゅんとくる?」
「、うん?どういうことだい?」
「(あの馬鹿また意味のわからないことを)」
「、せ、せいいち、くん」
「(、) 、きゅんときた、」


ふふ、と頬に手をやってはにかむ幸村くん、いや、精市くんにわたしはきゅんきゅんときてしまって、どうしよう、こんな笑顔が見られるんだったらもっと早く精市くんて呼べばよかった、わたしのばか!


「ななくさ、」
「せいいちくん、?」
「恥ずかしいな、なんだか」
「わたしも、はずかしい、」


オレンジ色に染まる公園に、ふたり、何がおかしいのか、まあ照れ隠しなんだけど、くすくすと笑っていたらいつのまにか赤也は帰ってしまったようで(学食にデザートもつけちゃうよ!)、せいいちくん(なんかまだ恥ずかしいけど)とふたりで家まで手をつないで歩いた。右手がぽかぽかして、ほっぺたも熱くなって、お別れするときに、ばいばい、精市くんって言ったら精市くんもまた明日、ななくさ、っていうから玄関に入った瞬間きゅんきゅんして心臓のあたりがきゅーってなって、こっそり、せいいちくん、と呼んでみたらなんかもうどうしたらいいんだろう、早く明日にならないかな、わたしの名前を呼んでほしいの。




唇からロマンス





ちしまふうろ