あの子の睫毛が燃えている

 根では、ある年までの全ての日常生活や訓練を決められたパートナーと二人で過ごす。同じ釜の飯を食い、笑って泣いて辛いことも分かち合って固い情で結ばれたその相手を殺すことで最終試験合格となる。
 嘗てわたしのパートナーだった、声変りの早い、少し大人びた少年は、わたしより忍術の才に溢れ運動神経があってセンスがよく勘が鋭い、まるで忍者になるために生まれてきたかのように優秀な忍だった。かもしれなかった。

――泣かないで。ほら……オレを殺して。

 とある鮮烈で眩しい夢を見たのだが、そこでわたしはとある少年に腕を捕まれて腹に刺さったクナイから手が離せずにいた。

――わたし、どうしよう、好きな人が二人いて選べない。
――だから言ったのに。大事な人は一人にしないとダメだって。
――言ったっけぇ?適当言ってない?
――言ったよ、言った。ウサギはダンゾウ様ばかり見ていたから、どうせ聞いていなかったんだよ。

 べったりと温く生臭い返り血がわたしの右半身にかかっていた。
 わたしはその少年のことが大好きで、とても大事で、この友達のためならどんな任務も訓練も怖くないとそう思っていた。しかしダンゾウ様はその友を殺せと言う。あんまりな仕打ちだった。わたしは泣いて泣いて、震えながら、誰かがなんとかしてくれないかとこの最終試験を監視しているだろう待機中の忍に訴えた。

――だれか……だれか、あの、ともだちが、
――ウサギ、ダメだ。ダメだよ。
――だって、でも、ほらあっちの方に誰かがいるから、
――大丈夫、オレは辛くないよ。だから約束してウサギ、大事な人は一人だけにするって。
――わたしが辛いもん!

 忍としてとても優秀で、根の中でも特に優秀な成績を収めていた少年が、どうして精神的な洗脳教育だけはユルユルのがばがばになってしまったのか不思議でならない。
 一方脳足りんなわたしときたら、殺すべき相手のことは頭で考えるより先に手が出る足が出る馬鹿だったので、迷う前に少年のどてっぱらにクナイを突き刺していた。本当に、一体どういうことなんだ。

――好きな人が一人だと、もう、こんなに辛いことは起こらないの?
――そうだよ。だって、好きな人のために殺されることも、好きな人に殺されることも、全然辛くない……。

 ぐったりともたれかかる温かい身体。
 行き絶え絶えに、口から吐き出される息と、水袋に穴があいたみたいに漏れだす血。どうにか逃げ道を探そうとする心はそこで完全に行き止まりになる。
 誰か助けて、友だちが死にそうなの、お願い誰か。ダンゾウ様、助けて、ダンゾウ様……。

――泣かないで、ウサギ。オレたちの存在意義を忘れないで。

 誰もがいつかは馬鹿じゃいられなくなる。泣きながら頷き、何度も繰り返したあの台詞を復唱した。
 わたしたちは木の葉という大木を地面の中から支える根。
 そのためにはどんな犠牲も厭わない。
 自分も他人も、過去も未来もなく、ただ任務のために在り続ける存在。

――ましろの好きな人は?
――ダンゾウ様……と、
――そう、だから、好きな人のために生きるんだよ。そう、すれば、辛くない。

 そのとき理解した。
 腕の中で緩やかに小さくなっていく呼吸と燃えるように熱い身体が、この里に身をささげた後行きつくわたしの姿だと。少年の声も名前も顔も忘れてしまったがそれだけは今も覚えている。

――本当に辛くない……?痛くない?
――ちょっと、痛い……。

 それが最期の言葉だった。



 目が覚めると病室の中だった。左半身が吹き飛ばされたように感じて、一瞬三途の川の向こうで誰かが待っていたような気がしたんだが気のせいなようだ。

「目が覚めたか」
「任務はどうでしたか?」
「成功だ。よくやった」

 ベッドの近くに先輩がいるみたいだ。
 左側の腕に全く感覚がなく、ぼんやりと大きな温かい塊を押し付けられているような圧迫感があったが、ひとまず安堵のため息をついた。

「ダンゾウ様褒めてくれるかなぁ〜〜」
「それはどうだろうな」
「えっ」
「本当の目的はお前の処分なんじゃないかという噂が」
「巷に流れていてだな」
「つまりある意味では任務失敗……」
「ちょちょちょちょちょちょっっっと待ってくださいよ!それって、ゴホッそれってちょっゴホッ」

 勢いよく喋りすぎたからか喉の奥から血の味がする。しかしそんなこと構っていられない、これは……これは木の葉労働基準法違反だ!

「おかしいですよ!じゃあ最初から指令書に”囮役として死ぬこと”って書いて貰えないと!そういうのアレだめなんですよ〜〜ズルいよ契約違反ですよ!」
「根の仕事にルールはない」
「そんな掟は聞いたことありません!」
「根に?」
「感情はない名前はない過去はない未来はないあ「労基はない」るぇ?!」

 勝手に増やさないで頂きたい!
 そんな風にピーピー騒いでいたら左側が本格的に痛みだしてわたしはグスグス泣きながら「ダンゾウ様〜〜!」と名前を叫びつつ睡魔の中に落ちていった。
 そして数日後無事退院した……のだが、そこで自分の身体に物凄い異変が起きていることに気付いたのである!

「左手がない!」

 根の掟がそんなにちょくちょく増えたり減ったりするとは思わなんだ。まさか「根に左手はない」とは…………ってんなわけあるか〜い!

「やばい……任務に支障がでる…これは本格的に解雇フラグ」

 任務から帰還して7日目、1人遅ればせながら回復報告をしにダンゾウ様のお部屋に向かいつつ今後の憂いを考える。左側の二の腕の真ん中から下がストンと切り落とされている状態では、普段の戦い方を大幅に変えねばならないだろう。次の任務までに調整して新しい身体に慣れ、それに合った戦法を編み出さねばならないし、どうしたって落ちる戦力をダンゾウ様がどう思うのか、本当に解雇されてしまうのかと考えると非常に悩ましい。
 しかし……差し迫った問題はもう一つあった。
 ダンゾウ様に欠損萌えがあるかどうか、そこが重要なのだ!



――拝啓、人生ただ一人の友人へ。
 元気ですか?あなたの腹を刺した左腕がなくなりました。
 ちょっと痛いけどスッキリしたぜ!
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