9歳 木の葉情報部B
副題:ナルトの終盤あたりの戦い理解できてる奴っている?

 さて、本蟲ツタさんにフクロウ便を飛ばしてから二週間、季節は五月になった。因みに前世と違ってGWはないので未だに四月下旬になると(そろそろゴールデンウィークじゃん!)と気分が上がり、すぐに(ないんだった……)と落ち込むのをもう8回くらい繰り返している。
 その間簡単なDランク任務、Cランク任務を数回ずつこなしながら、合間に情報部と隠れ家を行ったり来たりして手持ちの情報をすり合わせつつ過ごしたが本蟲ツタさんからの返事は全く帰ってくる気配がなかった。

『本蟲ツタさんへ

 はじめまして、今年下忍になりました東雲サエです。
 わたしは木の葉の里と人の歴史について興味があって、特に天変地異のことを知りたいと思っています。先日木の葉情報部地理局の資料室に寄ったところ、偶然その場に居合わせたお兄さん(モクリンさんという方です)に本蟲さんのことを紹介され、是非一度お話を伺いたいと思いました。
 お忙しいところ大変恐縮ですが、ご検討お願いいたします。

東雲サエ』

 わたしの住所を書いたし、返信用の封筒と切手も入れたのだが。
 情報部のお兄さん曰く、変わり者で返信が来ないかもしれないとは聞いていたが本当に来ないとはびっくりだ。昔、他大学の教授にメールを送ったけどタイミングが悪かったのか文面がダメだったのか全然帰ってこなかったときのことを思い出した。
そうして火影室隣の書斎に忍び込む算段も、柱間細胞を奪う計画も進まないまま、貯蓄額だけが増えていった。

 下忍が請け負う任務はだいたいDとCで、Dランク任務一回につき1千両〜5千両、Cランク任務一回につき5千両〜5万両が請負報酬の相場である。それを班員3人と担当上忍で割った額が一人当たりの収入だ(恐らく担当上忍には別途手当がつく。じゃないとわりに合わないし……)。そこから健康保険料や税金を引いたものが手取りになるため、下忍に上がって約一ヶ月弱、わたしの現在の貯金額は既に1万4千両にまでなっていた。
 ナルトの世界の貨幣価値は1両=10円であると原作に明記されており、米5キロが平均200両くらいで買えることや、駄菓子屋さんでガリガリ君らしき青い棒アイスが5両で売られていることを鑑みると、物価は現代日本とそう変わらないか少し安い程度であることが分かる。つまり9歳女児(下忍)の月収が約14万円……9歳で!14万!!
 任務用口座の通帳に記帳し、円で計算し直したとき「これ元の世界に戻る必要なくね?」と真面目に思った。絶対に日本でPh.D取るよりこっちで上忍になった方が稼げる。とりあえずお給料は入用のときに備え木の葉バンクに預けているが、忍具や巻物を購入した他一応初任給で親にプレゼントを買ったので(わたしは家の鍵につけるキーホルダーを、コゼツはお箸をそれぞれ父と母に買った。二人とも飛び上がって喜んでくれてすっごく嬉しかった。)今は9千両に減っている。

「この前はほうじ茶団子だったから、今度は桜あんみつとかにしようかな」
「タンポポせんべいもおいしそうじゃない?」
 
 そうして今、世間では五月病が蔓延しているであろう初夏のある晴れた日、わたしとコゼツと甘味処の持ち帰りコーナーで茶菓子を物色していた。もう本蟲さんからの返事を待つのはやめて直接行くことにしたのだが、手ぶらで行くのはなあと思って情報部のお兄さんに教えてもらった住所に向かいがてらあちこち見て回っているのだ。
 木の葉には甘味処が多くて、旅人や商人、何かの任務を仰せつかり、または使者として里に来た他里の忍、オフの忍や町人が愛好している。9歳の足には木の葉は広く、あのイタチと鬼鮫が初登場した団子屋の聖地巡礼もまだしていないのでいつか行きたい。

「あっみて、春の新作だって!よもぎ饅頭」
「よもぎ団子もあるね」
「おいしそう〜」

 コゼツは「ボクはタンポポせんべいかなぁ〜!」とひっきりなしに黄色いタンポポが押し花のように押されたせんべい(10枚入り)を推している。でもわたしはタンポポは揚げ物にして茶塩かワサビ塩で食べたい、それも熱燗か緑茶ハイと一緒に頂きたい派でせんべいには求めていなかったのでやんわりいなしてヨモギ団子を買った。

「ヨモギ団子なんて面白みが足りないと思うけどなボクは」
「初対面の人への差し入れでなんで面白みなんて追及するの」
「なんでも面白くないと!」
「研究者なんて大体変人なんだから、無難に行ったってうまくこう、いくかはわからないんだよ?無難が一番!」

 本蟲ツタさんの家は東雲家から郵便局前の通りを河に下り、そこからずっと火影邸の方へ歩いて東の森の方に少し繁華街を入り込んだところにあるアパートの一室だ。アパートと言っても画一的な部屋が並ぶよくあるそれではなく、まず一階が大家さんの営むクリーニング店でそこから増築された二階にある一部屋である。
 二階の部屋はどれも魔改造と増築を繰り返した不思議なつくりだ。アパートの脇に据え付けられている階段をトントン上がって、まず手前にあるのは何故か頑丈に窓や壁を厚く補強してあり、その次の部屋は扉が開けっ放しでハニワのようなオブジェが玄関と通路を跨いでおいてある。
 原色で幾何学模様に塗り分けられたペンキの匂いがするハニワを、服がつかないようにかわしながら通り抜けたその先――三番目の部屋が、我らの目的地だ。

「ここだ」

 今までの二軒と違って見た目は普通だ。他の二軒と比べてこの部屋が一番専有面積が広くだいたい二部屋分くらいあるので、もしかしたら壁をぶち抜いて二部屋を一つにしたとかかもしれないが……やっぱり郵便受けから紙類が外に飛び出している。めちゃくちゃ汚部屋だったらどうしよう。
 ちらっとコゼツと眼を合わせてお互いフフッと少し笑って、インターホンを押し少し待った。「はーい」と低めの声がして、ごそごそ音がした後扉が開いた。

「……はい」

 出てきたのは、二十代後半か三十代前半くらいの女の人だ。少しもさっとした櫛を通していない長い髪に丸眼鏡。化粧っけのない白い顔、薄い瞼、すこしソバカスが浮いていて「面倒くさい」以外の感情らしい感情が特に見えない眼。

「あの、わたし東雲サエです。本蟲ツタさんにお話を聞きたいことがあって、いきなりですけど、伺いました。これよければ召し上がってください!」
「コゼツでーす」

 一気に喋って団子の袋を差し出しながら頭を下げた。コゼツが軽薄に挨拶した。


「へーぇ……この世界の成り立ちを知りたい、ね」

 作業机の椅子に座ったツタは団子の入った皿を作業机の僅かなスペースに置いて、団子を右手に持って相槌を打った。

「びっくりしたよ。うち、目立つ部門じゃないからそもそもあたしの存在知らないヤツのほうが多いし。それに、なに、情報部のモクリンが話したって?そいつがあたしを知ってたことも驚き……」
「モクリンさんは、わたしが情報部の資料室で調べものしてたら色々教えてくれて……」
「資料室?あそこ忍じゃないと入れないよね?」

 そこまで言ってツタは、わたしの手に巻かれた手裏剣マメを覆う布や摩耗した膝小僧などを見て「ああ」と少し溜息交じりに頷いた。「忍なんだね、あんたたちも」
 ツタの家は汚部屋というよりひたすらモノが多い部屋だった。本がみっちり詰まった本棚の前には測量用の器具のようなものが置かれて、その上に何かのシートがかぶさっていて、壁際にはうずたかく積まれた段ボールが天井まで伸びてエアコンを覆い隠している。壁が見えないほど本に埋め尽くされていたが、その本棚の上に巻物が置かれ、幾つか垂れ下がって地図のようなものが見え隠れしている。机とテーブルがあったが二つとも顕微鏡やシャーレ、何かの薬剤、電子レンジのような――恐らく実験器具が置かれていて食事をとる場所ではない。実際、ツタさんは作業机の上にあった鉱物の小棚を押しやってどうにかできた隙間に皿を置いている。
 わたしは出窓に飾ってある蘭に似た観葉植物のそばに皿を置いて、ツタがどこかから引っ張り出してきた丸い椅子に座って団子を食べていた。コゼツはベッドに座って膝に皿を置いている。「うちに来る客はマックスで2人なんだよね。だから3人同時に座れる場所がないんだ、気にしないで」と言ってベッドを指さされたので「ボクはいいけど、女の子のベッドには招かれなきゃ座っちゃいけないってオカアサンに言われてるからなあ」とぼやいていた。

――忍なんだね、あんたたちも。

「あんたたちも、って、誰かほかにも忍がきたんですか?」

 ずっと淡々としていたツタの表情にはじめて皮肉っぽい、いやな感じの笑みが見えてつい尋ねた。

「いーや、あいつらは……まあ君らも忍だけど、あたしの研究になんて殆ど興味ないよ。そもそも戦争や忍術で地形がどうなろうと知ったこっちゃないからね」
「あぁー、国破れて山河なしですもんね」
「ん?」
「なにそれ」

 コゼツはともかくツタも知らないらしい。諺はこっちにもあるのに春望はないのか…。

「いや、どっかの偉い詩?からの引用」
「驚いた〜、教養あるね」

 ツタが眉をぴょこんと上げてお茶をすすった。

「下忍に教養がないみたいな言い方やめていただきたいですね!わたしの友だちのイタチくんなんか凄いですよ、聡明すぎて」
「それで、さっきの国破れて〜ってどういう意味?」
「『国破れて山河在り』戦いで国が滅茶滅茶になっても自然は変わらずそこにあってなごむね、みたいな……なんかそんな感じの一節を皮肉っただけで…」

 元ネタを解説する辱めを受けるとは予想外だ。

「ハハハ、確かに。地形を変えちゃう奴らいるよね〜初代火影とか」

 コゼツの笑い方がちょっと馬鹿にした風だったので焦りを覚えたが、ツタも「フッ」と鼻で笑っただけだったので良かった。

「あの人らのは、まあもう殆ど変性前と後の調査は済んでるからいいけど……。たった一つの戦いでどう地形や植生が変わったのか、それを調べるだけでも膨大な時間と知識が要るのに、奴ら後先考えずにまたすぐ忍術とやらで環境破壊するんだから…」

 ここまで言って、ツタは団子を口に入れ窓の外を見た。愚痴っぽくなったのを仕切りなおすように、「それで、モクリンに紹介されてまで会いに来た理由ってのは話を聞きたいだけ?」と再度確認した。

「はい。わたしが気になっているのは、まずこの世界の成り立ちについて。まず神樹ができて大筒木一族がいて、六道仙人が今の世界をつくったという逸話があると思いますが、その逸話の根拠となる事実に興味があります」
「うん」
「次に忍五大国の外にある世界について。異方大陸の様子についても気になりますが、“天変地異が何度か起こった”というのはどうやってそれが起こったことが分かったのか、また何故そんなことが起きたのか、また起こる可能性はあるのかということについて」
「うんうん」
「あとは、妙木山、と……」
「………」
「(え〜となんだっけあの名前忘れたけどカブトが蛇博士とうんたらしたときに話してたとこ……あっ)りゅうちどう、そう、龍地洞と、湿骨林みたいな“少し変わった地域”は具体的に地図のどのあたりにあるのかということ……」
「ふむ」
「……このあたりについて、モクリンさんに詳しく聞こうとしたらツタさんを案内されたので……。すみません、ちゃんとした目的があってきたわけじゃないんです」

 今更ながら申し訳ない気持ちになって最後は尻切れトンボに小さく呟いた。本当ならわたしだってまずアポを取ってくるけどさ、如何せんアポ自体に気づいてもらえなかったのだからしょうがない。よね?
 ツタは団子を食べ終えて櫛を置いた皿を脇に追いやり、空いたスペースに肘をついた。

「ふーん……。まあ、質問の内容はともかく、まずその若さで下忍になったにしてはそういうことに疑問を持つ子って珍しいよね。今は大戦特需も終わって下忍昇格年齢の基準を上げてるんでしょ?」
「あ、そうみたいですね」
「それでもう下忍って、かなり優秀だよね。どっか名のある一族でもない限り……」ここでツタはわたしの額あたりを見て、腕や身体のあちこちにチラチラと視線をやった。額宛と、何か一族の目印となる紋章を探しているようだ、と思っていたらやはり「……失礼だけど親は一般の人?」と聞いた。

「はい。川向こうの、豆腐屋と大工の娘です。あの、わたしが比較的早くにアカデミーを卒業したのは早く下忍になりたかったからで……それで先生が、卒業試験を受けることを許可してくれて。なのでそこまで優秀ではないんです」
「あー……そう」

 ツタは何か言いかけたが飲み込んだ。

「まあいいや。ごめん、関係ないこと聞いたよね。――ちょっと最近、忍者に対してナイーブになってるみたいで」
「ツタさんって、もしかして忍者がお嫌いですか?」
「……別に嫌いじゃないよ。いけすかないだけで」

 やはりか。ツタはどうやら皮肉屋というかひねくれ者のようで、わたしを部屋に招き入れるときも「次の論文提出が迫ってるんだけどな……」とか「椅子が足りない」とか言って暗に帰ってほしい感を出していた。9歳の子どもにもそんな態度ということは、きっとこの人は誰にでもそうなんだ。変わってるなー少し前世が懐かしい。
 ツタは仕切り直しとばかりに咳払いして「さてと、」と言葉をつないだ。

「とりあえずあたしの研究、というか里に金を貰っているのは天変地異解明についての研究だけど、本当に専門としているのは何もそれだけじゃなくて、つまり地質調査全般なんだよね。地質調査、わかる?」

 わかる。前世の友人Aがよく「来週のフィールドワーク、なんとか島なんだよね〜」とか「秩父の断層が」「北大の演習林が」とか言って実習だの実験だのとよく日本全国に調査に行っていた。
 ツタは、何か書きかけだったホワイトボードを足で引っ張って――椅子に座ったまま無理な体制でホワイトボードを近づけようとしたので、床に散らばったゴミや本にコロコロがつっかかって倒れそうになった。コゼツが支えた――全部消して、図解し始めた。

「あたしは元々火の国郊外の森近くにある農村生まれで、そっから高等学校に進学して、まあ昔から地層とか植物とか岩石とか……その辺の自然が好きだったから成績が良くてねー、人脈や環境にも恵まれて、近くの測量所で働けることになったんだけど、ついこの前まで戦争があったろ?あれで国の偉い研究者も何人か巻き添えくったみたいで、人が足りなくなったんだ」

 ツタはマーカーを人差し指と中指で挟んだまま、親指でみけんをカリカリ掻いて肩をすくめた。「それで、ポストが空いたんだか人気がないんだか、あたしなんかが国の最先端研究施設で働けることになった。終戦直後にお呼びがかかって里に移住して、国に――というか実状は里に、だけど、里に指定された研究についてノルマこなせば毎年研究費と生活補助が降りる感じでここで生活してる」話しながら、ホワイトボードの上の方に、里、と書いて丸で囲み、そこから研究部門と矢印を引っ張って、その下に二十個くらいの部署を書く。
 その一番隅っこの、「環境調査」部門の下に矢印を引き、「古代領域を含む地質・植生調査」と書いて丸をする。

「“古代領域を含む地質・植生調査”……これがうちの正式な所属部門。他の奴らにはよく天変とか古代って言われてるよ。あんまりに里から研究費が下りないし、人気も人手も足りない部署だから。なんでかわかる?」
「忍里にとっては火急の研究じゃないから」
「そーよくわかってんじゃない。やれどこどこの里のなんちゃら一族の秘術の解明だの、三大瞳術発現メカニズムを明瞭にするマーキング物質の発見だの……終戦直後だから忍術関連の研究が白熱してるんだろうね」

 終戦直後に忍術の研究が盛んになるのは、どこの里でもどの時代でもそうだった。戦時中もそうだが、戦争中というのはどの里も持ちうる最大の力で他里を圧倒しようとするので、まず相手の最新技術を見ることができる。ことが上手く運べば、“試料”も手に入る。そうやってまるで技術交換のように他里の情報を得たあと、終戦後それをゆっくり慎重に解明・研究し新たな里の力にする。
 忍里で行われる研究の殆どは軍事用途のものが多いため、必然的に“急を要さず”“金にも直結しない”本蟲ツタのようなものは割を食うのだろう。
 だが、それでも里の外で一般人をしていた本蟲ツタを召し上げたということはそれなりに必要性を感じているということだ。それがわかっているからか、ツタも愚痴をやめて「まあそういうわけで、忍者が嫌いっていうわけじゃないから。気にしないで」とまた窓の外に視線をやって眉間を掻いた。

「で、まず質問についてだけど、神樹やらなにやらについてはあたしじゃなくて民俗学の範疇だってのもあるからお門違いだけど、あとで話が出てくるからちょっと後回しにしとく。あと、妙木山?とかりゅうちどう?ってのは悪いけど初めて聞いた名前だから分からないや。どっかの山とか洞窟の名前なの?」
「あー、はい。わたしも余り分からなくて……ただそういう場所で修行すると強くなる忍がたまにいるんです。だから何か特別な場所なのかなって思って」

 元々仙人モードについてはダメ元だったので軽く肩をすくめた。仙人モードを会得できる場所として原作に出てきたのは妙木山と龍地洞だけだが、三忍繋がりで仮に綱手も仙人モードを使えるのなら、カツユの口寄せ元と思われる湿骨林も自然エネルギーと何か深い関係がある場所だと推定していた。アカデミーで習った地図には勿論、情報部で調べた時もそれらの山や洞は出てこなかったので巧妙に隠されているのだろうか。
 
「じゃ、本題に入るけど天変地異ね。簡潔に言うとあたしはこれ、十尾の仕業だと思ってる」
「十尾?!」
「ああ、十尾っていうのは尾獣――九尾の妖狐みたいなのが九つ集まってできる、この世界の元みたいなものだ」

 えっ十尾って第四次忍界大戦で既出だったっけ?それとも六道仙人の逸話みたいに知る人ぞ知る的な知識だったっけ?この前開忘心の術で自分の記憶を精査したとき一応見たはずだったけどまだあやふやだ。だらしない下忍ですまない…がだって70巻だよ?
いきなり物語の核心に近い単語が出てきてびっくりしたけど、同時に、この人はとてもニュートラルなタイプだっていうこともわかった。
 まず今、この里で尾獣というのは“タブー”、“禁止ワード”のような扱いになっている。『九尾』には元々木の葉の里をかつて脅かした“うちはマダラ”のイメージがついており、化け狐の箔は十分にあった。そこに、終戦直後にいきなり襲来し、多くの死傷者を出しただけでなく、好青年として人気が高かった四代目火影死亡という痛ましい結果に終わってからまだ4年しか経っていない。不吉と不運の重ね掛けのような悲惨な事件として印象づき、その尾ひれは今もなお、“写輪眼で九尾を操ったのはうちは一族ではないか”という疑念がついてジワジワ膨れ上がりながら人々の心の中に巣くっている。
 それをサラッと「九尾みたいなのが」、なんて話すのは、九尾をそういった悲惨な事件のイメージと切り離して考えているからだ。

「尾獣というとみんな驚くけどね、あれは誰かが操ったからああなったんであって、元々は不吉の象徴のようなものではないんだよ。……と、あたしは思ってる」とツタは続ける。

「これはまだあたしの研究途中のテーマだから……正確には事実じゃないけど、まず尾獣は里の連中がいうような化け物じゃない。嵐や台風、豪雨と同じ天災だ。ただそこに在るだけ、ただチャクラ……に近い力を持っているから、在り方が他の自然災害と違う」

 ツタは、ホワイトボードを決して、自然災害と書いて、そこに噴火、台風、地震などと書き込んだ。「まずは自然災害と尾獣被害の違いから話そう」――コゼツがモチャモチャと団子を食べている音がする。

「自然災害と尾獣被害は、地層を見ればすぐにわかる。なんでかっていうと、まず、普通の噴火や豪雨……特に地質に影響を及ぼすような大規模な災害は地層に含まれる岩石の形やその組成を調べると推定できるんだ。噴火すれば火山灰が降るし、洪水や豪雨があると海にあるものと陸にあるものが混ざるから、岩石や鉱物の成分を調べるとわかる。それに、大規模な変動は広範囲に起こるから遠く離れた場所で同じようなものが見つかればそこと昔どんなふうに繋がっていたかがわかるよね。そういう特別な層は鍵層といって、離れた場所にある地層を調べるときに基準として目印にすることができるから重宝する」

 あー?なんとなく中学のとき理科の授業で習ったな。

「だが、これが尾獣被害になると普通の自然災害じゃ説明がつかなくなる。例えば、海にナトリウムやカルシウムなんかが多いのはそういう水に溶けやすく軽い成分だけが岩石や生き物の死体から流れ出して集まるからだ。特にマグマの中にそういう奴らが集まっていると、熱や圧力ですぐに浮き出して水に溶け、そういう似たような重さのもので固まって流出する。重いものほど下に沈み、軽いものほど上に行く」

 ここもやったことがある、密度成層というやつ。重金属ほど核に近い場所にあり、ナトリウムやマグネシウムみたいな軽い金属は上に行く。軽い気体はもっと上へ、空に漂っていて幾つかは外に出て行ってしまう。

「でもときどき、海成層の中に大きく丸い磁石のようなものが分散していたり、上下の地層は砂漠のような細かい砂でできているのに間の層だけ泥と細かい空洞ができていたりする。示準化石や示相化石や、炭素年代測定からして明らかに同じ時代の同じ地層であるはずなのに、変性していない溶岩の隣に氷が解けた跡があったりして、メチャクチャなんだよ。他にも、層の全てが一面オパールの結晶だったりしてね。一部がオパールなんじゃない、層の全てがまるでミルフィーユの真ん中に挟まれているパイ生地みたいに、オパールなんだ。そんなのはどう頑張っても普通の自然現象じゃ起き得ない、尾獣の力があったからだ」
「尾獣の力を詳しくご存じなんですか?」
「いや……尾獣についての記述は閲覧レベルS以上だから許可がないとみられない。あたしだけじゃないよ、どんな優れた研究者より上忍や暗部の権限の方が強い」

 ま、それでも申請すれば通るだろうけどね、といってお茶を含む。何故申請しないんだろうと思ったが続きを促した。

「続ける。ここからは科学者の間じゃ眉唾だってことで信じられていないんだけど……さっき君が知りたがっていた逸話の方にも繋がってくるんだが、曰く、すべての尾獣を集めた十尾というものがいて、神樹の元だったとする逸話が残ってる。その十尾によって、多分、世界は一度か二度滅ぼされかけてるんだ。そのとき何が起こったのか、多分あたしの仮説が正しければはっきりわかる」

 わたしは、「九尾だけでもやばいのに十尾とかいたら本当に滅亡しそうですね」と相槌をうってお茶を飲んだ。飲みながら、この人当たりだ、と確信する。でもこんなに正確に把握している一般人って、暗部や根に知られたら一瞬で消されるんじゃないか?大丈夫かな?

「十尾の及ぼす影響って九尾とまた何か違うんですか?九尾も、たしかに被害はすごかったけど、何千年も残るような地層の変化があったようには……」
「見た目にはね。……ここからは完全に妄想になるけど、この世界にはチャクラ以外にもう一つのエネルギーがある。“それ”がなんなのかわからないけど、チャクラによる変質とは全く違う変質が地層に及ぼされているときがあるんだ。チャクラによる変質痕は今の技術じゃすぐにわかるんだけど、チャクラ測定で反応しない場所がある。そこに“それ”があるんだ。調べればきっと天変地異で何が起きたのかがわかるはずなんだよ、その衝突面を調べれば」

 最後の方は熱くなったのか、せっかく用意したホワイトボードを使わずに、ツタは9歳の子どもに向かって真剣に訴えた。わたしが「なるほどです……」と本気で真剣に頷くと、ふと熱くなっていた自分に気が付いたのか窓の外を見てむ、と唇をつぐんだ。

「まあ、今の話は仮設の幾つかが完全に妄想だから……まだどこにも出してないけどね。ここが発表できれば今より少しは認めて貰えるんじゃないかなって思うんだよね、あたしの研究……」

 ツタは人差し指と中指に挟んだマーカーをチラチラと揺らして、言葉を濁した。
 
「面白いお話でした。いきなり押しかけちゃったのに発表してないことまで教えて貰っちゃって……ありがとうございます」
「いいよ、別に。……あんた、東雲だっけ?こういうことが気になるなら研究部門に来れば?」
「気になってはいるんですけど……えっわたし、ツタさんみたいな仕事向いてそうですか?」
「……ま、研究の素質があるかどうかは別かな」

 前世より連綿と続く研究者へのあこがれの心に、今ピシッと亀裂が入った音がしたが気のせいだ。
 その後も、ツタの家にある本とか、土のサンプル、岩石の標本、植生分布図なんかを食い入るようにしてみていたら時間はすぐにたった。ツタの家にあるものは全てが面白かった。きっとその足で全て収集したのであろう膨大なサンプルの数々と、採取地が記されたファイル、地層の断面図、成分分析の散布図、鉱物の薄片と偏光顕微鏡。化学実験室や物理実験室にはないものばかりだったけどどことなく懐かしくてその空気に少しほっとした。
一方コゼツは、彼女の研究にもこの部屋にも何の興味もないらしく、団子を食べた後は手持無沙汰に出窓から(わたしがどいた後コゼツが出窓側の椅子に座った)外を眺めていたが気が付いたら眠っていた。むしろ地層の中に縦横無尽に溶け込んで摩訶不思議なことができる癖に何故興味がないんだ。なんで。
 ツタは、そんなコゼツに気づいて毛布を掛けながら「この子って友だち?弟?」「不思議な感じがする……人間じゃないみたいっていうと変だけど。土に近い感じ…ごめん、さすがに失礼だった」と言って物珍しそうに髪の毛や皮膚をじろじろ見た。見る人が見るとやっぱり白ゼツの名残があるのか??久しぶりにびびった。本蟲ツタ、やはり只者ではない。

「今日はありがとうございました」
「いいよ、団子ありがとう。……あたし、ここ一か月は調査でないから。また来たかったら来てもいいけど」

 帰り際、通路に出るといつの間にか隣の部屋から通路を塞いでいたハニワのオブジェは消えていて、夕焼けが赤くなっていた。ツタは玄関から見送りながら軽く手を振って、「二人とも任務、気を付けて」と小さく笑った。


 本蟲ツタさん、凄い。原作知識を持ってなきゃたどり着けないようなところまで行こうとしている。
 ツタさんの言う“チャクラとは別のエネルギー”とは、恐らく自然エネルギーのことだ。十尾の影響を受けなかった場所――妙木山や龍地洞は、きっと他の土地より自然エネルギーを感じやすい特別な場所。だいたい、この辺にいる蛙は喋れないのにあのへんの蛙ばかりお話できるし、周囲の植物も変に大きく成長していたのは明らかに土地が変なんだ。喋れる蛙。動くなの修行で石になった人間。仙人モード会得済みのキャラって誰だっけ?
 十尾は神樹のことで、神樹の実を食べたカグヤがチャクラを得たのなら自然エネルギーとはいったいなんなんだ?自然エネルギーと身体エネルギー、精神エネルギーをまんべんなく取り込んで成れる仙人モードとはなんなんだ。
 あの夜を止める作戦とは別件なのであまり考えずにいたが、言われてみると疑問が出るわ出るわ、深夜突然湧いてしまった食欲のように止まらないので、帰路の間ずっと無言で思案してしまった。コゼツは道で偶然会った友だちに手を挙げて話しかけたり、子ネジにちょっかいだしたりして、暇を持て余していた。

「完結時点で仙人モード会得済みなのは、自来也、ナルト、ミナト、柱間、ハゴロモ。龍地洞で会得したっぽいのがカブトと大蛇丸……あとは十尾取り込んだ後の六道オビトと柱間から直接吸収したマダラか。明記されてないけど綱手もだな〜たぶん〜」

 帰宅して、脳内知識と照らし合わせながら久しぶりに自主練をせずノートに今回知ったことや今考えていることをまとめてみたが相変わらず膨大すぎて辛い。三年四月から高校三年間の全ての授業を履修し始めた人みたいな感じになってる。
 フーリエ関数論のテス勉一夜でやったときより大変なのでわ…?と思い始めていた頃、不意にコゼツが簾をめくって顔を出した。

「デルタ2が報告だって」
「え?」

 デルタ2――柱間の個人情報物質を探させている連中だ。素早く扉の前に人気がないか確認してデルタ2を呼び出すと、彼は苦笑いして床から肩まで出して頬杖をついた。

「柱間細胞の実験関連施設を根のもっと深くに移動させるみたい。奪うなら明日の夜しかないけど、どうする?」
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