A

Aの摂動

4.2 ダイアゴン横丁


 外に出るとテッドまでなにやら感慨深そうに感じ入っていたので、「それで、」と先を急かした。

「次はどこに行けばいいの?」
「ん!次は銀行だ。イギリス魔法使いはみんな同じ銀行を使うよ、グリンゴッツだ」

 グリンゴッツ銀行には、白雪姫の七人の小人をとても邪悪にしたような顔つきの小さい人が沢山働いていて、その人の案内でトロッコに乗って地下金庫に向かった。鷲鼻で、金の装飾品を身に着けた小さい人たちはみんなアウロラたちのことをジロジロ見たのでとても居心地が悪かった。
 この人……小人症かな?でも従業員全員ってこと普通ある?それによく見ると、彼ら全員細い鷲鼻に鋭いかぎ爪をもった長い指に、とんがった耳をしている。いや、あんまり考えない方がいいのかもしれない。イスタンブールには色々な観光客が来るのでアウロラは色々なタイプの人間を見てきている。世界のどこかにはこういう顔かたちの人もいる。個性だ。とりあえずなるべくジロジロみないようにしよう。
 アウロラは最近コッソリ見ているドラマ、ゲーム・オブ・スローンズに出てくる小人症の男"ティリオン・ラニスター"が好きだったので、彼に幻滅されないような人間でいたいと常々思っていた。勿論ティリオン役のピーター・ディンクレイジも好きだ。だから万が一……あり得ないことは分かってるけど万が一……お忍びでトルコに旅行に来ているピーターに鉢合わせしたとき彼にバカにされないようなレディでありたい。それが仮にダイアゴン横丁のグリンゴッツ銀行であってもだ。

「グリンゴッツはゴブリンが経営しているんだ。ゴブリンは有能な金属工で信用を重んじるけれど、金にがめつくズル賢いから気を付けて」
「えっゴブリンなの?」
「そうだよ、初めて見ただろう?」
「……初めてです」

――まあ個性だろうがゴブリンだろうがトルコ人だろうが、とにかく人をジロジロ見ないのは対応として正しい。ゴブリンはそう思ってないらしいけど――彼らは全く隠しもせずわたしをジロジロ見る――相手が失礼な態度を取ってもわたしは丁寧に接する。そうすればピーターも素敵なお嬢さんだと思ってくれるに違いない。
 ジェットコースターが終わってトロッコを降りると、ドでかい扉を紹介された。ゴブリンさんによるとこれが口座らしい。

「十八年前の騒動で建物が半壊したおり大改装が行われまして、それから新たに開設する口座において密封呪文の組みなおしがありました。こちらの金庫は新しいものですので杖と合言葉のみ開くことができます。くれぐれもお忘れのないよう」
「わかりました」

 予め書かされた合言葉の紙をゴブリンに渡す。ゴブリンがそれを小さく四つ折りにして金庫のカギ穴に差し込むと、溶けるようにして紙が消えて金庫の扉に不思議な模様が現れた。

「実は君のお母さんの遺産があるんだけど、まだ手続き上それを……ウーン、ごめん、僕もまだ詳しく知らないんだ。ただ、近いうちに君に譲り渡すことができたらいいんだけど今日はまだできなくて」

 テッドが申し訳なさそうに言った。アウロラは「大丈夫です」と即答した。

「全然、大丈夫。お金はポッターさんからも頂いたし、わたし自分でも稼いだの」
 半分はスリだけど。
「うん、そうだったね……」

 テッドはやはり申し訳なさそうに首を斜めにしてニコッと笑い、アウロラの頭をくしゃくしゃ撫でた。びっくりした。さっきも私をぎゅっと抱きしめたり、いきなり頭を撫でたり……まあ嫌じゃない。

「今日口座を開設したのは、今後色々楽だからっていうのもあるけど今日ここで買ったものをもし家に置いておけなさそうなら、ここに置いておいてもいいって言いたかったからだ。ハリーおじさんからの言伝で、魔法界の教科書って奇妙なものが多いし、分厚くて持ち運びにも苦労するからって。だから自分の金庫への預け方を覚えておいてね」
「はい」
「他にも、魔法界のことは分からないことも多いだろうからなんでも聞いてね!勿論、学校に行ったあとも気軽に手紙を飛ばしてほしい」
「はい」

 アウロラは少し嬉しくなって微かに笑った。



「ちょっと待ってて」

 ロビーまで戻ってきたあとテッドがどこかに行ったので、待合い用のソファに座ってしばらく壁や天井の装飾などを眺めながら暇を持て余した。前方を横切るゴブリンが、じっとアウロラを見てくるのをやはり居心地悪い気持ちでやり過ごす。
 彼、なんで見てくるんだろう。わたしがトルコ人だから?それか、マグルっぽい服だから……確かにここに居る人はみんなローブを着ていて、スカートにリュック、サンダル姿の人はいない。
 アウロラはなんとなくポケットから買ったばかりの杖を出して、それを見つめるのに一生懸命なふりをした。

「――わざわざありがとう、テッド。こんな忙しい時期に……就職先はどこだって言ったっけ?」
「いえ、いいんです。今は卒業直後で時間があるんですよ……それにハリーおじさんの頼まれごとのついでなので…」
「ハリーから?」

 向こうからテッドと男の人の声がした。振り向くと奥の階段から、ダークブラウンのスーツを着た背の高い赤毛の男性が下りてくるのが見えた。アウロラはソファから腰を上げてテッドに駆け寄った。

「はい、えーと、この子のホグワーツ入学準備に付き添ってるんです」
「はじめまして、アウロラ・シャーヒンです」
「これはかわいらしいお嬢さんだ!はじめまして、ビル・ウィーズリーです。グリンゴッツで商談や通訳の仕事をしているよ」

 ビルはその体格に見合う低い声で爽やかに挨拶した。腰をかがんで握手を求められて、慌てて少しだけギュッと握った。

「ハリーのマグル方面の知り合いなんだそうです、周りに魔法族がいないみたいで」
「ああ……もちろん、それは大事な仕事だろうね」
「そう!そうなんです、ハリーも入学準備をハグリッドに手伝ってもらったからって……」

 テッドは少し大仰に笑った。素振りがぎこちない。

「わかってると思うがうちの店にはまだ案内するなよ?この子には刺激が強すぎる」
「アハハ、今はまだ行かないでおきます。でも入学したらすぐ知ることになると思いますけどね」

 刺激が強い店ってなに?エロ本とか危ないクスリが売ってるのことかな。魔法界のクスリって……想像しただけでも大変そうだ。絶対にハッジェの耳に入れるわけにいかない、とアウロラは強く思った。

「あいつらまたろくでもない新商品開発したからな。そうそう、マサチューセッツ支店の融資をこの前したばかりだよ――」

 しばらくして話が終わるとビルは「ホグワーツを楽しんでね」とまたもや爽やかな笑顔でニッコリ微笑んだ。アウロラはぎこちなく笑い返した。



 その後は、ホグワーツから貰った入学許可証に同封されていた買い物リストを片っ端から片付けていった。マダム・マルキンの洋服店で服を買い、自動的に動く巻き尺で身体をグルグル巻きにされている最中テッドが鍋と教科書類を買った。テッドがどこからか用意していたカートにはすっかり荷物が山積みだ。口には出さずにいたが疲れたなと思っていたら、テッドが「休憩にしようか」とジェラートショップに入った。

「どれがいい?」

 アウロラの胸の高さにあるショーケースをのぞき込む。『三種のベリーミント添え』『ピスタチオ&モンテカルロ』『クッキー&クリーム』『ピリッと香草が効いたバニラ』『香ばしいカカオとコーヒーのエスプレッソ』……色とりどりの美味しそうなケースが並んでいる。

「見えない?」
「見える、見えるよ……えーっと、わたしは……」

 うかうかしていたらテッドがわきの下に手を入れて身体を持ち上げかねない。アウロラはせわしなく目を動かしてメニューを見て、一番下段の見やすい位置にあったものを読み上げた。

「"シューティングスター"ください」

――シューティングスター。説明には、スターフルーツをメインにマンゴー、ココナッツなど亜熱帯フルーツを使ったジェラートとある。黄色っぽい色合いをイメージしそうなものだが何故かショーケースに見えるのは夜空のようなネイビーだ。

「オーケー。すみません!えーこのシューティングスターと、生き血風味のワインシャーベット。スプーン二つずつつけて」
「はい、12シックルね」

 注文間違えたかもしれないと思いながらコーンを受け取って、テラス席に座った。テッドは早速聞き捨てならない名前のワイン色のシャーベットを一口食べて、「おいしい」と笑った。

「僕ね、普段は血なんて飲みたいと思わないんだけどごくたま〜にこういうの食べたくなるんだ」
「ふーん……。……魔法使いって血が飲みたくなるの?」
「ううん、僕は人狼の血が入ってるから」

 なんて言った?
 アウロラは耳を疑い、ジェラートにかぶりついた。こういうことをズケズケ聞くのはあまり上品じゃない気がする―――のだが――しかし――気になるものは気になる。唇を舐めて身じろぎした。

「人狼の血が入ってるのって、普通のことなの?なんていうか……わたしたちの……マグルの、アジア人とかアラブ人とかがいるのと同じ?」

 ナプキンに書いてある"フローリアン・フォンテスキュー・パーラー"の文字を眺めながら尋ねる。

「うーん、ちょっと違うかな」

 テッドは首を傾げた。自分の中で適切な例えを探しているようだ。しばらくして「肌の色は肌の色、人種は人種、そして種族は種族だ。正確にはやっぱり例えられるものじゃない」と言った。

「人狼って狼に変身するアレよね?テッドもできるの?」
「僕はできないな、僕の父さんが人狼だったんだけどその特性を殆ど引き継がなかったから」

 アウロラは少しがっかりした。テッドが狼に変身できないからって何かがどうというわけじゃないのだが。

「人狼っていうのは満月の時だけ狼人間になる種族のことだ。でも満月以外のときは普通の人間の姿だし、その間に人を襲いたくなることはない。僕は父親が人狼だけど一度も狼になったことはないから、僕は人狼じゃないんだけど……たまーに生肉とかこういう味のものが食べたくなるとき、あ、僕にもその血が入ってる証拠なのかなって思うんだ」

 テッドはやけに嬉しそうに言った。

「人狼は、随分長い間魔法使いと一緒に生活できずにいた。今は僕やアウロラみたいに過ごせている人が多いと思うけど、もし出会うことがあったら仲良くするんだよ」
「はい」

 アウロラは頷いてまたジェラートをかじった。

「このアイス……」

 口の中に、爽やかで少し青臭いスターフルーツの香りが広がり鼻にぬけていく。甘みの強いマンゴー、香りが特徴的なココナッツなどが素晴らしい割合で混ざりあっている。

「どう?奇抜な色合いだけど」
「すごく美味しい」

 会話に集中していて忘れていたけど、夜空のようなネイビーに銀色の星に見立てたキラキラが混ぜ込んである奇天烈ジェラートは見た目に反して最高だった。


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