ロマンチック・夏モード 竹谷

竹谷くんがそのバンドを好きだと聞いたのは一年前、興味本位でyoutubeで曲を探して、何度も何度も聞いているうちにわたしまですきになって、いや、竹谷くんが、とかそういうわけでなく、きっかけになったのはもちろん彼だけども、ええと、とにかく、そのバンドがすきですきで、ライブに行きたくて、それこそ死に物狂いでチケットを取ろうと奮闘したんだけど、残念なことに倍率が高すぎて高すぎて、手が届かなかったんですよねー。ちくしょう。これで何度めだろう、何度だってわたしのほしいものには手が届かないのだ。


放課後、ツタヤでCDを借りようと思って、今度のライブではこの辺のアルバムをやるんだろうかと目星をつけて、気分にひたろうと思ってたんだけど、届きません。どうしてこんな高いところに置くんだよ‥!つま先をいっぱいいっぱい伸ばして、
とどかない‥!店員さん呼ぶのもなあ、どうしよう、なんか、台みたいの、ないかなあ、。でも、CDのおしりにはかすってるし、もうちょっとがんばれば‥!


「はるのってこういうの聞くんだな」
「へ、」


ふいに後ろに熱を感じる、シャツからのびた健康的な腕がわたしの横を通り過ぎて、軽々CDに手を掛けた。この声、もしかして、もしかしなくても、


「たったったけやくんっ」
「おーす」


にこにこ笑う竹谷くんははい、とCDを差し出してくれる。ありがとうとどもりながらも受け取ると、


「俺もすき」


びっっっくりしたあああ、CD、CDのことだよ自分、わたしもすき!(CDも竹谷くんも)って言ったら、


「なんか意外」
「意外?」
「もっとふわふわしたの聞いてるかと思った」
「ふわふわって」


笑うと、竹谷くんも笑ってくれるのがすごくうれしい。わたし、どんな音楽を聞くと思われてたんだろう。ふわふわって、よくわからないけれど。悪いイメージでないことを祈っていると、次のひとことで、たけやくんは、爆弾を落とすのです。


「あのさ、チケット2枚、取れたんだけどほかにすきなやついなくてさ 。一緒にいかねえ?」


行きますとも!
神様ありがとう!



*



「むぐぐ」


‥これは不覚でした‥ライブのDVD観て予習はしてきたつもりだったけど、この熱気‥身長‥予想以上です‥。いやいや、こういうのって楽しんだモン勝ちじゃん、しかもしかも竹谷くん!となりには竹谷くんが、いない!まあこういうものか、人人人でぎゅうぎゅうのライブハウスで人探しをするなんて無謀だ。ぎゅいーん、と音合わせのためかギターの音が聞こえた瞬間、「うぎゃ」前へ前へと押し寄せる観客。わたしも流されて、というか押されて押されて潰されそうになりながら(背中と胸板にはさまれとる‥)高揚感に胸を高鳴らせて彼らが登場するのを待ちわびた。


*


ひとことでいうと、さいこう。
ふたことでいうと、すっげえさいこう。


ライブ集合後、もしものことを考えて竹谷くんがあらかじめ待ち合わせ場所を指定してくれていたのが役にたつとは!ライブハウス前のなんとか像の前でタオルを首にかけたままの竹谷くんを発見、ただちに合流するであります!


「お、おまたせっ!」
「おお!だいじょうぶだったか?つぶされてたろ」
「ぜんぜんへいきっ!しかもね、ぎゅうぎゅうされてたらいつのまにかいちばん前だったんだよ!あのねっ、すごかった!」


竹谷くんは豪快に笑うと、よかったなあ!とわたしのあたまをがしがし撫でた。あまりにも自然で、わたしもライブのあとのテンションだったから、そこまで気にしなかったんだけど、わたしたちはギターのソロすごかったよねとかベースはやっぱりたまんねえとかドラムはかっこよすぎるとかボーカルのシャウトがCDで聞くよりもはんぱないとか、ライブの感想を時間の許す限り語り合った。いままで、恥ずかしがって話せなかったのが、もったいなかったなあ。竹谷くん、すっごく話しやすいし、!


「ハチ、それ誰の曲?」
「おー小松、これすっげえいいぞ!」


そんな会話が聞こえたのはある日のお昼休みのことでした。
鉢屋くんに貸すのだというCDを持った竹谷くんに、クラスのアイドル、小松さんが声をかけた。小松さんといったらクラスどころじゃなく学年中の男の子からかわいいランキングで1位に入るような女の子だ。、あの子も、すきになるのかな。


やだな。


わ、わたしなんかいやなこだ!やだな、なんかもやもやするし、ちょっと、小松さんのことが嫌いになった、とか、バンドごとちょっとだけ嫌いだなあって思っちゃうなんて、わたしらしくない。胸のなかがもやもやーってぐちゃぐちゃーってしてきて、じわりと瞳に膜が張る。


「ななくさ、」
「う、なんでもないっ、そ、そういえばさあ、!」
「、うん、」


なずなちゃんはなんとなくわかってくれてるのかな、わたしのどうでもいい話に相槌を打ってくれる声はいつもより優しい。うあああ最悪だわたし、!なににいらいらしてるのわたし。


あのバンドは、あんまり知ってるひといなかったから、わたしにとっては竹谷くんとお話するきっかけのいい口実になってた。新譜がでたんだよ。まじで!はるのはもう買った?もちろん!今度貸してくれないか!全然いいよー、貸す貸す!
それなのに、さいきん、小松さんとばっかり話すし、わたしは全然はなせないし、。竹谷くん、このまえ、テレビにちょっぴり出たんだよ。知ってた?知ってるよね、小松さん、楽しんでるみたい、だし。しゅーん。落ち込む。


次の日も、次の日も、竹谷くんとは話すことができずに終わってしまった。さびしい。


もともとあまり話せる性格でもなかったし、いつも通りといえばいつも通りの日常だった。だけど、あの一晩の出来事が、ちょっとだけ、距離を近づけることができたんじゃないかと、思ったんだけどなあ。CDがきっかけで話すことができたし、一緒にライブも行けたし。わたし、何欲張ってるんだろう。一年間、思い続けてきて、それ以上にうれしかったじゃない。なのに、女の子としゃべってるからって、やだ、とか、思って、ばかじゃないの!自己嫌悪。


「はるの、これならやっぱり9曲目だよな!」
「へっ」


突然、竹谷くんの声が脳内に響いて、我に帰る。3枚目のアルバムを掲げて、小松さんの隣の席に座ってる竹谷くんがわたしに聞いた。9曲目、あの曲か。


「‥、えっと、わたしも9曲目がすきっ」
「ほらなー、3曲目も捨てがたいけど、やっぱ9曲目だって」


竹谷くんはにこにこしながらipodの丸いところをくるくる回す。イヤホンは小松さんの耳。はたからみれば、すごおく仲の良いお友達か、カップル、だ。


「ななくさ」
「へあ」


なずなちゃんが、仁王立ちしてわたしの前に立つ。おお。迫力があるなあ。なずなちゃんはにっこり笑って、ごせんえん、と言った。ぱーどぅん?聞き間違いじゃなければごせんえん、つまり5000円と聞こえたんだけど。


「跪いてあがめてくれてもかまわないのよ」
「えっ話が見えないんだけど」
「さそっておいで」


ぴらり、となずなちゃんは二枚のチケットを広げて見せた。
‥‥なにこれ、えええ、なんでなずなちゃんが彼らのチケットを‥!
にやにや笑うばかりで何も語らないなずなちゃんに、あ、これって買えってことか、そうなのか!「買った!」「はいそこのお嬢ちゃんにきまりー、落札!」ぱこんと筆箱をならして、なずなちゃんは右手を差し出した。お手?「前払い」ぬかりない。


いつ渡そう、いつ渡そうと考えているうちにいつのまにか放課後、朝、昼、放課後になってしまった。ライブの日付は明後日。そしてなずなちゃんがこわい。リミットは今日。だそうだ。なんとしてでも今日、渡したい。んだけど、竹谷くん、どこですかー!


「はるの、どうしたの」
「不破くん、あ、あのね、竹谷くん、もう帰っちゃった?」
「いや、たぶん委員会じゃないかな」


委員会か、それじゃあ、飼育小屋とかにいるのかなあ。探してみるね、と不破くんにお礼を言って教室をあとにする。
思った通り、竹谷くんは飼育小屋にいた。うさぎと鼻をすんすんさせて、あれは、健康チェック?


「おー、はるのじゃん!めずらしいな」
「不破くんに聞いたらここだって言われて」


なんか用かー、と笑って聞かれるんだけどわたしはなかなか言い出すことができない。だって、誘ったら、変かな。おかしくないかな。


「えーと、」
「あ、はるの時間平気か?うさぎと遊んでってくれねえ?」
「っ平気!」


時間なんていつでも空いてるよ竹谷くんのためなら!なんて。
お言葉に甘えてうさぎ小屋におじゃますると、わらわらとうさぎたちが足元にすりよってくる。かわいい‥!なんてかわいいんだこの子たち‥!


「はるのってうさぎににてるよな」
「へ!めっそうもない!」


こんなかわいいうさぎに似てるとはうさぎにもったいないですー。うう、いつ言いだそう。断られたらどうしよう、誘う前からこんなにびびってどうするんだわたし!ん、ちょっとまって、そもそも誘ってどうしたいんだよ。ってことに今さら気づいた。一緒に行って、それで終わり?ライブ友達?前までは、話せたらそれでいいと思ってた、けど、よくばりなわたしはそれ以上を望んでる。ぐるぐると思考を巡らせていると、


「そういえばさー、小松さんもあれすきって言ってたよな」


小松さん。
竹谷くんの口からコマツさんて名前を聞くのがなんとなくいやだった。それに、もしかして、もしかして、


「竹谷くんて、小松さんのことがすきなの?」


竹谷くんが噴き出した。うさぎがわらわらとよける。この反応、もしかして、もしかしなくても、小松さんのことが、好きだったのか!


「なっ、はるの、何言って、」
「そうだ、これ、偶然手に入ったんだけど、えっと、あげる!小松さん誘ってあげたら、いいよー」


へらっと笑ってみせると、あっけにとられたように、竹谷くんは口をぽかんとあけていた。なにやってんのわたし。ばかじゃないの!何敵に塩送ってんの!もう、わたしのばかばかばかばか。


「はるの、もしかして、」
「へ」
「ずっとそう思ってたのか?」


うさぎを抱きしめてもふもふを楽しんでいるふりをしてると、竹谷くんがいつのまにか真正面にいて、すごくびっくりした。うさぎ落としそうになっちゃったし。あぶなかった‥。


「だって、仲、いいし、」
「俺とはるのだって仲いいだろ」
「、でも」


うわあ、ばかだわたし仲いいとか言われてうれしがって。でも、でも、友達、友達としてのすきじゃ、たりないんだよー。竹谷くんはまじめな顔をして、「なあ、最近元気ないのって、俺のせい?」


そうだよ、竹谷くんのせいだよ、竹谷くんのこと考えたらむねがぎゅーってなってくるしくてしょうがないんだよ、小松さんのことがすきなのかなって不安になるんだよ、だってずーっとずっとすきだったんだよ、だいじょうぶ、いまなら言える、


「あのねっ」
「はるの、」


わたしの言葉をさえぎるようにしてわたしを呼ぶ竹谷くんは、いつもの笑顔100%じゃなくて、あんまり見たことのない表情をしていた。どきどきしてしまう。俺、とわたしの手元のうさぎを見て、わたしを見て、大きく息を吸う。わたしの手からうさぎがジャンプした。もふもふが消える。


「俺、すきなやつのまえじゃ、きんちょうすんだよ、がらじゃねえけど!」
「友達には、なんも思わねえし、きんちょうもしねえ。女も男も、友達なら、どきどきしねえ」
「でも、はるのだと、隣にいるだけで心臓いてえし、かっこわりいけど、俺、緊張してんの!」


同じイヤホンとか恥ずかしくて死ぬっつーの、と頭をがしがしかいた。えっと、それって、良いように解釈して、いいのかなあ、。


「えっと、えっと、」
「だから、はるののこと、ずっと好きだったんだよ」


えっと、えっと、ばかみたいに繰り返すわたしに竹谷くんは直球でボールを投げてきた。わたしはもろにぶつかってデッドボール、え、いまなんていったの?あたまがついていってくれない。


竹谷くんが、わたしのこと、すき?
すき?
らぶ?


「えええええええ」
「えっなんでそこでおどろくんだよおせえよ!」


竹谷くんが真っ赤になりつつもつっこむ。そうか竹谷くんてつっこみ属性だったんだなあとあたまの後ろっかわで考えた。


「えっ、だって、ええ」
「はるのがあのCD好きだって聞いたから、チャンスだと思って、話しかけてんだ」


あのレンタルショップのとき、かなあ。


「あ、え、」
「ライブ誘うのだって、ほんとは、はるののこと、誘いたいって思って、たんだしっ」
「え、あ、」
「はるのきょどりすぎ」


ははっと笑う竹谷くんに胸がきゅーんてしめつけられて、わたし、幸せすぎて死んじゃうんじゃないかと思った。言わなきゃ、わたしの伝えたいこと、言わなくちゃ、がんばれ、わたし、!


「わたし、えっとね、竹谷くんのことが、すき」


ぜんぶ、伝えるの、「あのねっ、わたし、バンドがすきになったの、竹谷くんがすきだったからんだよ。それでね、えっと、」竹谷くんがきっかけであのバンドの存在を知ったこととか、「ゆっくりでいいよ、ぜんぶ、きくから」レンタルショップで話しかけてくれたことがどんなにうれしかったか、「、あの、ね、竹谷くん、わたし、竹谷くんのこと、ずーっと、ずーっと、好きだったの」言った、言っちゃった、!「 !」竹谷くんは大きく目を見開いて、すぐにふにゃっと表情が和らいだ。


「それで、えっと、わたし、小松さんと、竹谷くんが仲良しなの、 ちょっと、やだなあ、って、ごめんなさい」
「なんで謝るんだ?」
「え、だって、」
「むしろうれしいんだけど」


だめか、と首をかしげる竹谷くん。うれしい、の?やきもちやきのみにくい女とか思われたらどうしようかと思った…!
竹谷くんはがしがしと頭をかいて、わたしのだいすきな笑顔で笑った。


「俺と、つきあってください」



((どうしよう、しあわせすぎる!))




ロマンチック・夏モード




なんだか長くなってしまいました‥!


ちしまふうろ