A

Aの摂動

0.2 河のほつれ

 魔法界史上最悪の闇の魔法使い”ヴォルデモート”が『ホグワーツの戦い』で打倒されてから十八年後の秋。生き残った男の子”ハリーポッター”は、毎年恒例の国際防衛術学会に出席し講演を終えたばかりだったが、魔法省からの青紙――議会の臨時招集を告げる梟便――を受け取り急ぎ帰国した。
 ハリーには、青紙の内容がなんなのか大体想像がついた。夏、馴染みの親友や友人たちと集まり恒例の食事会を開いたとき、神妙な顔をしたハーマイオニーが「ちょっと最近寝不足なの」と言ってチャーリーの話を碌に聞かずぐったりしていたのを見たからだ。チャーリーは最近アフリカのコンゴで活動していて、『アフリカで興隆する屋敷しもべ妖精解放戦線』に出会ったなんて話はハーマイオーニの飛びつきそうな話題だったのに。
 ハーマイオニー・グレンジャー(またはミセス・ウィーズリー)はハリーの在学時からの友人で、聡明で勇敢な魔女である。かのヴォルデモートと戦った仲間は沢山いるけれど、ハリーにとって最も特別な友人の一人が彼女だった。彼女は在学中から屋敷しもべ妖精の権利向上を訴えたり、穢れた血と罵ってくるスリザリン生を果敢に蹴散らしたりと卑劣な行為を許さないところがあって、それが高じて今は魔法生物規制管理部で働いている。同時に現魔法大臣であるキングズリー・シャックボルトの仕事を手伝っているので、彼女から漏れ聞く話はだいたい面倒くさくて小難しいものが多かった。

「失礼!」

 エレベーターに乗り込むと続けて知った顔が乗り込んできた。ハリーは開閉ボタンを押したままニッコリ笑った。

「ロン!」
「やあ、ハリー」

 ロン・ウィーズリー。彼がもう一人の、ハリーにとって特別な友人だ。ハリーはロンと力いっぱいハグした。

「もしかして今戻った感じ?」
「ついさっきだよ、フィンランドで防衛術学会があったんだ」
「君それ毎年出てないか?」
「最近は話すネタがなくなってきて困るよ……僕は呪文の研究なんてしてないし、かといって昔話ばっかりしてもしょうがないし」

 ロンは赤毛を整えたりジャケットの襟元を正したり、そわそわと落ち着かない。彼は『WWW(ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ)』という面白おかしい悪戯グッズやお菓子、稀に非常に性能の良い魔法用品を扱う雑貨店を経営しているので、あまり魔法省に来慣れないのだ。

「ロンも青紙を受け取ったの?」
「意外だろ?店はジョージに任せてきた」
「いや……でもほら、ハーマイオニーは公私混同しないタイプだし」
「ああ、なーんか、ヤな予感するよな」

 ハーマイオニーは魔法生物規制管理部部長かつ魔法大臣付特別補佐官でもあり、次期魔法大臣との呼び声高く肩書だけ見れば大層な人物だ。(実際、本当に素晴らしい魔女であることは間違いない)そのハーマイオニーがハリーたちにさえ見せた憂いの表情が、”ちょっと面倒なことが控えている”という予感を抱かせていた。
 大会議室につくと、既に八割がた席は埋まっていた。皆がハリーとロンを見て会釈した。
 キングズリーは大臣席近くで魔法法執行部部長と話していたが、ハリーたちを見つけて手を挙げた。

「こんにちは、キングズリー」
「ご無沙汰してます、大臣」

 大臣と握手すると親指の付け根に違和感があった。「この傷どうなされたんです?」と聞こうとしたが、視界の隅で屋敷しもべ妖精と話をしていたハーマイオニーがこちらに気づいて聞きそびれた。

「ハリー、ロン、忙しいときにありがとう」
「いやいや、青紙を無視するやつなんていないさ」
「あら??”風呂の配管パイプを直しておいて”のメモを今度から青色の紙に書いたほうがいいのかしら」
「その話はもう終わったろ!」

 ロンは罰が悪そうに頬を掻いた。

「そういえばハリー、ジニーから聞いたわ。ジェームズったらさっそくグリフィンドールのクィディッチチームに立候補したんですってね」

 ハリーは少し嬉しい気持ちで「うん、そうらしい」と頷いた。その梟便が届いたときハリーは一週間ほど家を空けていたので、在宅仕事中だったジニーが受け取ったのだ。

「ジェームズって本当にあなたにそっくり」
「僕っていうよりシリウスかな。マクゴナガル先生は若い頃の父さんに似てる感じだって仰っていたし」
「あー、ちょっとうざいときの君に似てるよな」
「ロン!」
「因みに、うちのローズはちょっとうざい感じのハーマイオニーに似てきた」

 ハーマイオニーが周囲に見えないようにロンの足を蹴った。ロンは肩をすくめた。
 しばらくしてキングズリーが大臣席に座り、ハーマイオニーは議会進行役として議長席についた。ロンはハリーの隣に座りながら、「でもローズって僕のこと大好きなんだぜ。ハーマイオニーがいないときべったりだもん」と耳打ちする。ハリーは小さく笑った。
 議会の内容は『近年増加する国際機密保持法違反とその対応について』だった。キングスリーは招集した理由を簡潔に述べると、緊急性をいち早く理解してもらうために呼んだと思しき証人たちに片っ端から証言を求めた。

 オリバンダーの弟子として有名な(弟子として既に百年近く師事しているので、最早オリバンダーは彼に店を継がせる気がないのではないかともっぱらの噂だ)杖つくりの男曰く、
「なんでも最近のマグルが使う、ゴーゴル・アースとかいうドでかい望遠鏡でノルウェーの森が監視されておりまして……そうですあの、地球の周りをグルグル回っている望遠鏡です……ヨーロッパナラをはじめ、イチイやクマシデが嫌がってちっとも杖芯を提供してくださらないのです」

 魔法生物規制管理局役員の女曰く、
「シーサーペントが大移動しています。元々世界中の海に生息していますがここ数年地中海で確認できる個体数が激減しており、太平洋の奥深くか北極圏に向けて移動している群れとマグルの船が接触し転覆事故を起こしています」

 日刊預言者新聞配達局、梟飼育係の男曰く、
「”配達員”がマグルに捕獲される事件が4月から9月にかけて既に18件ありました。去年は一年で31件ですが今年はもっと多くなるでしょう。”配達員”はマグルに捕獲されたり、傷つけられそうになったら激しく抵抗するので大抵は逃がして貰えますが、最近は配達前の手紙を横取りされてショックを受ける子も出てきています。彼らのカウンセリングのため不死鳥を召喚しました。事態は深刻です」

 キングズリーはふんふん、と頷いて話を聞いていき、一部ホグワーツ評議会の古株やヴィゼンガモット法廷の名誉会員などは退屈そうに頬杖をついている。ハリーはというと、まあ建前上真面目な表情で聞いているものの、心の中では「大事にはならないだろ、少なくとも十七年前の戦いよりはね」と頬杖をつく気持ちだった。
 近代の魔法界がマグルから身を隠さねばならない、という法律ができたのは、魔法使いが辿ってきた歴史の中でも一際名高い『セイレム魔女裁判』に端を発する。マグルと魔法使いの関係においては魔法史の授業でさんざっぱら、眠くなるほど(実際寝た)勉強して来たし、中には血塗られた過去があったことも間違いない。詳しいことは割愛するが、とにかく魔法使いはどの国においてもマグルと関わると双方によくない効果をもたらしてきたため、大昔は共存して生きてきた時代もあったものの今現在『国際魔法使い機密保持法』に疑問を呈する人はいない。
 ハリーは大人になってから知ったことだが、かつてのヴォルデモートに賛同こそしなくとも、己の純血を誇りに思う人は今も魔法界の半数以上を占める。そういった人たちは、マグルに魔法の神秘が知られることを嫌がるものの、マグルが魔法など理解できるはずがない、と無意識に見下しているせいで何かとこういった話題を馬鹿にしがちだった(しかしひとたびマグルに発見されたりすると、魔法使いの名折れだの恥さらしだのと言って騒ぎ立てる面倒な性質も持つ)。ハリーはたしかに、ダーズリー一家のように魔法やそれに類する変なものを毛嫌いする人たちを見てきた。しかしその一方で、世間から隠されている魔法の神秘的なさまに魅力を感じてきたし、ハリーが子どもの頃抱いていたワクワクした気持ちは魔法使いの専売特許ではないということ――むしろ、だからこそ隠さねばならないわけだが――つまり、”魔法”や”魔法生物”にワクワクした気持ちを抱いているマグルは想像以上に多いことを知っている。
 ハリーはちょびっと思っている。魔法使いにときめきを抱くマグルに多少存在が露呈したところで大した問題だろうか?

「――報告ありがとう。さて、こういった報告がここ数年指数関数的に激増しているのは皆さまご存知の通りと思われます。国際機密保持法に則って我が国でも24時間体制で魔法事故惨事部がかけずりまわり対応に当たっておりますが完全とは言い難い状況です。それはなぜか?昨今マグルの使う電子機器が発達し、情報の拡散スピードが速くなっているためです……」

 キングズリーの話は続いていく。ハリーはフィンランドからとんぼ返りしてきた疲れで少しうとうとと舟をこいだ。
 とにかく七月からずっと忙しかった。ジェームズがはじめてのホグワーツから帰ってきてからというもの四六時中興奮し、家の食器を寝ている間に羽ばたかせて惨事部の人たちにぺこぺこ謝る羽目になったし、尻尾爆発スクリュートを違法飼育した魔法使いがマグルにけしかけ7人の負傷者を出す事件があり、その逃亡犯を追い詰める為に国境を15回渡り61回の姿現し・くらましをしないといけなかった。テッドの卒業祝いにアンドロメダおばさんとポッター家、ウィーズリー家の大所帯でオーストラリアに旅行に出かけたが、いい機会だと思いマグルの飛行機を利用したらリリーが泣いてしまい飛行機が高度6千メートルで停止しそうになり、『人前で防音呪文を使った始末書』と『飛行機能を失った飛行機を1000km以上飛ばし続けた報告書』を書いてまた惨事部に頭を下げることになった。
 子育って忙しい。ハリーはひと夏の思い出を振り返るとなんだか心がじんわりと温かくなる。隣でロンが立ち上がり、何か喋っている感じがしたがまだ眠気が収まらない。WWW店の『居眠り誤魔化し薬』を飲めばよかったと思った。あれは寝ていても第三者からはまるで起きているように見えるという誤魔化し系の魔法だ。

「――少しいいですか?大臣」

 ふと、聞き覚えのある硬い声が飛び込んできた。

「ミスターマルフォイ、どうぞ」

 ハリーは瞬きして顔を上げた。青白い顔にブロンドを撫でつけた男が立ち上がると、僅かに周囲がシンとした。

「マグルの目撃情報が増えているのは確かに由々しき状況ですが、青紙を飛ばすほどのこととは思いません。本題はなんでしょうか?」
「ああ、ええ、もっともな質問だ」

 キングスリーは穏やかに頷いた。

「ミスターマルフォイ、忙しいところをお呼びだてしてすまない。本題に入ろう」
「いえ……」

 男――ドラコは、黒いローブの袖を持ち上げて静かに座った。マルフォイ家はイギリス魔法族の旧家だが、現在の魔法界で特別力の強い地位にはついていない。しかし、存命で、罪に問われていないがヴォルデモートに最も近い場所にいた元死喰い人として、こうして意見交換の場に呼ばれることが多かった。
 以前、ダイアゴン横丁で見かけたときよりも痩せたように思う。彼の顔色が優れないのは昔からだし、元死喰い人として余りにも有名なので居心地最高ってこともないだろうけど……ここ数年、特に元気がなさそうだ。ハリーは、彼の息子につきまとう噂のことだろうかと考えた。

「こういった目撃情報が増え惨事部の仕事が後手後手にまわっているのは、マグルの技術革新も一因ではあるが、まず根本にある守護魔法の効き目が弱くなっているからだ。マグルが一度近寄った場所は、また我々の手を煩わすことのないよう強い人払いの呪文をかけることが常だが、それでも再訪の頻度が高くなっている。これは紛れもなく”呪文の寿命”が関係していると思われる」

 議会席が一気にざわめいた。
 ハリーは闇の魔術やその防衛術には詳しくても、こういった基礎魔法や古代ルーン魔術については門外漢だ。なんとなく隣を見たが、ロンもぽけ〜っとしている。
 誰かが、「”寿命の反比例”を否定するおつもりか?」と鋭い声を上げた。

「”呪文の寿命”は新しくできたものほど短く、古いものほど長い!これは呪文学の基礎ですよ」
「ご教授ありがとうございます、先生……確かに、人払いや目くらましの呪文をはじめとした呪文はすべて紀元前150年前にできた守護の呪文を基に作られており、”最古の魔法”に数えられる。しかし先日行われた呪文学会賢人会議、および古代ルーン魔術賢人会議より提出された資料によると、国内最高の守護呪文の使い手でも以前のような強力な守護の呪文が確認できていない」
「使い手が悪いのでは?」
「マグル贔屓の陰謀としか思えんな……そういえば今の賢人会議は半数が半純血と聞く」
「”以前”と申されましても、それはいつからなんです?」

 誰かが、「”秘密の守り人”による守護は今も強く機能していますよ!」と叫んだ。

「秘密の守人は”愛の魔法”を基にしたもので、それによりもたらされる守護は忠誠の結果であり守護の魔法とは源を異にするものだと、呪文賢人は主張している」
「”最古の魔法”が覆されるなどありえない!魔法族の危機だ!」
「マグルが増えすぎているのがいけないのでは?今や70億人を超える人口の、99.9%がマグルじゃないか……効き目が弱いのではなく単純に来訪頻度が高いのだ、確率の問題だ…」
「マグルと魔法使いの比率は昔から一定値を維持していますよ!」
「『国際魔法使い機密保持法』をゆるがすことになれば、我々イギリス魔法界の権威の失墜だと囁かれますぞ!そんなことは断じて許されん」

 脈絡なく意見が噴出し議会は紛糾した。ハリーは、大変なことだなあ、と頭では思ったが、心の方はどこか上の空だった。子どもの頃に経験した身に迫る危機と比べると、どうしても劣ってしまうのは仕方がない。ハプニングに対して動じないところは昔からあったが、年を取って輪をかけているような気さえした。
 ハーマイオニーが杖でパンパン!と大きな音を鳴らした。キングズリーは「皆さん、今一度目くらまし呪文や人払いの呪文を徹底し、可能な方は一段階強い”守護呪文”に変えてください。周知と処置を徹底し、これ以上被害が広がらないよう尽くしてください。我々は広い視野で対策を考え、決まったらまたお知らせします……」と議会を締めた。


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