逆さに数えるアイラブユウ

好きな人とあいたくてふるえる、という気持ちは、わたしにはまったく理解できない感情のひとつである。まわりの女の子たちが、口々に「わかるー!」と言っているのをちっともわかんないなあと思いながらもあわせて「わかるー!」と同調するけれど。だって仲間はずれは嫌だもの。


とか言いながらも、わたしも友だちも彼氏いません。理想論ってやつ。もし彼氏いたら、逢えなかったらさみしいよねーって。そうかなあ。だって、いままで自分で自由に使えてた時間がはんぶんこになるし、束縛されるのもするのもやだし。あえなくてふるえる時間があったら、わたしは本を読んでいたい。


「冷めてると思う?」
「ハッ、バッカじゃないのォ?」


誰もいない教室で荒北が吐き捨てた。バカかな。たしかにバカだな。彼氏できてからそういうこと言えよって感じ。いもしないのに、どうもこうもあったもんじゃない。下校時刻はもうとっくに過ぎていて、部活をやっている生徒すらもあらかた帰っている時間。読みかけの恋愛小説がとまらなくて、すっかり遅くなってしまった。読了した瞬間の心地よさに浸っているとガラリと教室のドアが開かれて、驚いた顔してる荒北と目が合った。何やってんだと聞かれて本を掲げればはやく帰れよ、と自分の机を漁る。宿題でも忘れたのかな。「つーか何読んでたの」「最近話題の恋愛小説」「似合わねーの読んでんな」似合わないのは自覚していたので、さっきのやりとりに戻るわけだ。


「荒北はさみしくてふるえる?」
「ふるえるわけねーだろ」
「ですよねー」


きっと荒北も会えない時間は自転車漕ぎまくるタイプとみた。荒北はノートを見つけたみたいだったけど、どっこいしょとそのまま椅子に腰掛けた。もうちょっとこの会話に付き合ってくれるらしい。ただ、荒北の席は教室の真ん中へん、わたしの席は窓際の後ろのほうで若干遠い。


「で、その本読んでときめいたりとかしねーワケ」
「ときめかないわけじゃないよ、一応わたしにも人間の心がはいってるから」
「そーいや昼になんちゃらかっこいいとか言ってたもんな」
「いや、世間一般的にみたらかっこいいとは思うけど、じつはそんなにすきじゃない」
「ハッ、なんだそれ」


荒北くん、おとこのこには難しいかもしれないけどね、右向け右、にならえの世界もあるのよ。なんて。荒北がノートを丸めたり、そらしたり、手遊びをしながら笑う。


「おーい完下の時間だぞー、はやく帰れー」
「あ、すみませーん」


見回りの先生がやってきてしまったので、わたしは小説をかばんにしまって帰り支度をする。荒北はかばんを部室においたままだというので、じゃあまた明日ね、と声をかけると何か言いたげな顔をしているような気がしたけど、じゃあな、と部室に戻っていった。





なんとなく、放課後喋った日から荒北と話しやすくなったような気がする。当社比。荒北は新開とか福富とか、うるさい東堂とつるんでることが多いし、わたしも女の子といるほうが多いから、めったなことでは絡まないけど、時々放課後、お互い待ち合わせたわけじゃないけど偶然居合わせたときは自分の席同士で雑談するようになった。それは教室の端と端だったり、2つ隣の席だったりした。


「もうすぐ夏休みだね、いっぱい本が読める」
「オメーは本の虫かよ」
「荒北よく知ってんじゃん」
「コロス」


現実には受験生なので夏期講習ばっかりなんですけど。あーあ、憂鬱だなあ。はやく受験なんか終わらせて、いろんな本を読んでいたい。どんどん読みたい本が積み上がっていく。そういえば、こないだ荒北と話すきっかけになった恋愛小説、また別な新刊が出るんだっけ、気になると言えば気になるな。主人公の気持ちに感情移入できないのは恋愛経験が少ないからだろうか、いや、そんなことはないだろう。たぶん。


ここで、ふと、わたしが主人公で、相手役が荒北だったら、と思い浮かんでしまって、いやいやないないない、ひとりでセルフツッコミをいれる。ないでしょ。高校生同士の青臭い青春ラブストーリー。会いたくてふるえちゃうような女の子。さわやかな野球部の男の子。まず設定からして違いすぎるし、似合わなすぎる。


あ、あいたいな、と思った。ふるえはしないけど。





9月、さすがに3年生ともなると、日焼けで真っ黒になって登校してくるやつは少ない。一学期は明るめな茶髪だった女の子も、おとなしそうな黒髪になっていたり、対受験に向かってのラストスパートをかけてるみたいだった。


「お、荒北おはよー」
「…ハヨ、なんでそんな元気そうなの」


気だるそうにしながら教室に入ってきた荒北に挨拶すると、あくびをしながら挨拶を返された。眠そう。わたしが元気なのは、朝一、本屋さんに寄って新刊を買ってきたからである。我慢できなかったので、今日はのんびり読んでから帰ろう計画。


放課後の、夕焼けに染まる教室とか、開け放した窓の外から聞こえる野球部のバッティングの音とか吹奏楽部の練習の音とか、学校という場所がたまらなくすきだ。そう荒北に話したら、面白いと笑われたことがあった。



そして、たぶん荒北と話す放課後もわりとすきだったりする。荒北曰く、わたしは変な奴、らしい。そんなことはないと思うけど。受験が近づいたら、こんなふうにのんびりもしてらんないよなー、と思って、あと何回、こうしていられるんだろう、とちょっとだけおセンチはいりまーす。


がらり、聞き覚えのある音がして、やっぱりお前か、というような顔をしている荒北が教室に入ってきた。


「ほんとすきだネェ」
「本の虫だからね」


そのまま、珍しくわたしの席の正面に来て、腰掛ける。いつもなら自分の席に座るのに。ちょうど一章まで読み終わったので、しおりを挟む。


「結構日が暮れるのはやくなったね」
「そうだネェ」
「夏休み、あっという間に終わっちゃったね」
「そうだネェ」


話を聞く気があるのかないのか、荒北の返事はおざなりだ。わたしの机に肘ついているせいで、ちょっとちかい。


「そういえばさー、わたし荒北の連絡先知らなかったんだよね」
「今更かよ」
「そうそう、夏休み荒北に会いたいなーと思ってさー、携帯見たんだけどそういえばいないじゃんと思って」
「は?」
「いや、なんか荒北に会いたいなーと思った」
「、なんだソレ」
「ふるえなかったけど」
「あのさァ、本気で言ってんの」
「なにが?」


荒北が大きなため息をついた。そして頭をガシガシとかいて、もう一度息を吐く。


「読み終わったのか」
「え、うん、ちょうど一章終わったところ」
「…帰んぞ」
「うん?」
「だからァ、送るっつってんだよ!」


おとなしく送られろ!と訳わかんない理論を持ち出され、小説は強制的にかばんにしまわれる。帰ったら続きを読もう。準備を終えた荒北が今か今かと教室の扉のところで電気を消そうとスタンバイしているので慌ててかばんを肩にひっかけた。


2015/07/02
ちしま