君が近くなる季節

夏休みに起きたOZのあれこれは、登校途中に出会った佐久間から全部聞いた。ケンジがナツキ先輩の彼氏役をするというバイトのことも佐久間から聞いた。彼氏役どころか彼氏になりそうなことも佐久間から聞いた。なるほど。なるほどなるほど。


「つまりわたしは完全に蚊帳の外ってわけだ!」
「ななくささん、酒飲んでる・・・?」
「飲んでねーよ!朝だし学校でしょーよ!」


まあまあ、と佐久間が宥めてくれるけど、いらいらマックスだしケンジもムカつくしなんなら世界中の生きとし生けるものすべてがムカつく。「生理前?」殺すぞ。


「ななくさちゃん、おはようー!」
「…おはようございますナツキ先輩、とアホケンジ」
「ななくさ、機嫌悪い?」
「悪くない!」


朝からふたりの登校現場に遭遇してしまって、いやいやなんで一緒に来るの?ナツキ先輩と言ったら学校一のマドンナだぞ?数学オリンピック2位のケンジもすごいけど、なんだってふたりで登校しちゃうの?なになにもう付き合ってるの?ふたりのぎこちない距離感が、逆にわたしのイライラゲージをレッドゾーンへ加速させる。


ケンジだけじゃなくてナツキ先輩にも塩対応をしてしまった自分を殴りたい。ついでに、佐久間が「すみませんアイツ生理前で気がたってるんすよ」とか言い出すから佐久間も殴りたい。いや殴った。ふたりは何も悪くない。佐久間が悪い。幼なじみのケンジがバイトのことも、OZのことも、ナツキ先輩のことが好きなことも、何も教えてくれなかったけど、何も悪くない。気にしてないから。


「嘘じゃんめっちゃ気にしてんじゃん」
「気にして…るよおおお幼なじみだもんずっと一緒だと思ってたのにー!」


物理部の部室で管を巻けばパソコンをカタカタいじる佐久間が「これ飲んで落ち着け」と冷えたカルピスを渡してくれる。ありがたや。昼間は殴ってごめんね。「開かない」キャップをいくらひねっても開かなくて、佐久間に手渡せばいとも簡単にペットボトルのふたは開いた。「ありがと」残暑厳しい折、カルピスのなんと美味しいことか。一瞬、ケンジへのイライラも忘れた。佐久間の一言で思い出したけど!


「あのふたり、結局ラブラブなんだもんなー、ナツキ先輩まで東大行くとか言い出すし」
「わたしだって東大狙ってたわ!」
「え、そうなの? 」
「ばりばりだわ!夏休みだって塾だって通い始めてさあ!・・・マサチューセッチュ工科大学目指すもん」
「言えてねーし」


うるせーうるせー!視界が歪む。ただでさえ残暑でいらいらしてるのに、目の前の眼鏡がにやにやしているのもむかつく。「そっかー、ななくさ失恋かー」失恋じゃねーわ。あーもうさいあく。ナツキ先輩が東大合格したってあれだかんなケンジ、イカ東たちがナツキ先輩囲ってオタサー?なにサーの姫になってもしらないからな!油断してちゃだめなんだからね!ナツキ先輩ならほんとの姫になれるだろうけど!かわいいもん!美人だもん!それに比べてわたしのちんくしゃ加減と言ったら。あーあ。ため息も出ますわ。


「あーあ、文化祭とかさー、いろいろ3人で回ろうと思ってたのになあー」
「そんな時期かー」
「いっそ佐久間わたしとつきあうー?なんてねー」


あはは、と笑いながら佐久間を見れば、いつもにやにやしてるような顔してるくせに、真顔。「ど、どうした佐久間」真顔。調子狂う。


「そんなにケンジのこと好きだったの?」
「す、すきだったよ」
「へー、知らなかったわ」
「言ってないもん」
「俺はななくさのことすきだったよ」
「はー、知らなかったわ、・・・は?」


佐久間、爆弾発言。キャップを閉めたカルピスが手元をすり抜けてがたん!と大きな音を立てて足元を転がっていく。


「だからななくさが失恋してくれて嬉しいよ」
「う、嬉しいって、なんだそれ、」


動揺しすぎでしょ、と言いながら佐久間がカルピスを拾ってくれる。


「え、だってナツキ先輩のバイト行きたがってたじゃん」
「そりゃあ学園のマドンナですから」
「ほらやっぱり」
「うそだよ、一学期からずっとお前のこと見てたから」
「え、」


「さっきの言葉さ、ほんとにする気、ない?」


佐久間はいつもみたいににやにや笑って、眼鏡の奥の瞳が三日月を描いた。さ、佐久間のくせに、ちょっとどきどきするじゃんか!



title:シュプレヒコール
2015/07/08
ちしま