9歳 負傷A

 木の葉忍術研究所B棟は敷地面積約70キロ平米、地上5階地下1階の二つの建物からなる研究所だ。地上三階分は普通の(倫理的にも法律的にも問題のない、公開された)研究施設として使われており、常駐する忍も暗部などではなく正規の中忍〜上忍である。
 だが、彼らは地下一階の下に表示されない地下階があと一階分あることを知らないし、その保管庫に柱間細胞をはじめとした大蛇丸の実験材料が保管されていることを知らない。ただ、地下に繋がる階段に時折暗部が出入りしているため地下二階の存在は公認の秘密になっており、下手に探らぬ方が良いということだけが周知されていた。今夜も、正規の忍たちはいつも通りの仕事をこなしている。
 わたしは研究所の真下、地面の中に潜みながら潜入のタイミングを計っていた。今夜、コゼツは研究所の外で誘導用起爆札を起爆させる為別行動をしており、ガンマを着てコゼツとの連絡を取りつつ行動する。
 次の息継ぎまでの時間はあと二分、デルタが他の固体と連絡を取りながら潜入に適したポイントを伺っている。今回はデルタによる下見が全くできていないので内部構造は全く分からない状態での突入になる。正直リスクが高いのか低いのかさえ読めないのだが、ただ圧力鍋で揚げ物をするようなヒヤヒヤ感なので良い子は絶対やらないように。

――無理に盗む必要ないんじゃない?バレたら一巻の終わりじゃん。
――でもここを逃したらもう大蛇丸に頼るくらいしかなくなっちゃう。大蛇丸のアジトなんてわかるわけないし、仮に分かったとしても根に捕まるのと同じくらいやばいもん……。

 コゼツは、急きょ研究所に盗みに入ると決めたときからずっとこんな調子で、突入数分前になってもまた解決した話を蒸し返した。今まで最終決定を渋ることがなかっただけに珍しいことと思いながらも、コゼツの不安はもっともだと思うだけにはっきりと断定的な言葉を口に出すこともできなかった。
 暗部の本部基地は、木ノ葉の里大通りから少しハゴロモ公園の方にそれた辺りに聳える一際大きい大樹の根本に設置されている。そこはアカデミーの時の里内見学のコースにも入っており、警務部隊本部や情報部と同じように建物の前でクラス担任の先生に紹介された。そのときは、(暗部の本部がこんなに堂々とあっていいの?)って思ったけど、よく考えたらボーンシリーズでも007でもアベンジャーズでも諜報機関の本部っていうのはちゃんと建物として公に存在するので問題ないんだろう。
 原作の描写から、“根”の本部は暗部の本部基地真下の地下にあると思われる。柱間細胞が根の本部に持ち込まれる、ということは、ダンゾウのお膝元に置かれてしまうということだ。そこに一介の下忍が忍び込もうなんて下調べなんてしなくたって無理だってわかる。
 気分としてはね?シールズの本部とか何度も壊れてる気がするので、いっちょ暗部も景気よくリフォームしてやりたい気分だ。うちは一族滅亡の夜前夜になってもまだにっちもさっちも進んでいなかったならワンチャン、ダンゾウ生き埋め覚悟で根の本部を爆破して里からトンズラもやぶさかではないが、今はまだ慌てる時間じゃない。慌てる時間になってしまうのは避けたいのでどうしても今個人情報物質を手に入れなければならないのだ。

――でもいつもはもっと綿密な下準備をしてから行動してたし、失敗したときの作戦も幾つか同時に走らせてただろ?
――コゼツの言いたいことはわかる!でも今取りに行かなかったとして状況が良くなることはなくない?
――悪くなることもない!
――諦めたら試合終了ですよ!って昔の人も言ってる!
――でも終了した後も人生は続くからね。

 コゼツの言うところの“終了した後の人生”というのがつまりどんな悲惨な尋問や拷問に繋がるか一瞬考えて気持ちがくじけそうになった。テメー脅すんじゃねぇよ。
 頭の中でコゼツと話していても埒が明かない。
万が一顔を見られてもいいように、今日は雲との取引のようにガンマを着て大きな外套にフードを被って全身不審者ルックで固めている。この春のトレンドをしっかり押さえた綺麗めグルグルスタイル!スナップされちゃいますね。
 コゼツたち曰く、「土の中から出る瞬間が一番危険だと思う。結界や監視網が一本の糸だとして、そこに身体が引っかかったままバタバタしてるような感じだから入ってしまいさえすればひとまず安心」とのことだから、出入りは素早くしなければならない。

――行くからね、OK?
――あーもうわかったよ……頑張るよ。
――よし。せーの!

 頭を出した瞬間に刃物で真っ二つにされたらどうしようかと思ったがそんなことはなかった。
 土の中から顔を出すとまず、鈍い駆動音が耳に入った。狭くて暑い部屋だ。錆びついた、黄色いランプに照らされたガス管や水道管が壁際に張り巡らされており、右手――北側にすりガラス付きの扉があり外側から白いペンキで、『ボイラー室』と書かれている。わたしはプールから出るときのように身体を土から引き揚げて、よろめきつつ深緑色のリノリウムの床に降り立った。
 扉に向かって右手には、わたしの身長より高いなにかの制御盤が三台並んでおり、オレンジ色のランプが幾つか点滅していた。この時代であまり高度な電気制御が必要なシステムがあるとは思えないので、この施設のインフラ、あとはあったとして限定的なネットワークの制御に用いられているんだろう。

――デルタ1、地中から人の気配は?
――悪いけどぜーんぜん。近くにはいないみたいだけど土から眼出せないからなんとも。

 やはり今回感知に関してコゼツたちを頼ることはできないようだ。こういうときサイの鳥獣戯画があればめちゃくちゃ便利なんだけどな。
 ひとまず『ボイラー室』の扉を開けて――古いトタン扉を開けた時みたいな軋んだ音が響いて心臓が止まった――外に人の気配がないことを確認した。ボイラー室は廊下の突き当たりにあり、扉を開けて左手に通路が延びて太い通路に繋がっている。ボイラー室の扉を閉めると駆動音やモーター音が満ちた部屋から一転、廊下に出ると耳が痛いほどの静寂だった。
 太い通路には白い蛍光灯がついている。まさか赤外線センサーで電気がつく日本のトイレじゃあるまいし、通路に電気がついているなら誰かが作業しているはずだ。

――サエ!地上一階の裏口から暗部が三人中に入った。裏口近くには階段があるから地下に降りるかもしれないよ。
 
 陽動の為外で待機しているコゼツから連絡が入った。まだ作業は始まってなかったのか!そいつらに目当てのモノがどこにあるか案内してもらうしかない。
 急いで、白く照らされた廊下まで出て階段を探した。部屋のいくつかはガラス張りで中の様子が見えた。地下は二階分倉庫だという話だったがいくつかは実験室のように見える。だが、やはり外から見ただけでは柱間細胞なんてどこにあるかまるでわからない――とりあえず階段の近くで待機して降りてこないようなら地下一階に上がろうと思い、階段裏の用具入れのようなところに潜んだ。
 どうしよう。起爆札はいつ使おう?
 アカデミーでは、奪取・情報収集のような任務においてこう教わった。

“基本的に陽動を使ってしまった時点で下策。上手い情報収集とは、獲られたことに気づかれないこと。だが任務遂行が難しくなったとき、保険として必ず陽動用のトラップを仕掛けておく必要がある”
 そして、“陽動を使うのは自分の身が危なくなった寸前。敵に正体がバレて見つかりそうな、ギリギリまで待つことが肝要だ”と。

 ギリギリっていつなの?!?!見つかった状態が1、見つからない状態が0だとして、ギリギリって0.9くらい?でも『見つかってない状態』ってことは0なんだから、0.9とかいう概念はなくない???
 わからないことが多すぎる……と、一つ息をついたとき、何か音がした気がして耳をすました。
 音がする気がする。一人暮らしが長い人には分かって頂けることを願うが、自分以外誰もいない部屋でなにかカサカサ音がしたら、それはゴキブリがいるってことだ。一度経験してしまうと、例えばコンビニ袋が暖房の風でカサカサ音を立てているだけだったとしても異様にビビッて一人部屋の中で硬直して目を凝らす羽目になる。つまり耳を澄ますことにおいては、わたしはかなり鍛えられている。
 物凄く小さな音だった。正直、気を抜いていたらわからないくらいの足音をたてて――数名が階段を駆け下りてきた。

「侵入者?」

 おっ、喋った。

「ゼンから、わずかな異変を察知したと連絡が」
「……ひとまず続行する。30秒だ」

 男二人の声がする。足音にして二人が奥に走っていく。一人は階段脇で陣取ったまま動かない。
 本当は柱間細胞を奪取するときにだけ陽動を使いたかったけど仕方がない。わたしが潜入したことも少しバレているようだがまだ正確に侵入者の輪郭を掴めていないようだ。そして運搬作業は30秒、ゆっくりはしていられない。

――コゼツ!
――了解!

 コゼツに連絡して数秒後、研究所入り口付近にしかけた起爆札の爆発音がした。建物が僅かに揺れた。上階で勤務する忍たちの足並みがわずかに乱れるのがわかった。
 階段脇で立ち止まったままだった足音が、はっきりとその爆発音に反応した。逡巡の後、「上を見てくる!」と廊下の向こう側に合図して駆けあがる。

「暗部を足止めしておけ!」

 廊下の向こう側から男の声がした。やはりこいつらが根上がりの暗部、それも正規の暗部の眼を盗み物資の運搬をしようとしているとみて間違いない。
 わたしは階段裏の物置から出て、壁に背中をつけ廊下の向こう側に顔を覗かせた。ここから三番目の扉が開いている。あそこに柱間細胞がある!

――コゼツ、全ての起爆札を爆破して急いでボイラー室に来て!制御盤があるから、わたしの合図でそこの主電源を落として!
――……了解!

 二度目の爆発と共に一番近くの部屋の扉を開けてその中に潜んだ。さて問題はこの後だ。
 今、貴重な運搬物資に意識を集中している彼らの注意をどうやって反らすか。真っ向から暗部と戦って0秒KOされてしまう雑魚中の雑魚・わたくしさんの実力では、『停電』だけでは弱すぎる。もう一つ何か彼らの注意を反らすものが欲しい。でも何を?これ以上どうすれば??
 それとも停電は諦めてコゼツを呼び寄せるか?これは却下だ。わたしとコゼツvs根っていうのはつまり、第一部開始時点でのナルト&サクラvsカカシ先生と同じ。こんなのたとえ二人が完璧な連携を見せたとしても本気のカカシ先生相手に鈴なんて獲れやしないのだから況やわたしをや。そもそも相手は1人じゃない、2人なのだ。

「ザイ!ゼン………図だ、誰か――……」
「!」

 根の奴らがなにかボソボソ喋り始めた時、地面の中に潜みながら隣の部屋の様子を伺っていたサエたちの耳に、小気味良い足音が勢いよく近づいてきた。誰かがこちらに走ってくる――それも、“気配を消さずに堂々と”。

「なんかしてると思えば……!」

 第三者の声が隣の部屋に入ってくるのがわかった。今までの連中とは違う、少しハキハキした声だ。

「おまえら何者だ?返答次第では殺す」
「これは……は……暗部の………御用で――……?」

 ここの監視の任務を任されていた正規の暗部が、根の動きに気づいて降りてきたのだ!そうか、このまま根の運搬作業を止めてくれればこいつらは今夜これを動かすことができない!

――コゼツ、状況が変わった。もしかしたらこのまま今日は何もせず帰るかも……!
――え?

 コゼツに、ガンマを通してそう連絡してつい安堵の余り息をつく。そもそも必ず奪取する必要はないのだ、根の連中が今日の運搬をやめさえすれば――何度でも挑戦できる。恐らくダンゾウは柱間細胞を全て持っていくつもりはなく、わずかを手にすることができれば培養であとはこの乱入した暗部が頑張ってくれれば、そして妙に右脇腹に入りこんじゃった砂利?がザラザラしてうざいのでそれを引っこ抜ければ問題はない。
 ガンマは服として申し分ない着心地である。ガンマの内側はとてもつるつるしていて、少しひんやりと冷たくてまるで生のパン生地を少しサラサラにしたような具合だ。だから確かに、ガンマとわたしの間に砂でも入りこめばまるで靴の中に入った砂利のように鬱陶しくもなるだろう。
 だが、今まで土の中を移動していて、“ガンマとわたしの間にゴミや砂が入ったことはない”。ガンマは土と同化できるし、ガンマを着ているときはわたしとガンマは完全に癒着しているからだ。

――サエ……!!

 何かがわたしの皮膚の上を這っている。手首からずろずろと這い上がり、腹回りにまとわりついて、背中から首へ、そして耳へ。シャリシャリシャリ、ブブブブブ、チリチリチリ。羽音のような波打ち際の砂のような音が耳元を、そして身体の周囲を包み込んでいる。
 ああ、と気づいたときにはもう遅かった。一気に視界が開けた。
 部屋の中はぼんやりと暗く、左手の廊下から入り込む蛍光灯の光と、部屋の奥の壁から漏れる黄緑色の光に照らされて物の輪郭だけ浮かび上がっていた。部屋の真ん中にテーブルがあり、上には小さなショーケースと木箱が無造作に積み重ねられている。左側の壁には錠がきっちりと絞められた本棚が並んでおり、緑色の光が漏れている壁には“凹み”があってその壁自体が何かの収容器具の役割を果たしているようだ。壁一面に忍文字が走り術式の痕跡が認められ、“凹み”は金庫のように扉がついていて中から漏れる黄緑色の光が部屋を薄暗く照らしている。
 その壁の前に、暗闇に溶けるような二つの黒い影が立っていた。黒い影――足首まですっぽりと収まるような黒い外套に、白地に朱の染め抜きをした動物型の面をした影だ。
 それは壁の前に立ち試験官のような細長いガラス器具を手に持っていた。影が、ふとこちらを振り向いた。
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