9歳 木の葉情報部@
副題:こっちの世界、就職活動はユルそうだけど血族絡みの差別が凄そう
秘匿レベルAの書庫に忍び込み忍術書を入手するミッションは、何事もなくあっさり成功した。
特に危険でもなければ倫理に反しているわけでもないのに、何故この術が隔離書庫にあるのかというと、この忍術の根幹を成す仕組みが山中家の「心伝心の術」だからだ。『とにかく早く盗む』という作戦もクソもない真っ正直なやり方で挑んだが、果たしてそれは成功し、班からの連絡を受けて人が来る前に書庫を出ることができた。
隠れ家に持ち帰り巻物の中を開き詳細を調べると、自信満々だったシータシリーズの三度目の正直(実際は四度目)といいますか、「開忘心の術」はまさに求めていた忍術だった。
「あれだけ書庫が広いと、盗まれた書物がなんなのか調べるのも一苦労みたいだねー」
書庫周辺の土の中に潜伏しているシータシリーズとテレパシーで会話しながら、コゼツは「まだ何を盗まれたのかすら分かってないみたい」と言った。彼は、ふもとの小河で獲ってきた魚(恐らく鮎)を串に刺して、焚火に立てかけて塩焼きにしている。
前世の感覚で、「全ての土地が国か誰かの所有地なんだからそこで得られる生産物を勝手に獲るのは法律違反では?」とか「鮎って絶滅危惧種だから養殖して増やしてるんじゃなかったっけ?」とか思っちゃうけど、忍に一般人の法律は適用されないし、外来種に駆逐されて鮎やマスが減少してるとか河川の水質汚濁でメダカがレッドリスト入りとかいうニュースをこっちで聞いたことはないので大丈夫なんだろう。
「そろそろいいかな」
コゼツが鮎の塩焼きを一本、囲炉裏を模した砂場から引き抜いてこちらに寄越した。
「うわー、普通にめっちゃおいしそう」
「普通にめっちゃ……」
「ありがとう!いただきます!」
汚したらいけないので一旦書物を脇に置いて、竹串を受け取り噛みつく。……熱い、噛みつけない。岩塩っていうの?ちょっとガリガリした塩が魚の油で溶けている。少し冷ましてなんとか食べるとすごく美味しい。
その間、ガンマが地面から顔を出してコゼツとわたしが魚を食べる様子をじっと見ていた。彼は食欲を感じないはずだしいつも通りの真顔なので、どういう反応をすればいいのか悩んだ。
さて、盗んできた巻物の内容を早速自分に試そうとしたが、会得難易度C(中忍以上レベル)、そして幻術の一種であったせいで一発成功とはいかなかった。なにせ幻術は最後の最後までクラス一位にならなかったダントツ苦手ジャンルである。前世で言うところの英語だ。
しょうがないので、次の任務まで四日間ある間にアカデミーでは習わなかった簡単な幻術を試して幻術レベルを底上げしようと思い図書館にきた。
「むりだった」
「何しに行ったんだよ」
苦手分野を我慢して勉強するスキル――根性はこちらの世界でもゴミらしく、わたしは早々に諦めて図書館から出た。コゼツはアカデミーに行っているので、今の内緒話相手は腰かけている公園のベンチ内に潜むガンマだ。
「幻術嫌いだなー」
「サエって突然無気力になるよね」
「うん」
「本体が呆れてるよ」
「うん……こっちにTOEIC幻術バージョンとかなくてよかった…」
幻術科目はTOEICまたはTOFLEで代用、とかだったら万年アカデミー生だったところだ。しかして幻術とは向き合いたくないものの、アカデミーに出かけるコゼツには”今日は夕方まで幻術の修行する!”と言ってしまっているので、このまま何もせずにいるのは体裁が悪い。
「今日はお休みの日ってことにしよっかなあ」
「お休み?何するの?」
「趣味をします。情報部に行きます」
現在気温は14℃前後、少し肌寒いが子ども体温では十分過ごしやすく、陽が当たるところにいると肌もほんのり温かい。
……春は昼間。やうやう日が照れば、白みだちたる青雲の細くたなびき、心まで温みける。病みがちなめんたるもからりと晴れ渡り、根暗なわたしもいとうれし。
つまり春のいいところはあけぼのばっかりじゃないよっていう……そういう詩だ。今思いついた。
「到着!」
情報部地理局の建物の前、木の下でヒソヒソと小声で会話して、ガンマと一旦お別れした。
「監視の目が多いなぁ〜……ボクしばらく声出さないでいるね」
「うん」
さて、木の葉の里にあるいくつかの部署の内、情報部は最も多くの施設を所有する。
イビキ率いる拷問尋問部隊や、いのいちの所属する情報収集・解析部門、ペイン戦で死んだ自来也の暗号を解読していた暗号部門も情報部の所属であり、他にも各々専門の施設を持っている。それぞれの部署には普段から従事している通常の仕事の他、里から指定された研究も並行して行っている。
それらから吸い上げられた情報を基に、情報部からは毎年様々な書物が発行され、それは重要な一次情報として活用される。秘匿レベルの低い書物は民間人用の教育機関へも公開され、後に火の国全土の教育施設(図書館や博物館、学校など)で順次公開・出版される。
そんな情報部に何故趣味で来たのかというと、つまるところ好奇心を満たすためだ。
だって地味に気にならない?ナルトの世界って、テレビはあるのにラジオがないとか、電気ガスのインフラが整っているのに新聞で「石油」の文字を見ないこととか、冷蔵庫作る技術があるのに何で移動が徒歩なのかとか不思議がいっぱいコレクション。いくら忍の足が速いからって移動手段が発達しないのはどういうわけ?わたし、気になります!(引用:氷菓シリーズ)
もちろん“不思議”自体はそこら中に、それはもう探す手間も省けるほどそこいらじゅうに転がっている。例えば目下の大問題である『うちは一族が何故滅ぶしかなかったのか』とか、『仙人モードって結局なんだったの』とか『白眼の進化版である転生眼は月の大筒木ハムラとその子孫トネリしか開眼してないけど何故木の葉の日向一族で開眼できた人が一人もいないのか』とか『リンボって何』『黒ゼツって何』『vsカグヤ戦で戦ってたときの別世界ってどこの何』とか……まあとにかくたくさんある。ただこれらの殆どは少し調べたくらいでは分からないものなので、とりあえずは今原作では明らかにされなかったこの世界の概観について知りたいのだ――不思議で不思議を迎え撃とうではないか。
「こんにちは。下忍になったばかりの、東雲サエです。情報部の資料を見たいです」
「はい、こんにちは」
実は、前にも来たことがある。
そのときは受付の人にちょこっと質問したけど、”あ、わたしそういう仕事じゃないんで”みたいな困った顔されたので、今回は、優しいお姉さんの親切に甘んじるのはやめて誰か他の人を捕まえるつもりだ。とりあえず、資料室の閲覧申請をして(有名忍一族の人間ではなく一般出身だとこういうとき少し手間取るが、今回は忍の証である額当てがあったので楽々パスした)部外者カードを首を下げて一階廊下の突き当りにある小さな部屋に入った。
以前閲覧室に入ったときは、『火の国辞典』という「あ」〜「わ」まである全52冊の大判総合辞典を読み始めたのだが、下忍なりたてのぼっち9歳には場違いな部屋の雰囲気にあてられたこと、そして上忍の男たちが数名居たことで妙に気まずさを覚えたため一時間もしないうちに部屋から出てしまった。そのときにいた男たちの中で、1人だけ上忍ベストを着ておらず部外者カードをぶら下げていない男がいて、多分あの人がここの閲覧室の説明係か、情報部の案内役だったのだと思う。だから今回、あわよくばその男の人を見つけて色々質問するか、次回の案内のアポを取りたいと考えていた。
果たしてその男はいた。
三十路手前くらいのお兄さん?おじさん?がこちらに背を向けて、台車に載せた重そうな本を棚に戻している。ソワソワッと辞典が並ぶ棚の前に来ると、彼はこちらに気付いてにこにこしながら近寄ってきた。
「こんにちは。何か資料をお探しですか?」
お兄さん(暫定)は、まずはあまり近づきすぎない場所で滑舌よく話しかけ、わたしが「世界の歴史について詳しく知りたくて」と答えると、頷き、今度は腰を屈めて目線を合わせる。
「歴史書なら、図書館に行った方がいいと思いますよ」
「図書館はもう行きました。里の歴史じゃなくて、この……星が出来たときからの歴史がしりたいんです」
「なるほど……。それなら図書館にはないかもしれませんね。良かったらわたしが少し説明しますよ」
「………」
彼は、『火の国辞典』の「こ」「し」「て」の本と、あと一冊別の薄い本を取ってわたしを手招きし、部屋の中央付近に点在する丸テーブルに座った。
「僕はここの職員で、今も勤務時間ではあるんですが……人を待っているのであまり早くに仕事を終わらせても暇なんですよ。今日はもう、そこの本を片付けるくらいしかすることがないので」
「暇なら、お昼寝とかご飯とか食べればいいのでは」
「それも暇なんです」
「……なるほど」
ワーカホリックな青年は少し早口でそう答えると、だからつまり今から子供の疑問に答えるのになんの支障もなければ対価もいらないのだというニュアンスで「じゃあ、いいですか?」と聞いてくる。説明に入る体勢を整えた合図のようにわたしの顔をちらと見たので、頷いて彼に言葉を促した。
「君は星が出来たときからの歴史って言ったけど、それは星が出来てから人間が誕生するまでの時間が、とても長いことは知っています?まず、僕の担当は電力の管理なので、特に人間が誕生する以前について詳しいことは説明できません。なので簡単にあらすじをお話して、参考になる本を勧めることになります」
「あ、はい。じゃあ、人間が生まれる前のは自分で読みます。人間が生まれた後の歴史が知りたいです」
「わかりました」
彼が何かメモを探す素振りをしたので、素早くリュックから予定帳を出してメモ頁を差し出した。彼はそこに何冊か本の題名を書いてくれた。
わたしはノート――時系列や議事録が記されているノートではなはい方の、図書館で収集した知識を集めた誰に見られてもいいノート――を開いてメモの体勢を取ると、彼は話し始めた。
「じゃあ人間の歴史について、説明しますね〜」
約一万年前……人類の誕生
約四千年前……神樹が生える(※神話の類であり史実とは異なる説あり)
約二千年前
(道暦一年)…六道仙人の誕生(※同上)
月ができる(※同上)
第一次天変地異
約千年前
(道暦千年)…忍宗の終わり
第二次天変地異(※これを第一次だとする説あり)
約800年前…… 後の火の国王朝ができる
一藩一城の大名システムができる
武装勢力としての忍が現れ始める
約500年前…… 火の国統合
藩同士の争いが激化
約400年前…… 新世界の壊滅(※これを第三次天変地異とする説あり)
渡来人の増加
約350
〜56年前……忍族戦国時代
彼の話をまとめるとこうなった。青年曰く、昔のことはまだ詳しく分かっていないので様々な学説があり、今後も新発見によっては少しずつ解釈が変わっていくそうだ。
まず、神樹や六道仙人の話は、前世でいうところのノアの方舟やイエスキリストのような位置づけで――キリストってよりも仏教が近いかな?脇の下から生まれた的な?――、つまりダーウィンの進化論の対極に位置する存在として科学者からはまともに受け入れられていないようだ。しかし、目に見えないものが往々にして人々の支えになるように、幽霊や神話の話をわざわざコテンパンに否定する必要がないので今もその類の本は図書館に置いてある。そして、学者や宗教関係者、民俗学者の間で様々な証拠を持ち出しては『神樹はあったよ派』『なかったよ派』で日夜議論を繰り広げているらしい。
ま〜〜〜あれだな、神樹があったって知ってる身としては凄くこう、ズルいことをしている気分になるけど、その辺が気になっている方々にはとりあえず朗報と伝えてあげたい。あと13年!あと13年生きれば神樹生えるから!!歴史的瞬間をその目で確かめられる、最高の経験ができるから、あったよ派もなかったよ派も一生懸命生きて。
しかし、気になるワードが幾つかある。まず月が出来きたのがやっぱり遅い。
前の世界では、月ができたのは多分地球が出来上がったと同時かちょっと後くらいで、少なくとも人類が産まれてからではなかった。そんな新しくないよ月は。経緯は、地球と同じように公転しながら塵が集まってできた説と、出来上がりつつあった地球に惑星がぶつかってそれと一緒になったり砕けたのが集まったりしてできた説とあったような気がしたけどとにかく生命が産まれるよりずっと前に月は完成していたはずだ。
次に、『天変地異』ってなんだろう?天地がひっくり返るようなことがあったのだろうか?それに『新世界壊滅』ってなに?串カツ屋さんとかがある方のヤツ?海賊王になる方のヤツ?
「だいたいー、こんな感じですね」
「質問があります」
「はい」
「まずこの天変地異ってなんですか?アカデミーの歴史の授業だと、里設立以前のことはあまり習わなかったし、それでも火の国が統合してからのことだったので……」
「あぁ、うーん、そうですね」
彼は「て」の本を開き、『てン-天変地異』のページを開くと文字を指でなぞった。
「天変地異とは、”実際何があったのかがまだハッキリしていない、非常に大きな地殻変動/激変”のことです。日常生活で使う言葉としての”天変地異”とはまた別物で、大規模な地震や火山噴火、尾獣被害などがあったと結論づけられています」
「そうなんですか……」
彼は、『天変地異』については過去の文献を見ても分からないことが多くて、自分でもあまり説明できないことを申し訳なさそうに言った。わたしは「とんでもない」と首を振ったけど、なかなかに表情が乏しい青年の表した貴重な感情表現――能面からしょんぼりした顔へ――だったのでもうちょっと申し訳なさそうな顔を見てみたい気もする。
それにしても……何があったのかがハッキリしていないのに、何故それが『天変地異』と分かるのだろうか。しかも、それらしい異変が二度、三度起こっているなら、その間に人類はどのくらい打撃を受けたのだろう。
「”天変地異”について詳しく載ってる本で、おすすめありますか?」
「う〜ん……」
青年はそこで少し口ごもり、眉を顰めて、「ないことはありませんが」と続けると、先ほどの紙にサラサラと何かをメモして「本を読むよりも、直接聞いた方がいいかもしれませんね」と言った。
「もしも……もしも、どうしてもそのあたりが気になるというなら、ここに手紙を出してみてください。返事が返ってくるかも、会ってくれるかも分かりませんが、少なくとも”天変地異”について里内に詳しい文献はないと思います」
「えっ……と、この方は…情報部の職員さんですか?」
メモには簡易住所が書かれている。
木の葉隠れには電話が通っていないし、当たり前だがFAXもないので、人や動物で運ぶ手紙が主な通信手段だ。しかし些細な用事の連絡を取り合うために一々住所を明らかにしたくないという人が多く――メールアドレスを複数使い分けるようなものだろう――、住所の表記は二通りある。
一つは、『木の葉隠れ〇〇区××番地アパートクスノキ201』のように、前世と同じような正式住所。そしてもう一つが、B-1-245のように数字だけ当てはめた簡易住所。後者は、仕事や簡単な連絡などで重宝し、この数字の羅列は郵便局の人しか実際の住所と照らし合わせることができない。どのようなアルゴリズムで数字を割り振っているのかは知らないが、『里に張り巡らされている結界の境界ポイントごと』だとか『火影邸を中心に角度で決まっている』とか色々な噂があるらしい。
よって、皆日常の様々なシーンにおいて、所謂フリーメールのような扱いでこの簡易住所を用いていた。
「『本蟲ツタ』ってヤツで、天変地異研究者の中でも変わり者です……まあ望み薄だと思うけど一度コンタクトを取ってみたらいいんじゃないでしょうか」
「ありがとうございます!」
苗字からして本の虫っぽい雰囲気が伝わってきた。わたしはそのメモを大事に受け取ってほくほくしながら顔を緩めた。たのしみ。
「さて、えー、他に質問は?」
「はい。新世界ってなんですか?」
「まず新世界というのは……」
青年は「し」の本を開いた。
「かつて海の向こう側にあったもう一つの大きな大陸です。これがこの星の正式な世界地図ですが……」
そこには、メルカトル図法で長方形に歪められたよくある世界地図が載っていた。アカデミーで、まるで世界地図であるかのように使われていた地図はやはり局所的な小さな地図で、実際はあの地図の4倍程度の大きさがある。ナルト世界全体の地図は、大きな陸地が二つあって、真ん中に太平洋のような広い海があり、そのうち、片方の陸地が忍五大国のある”和大陸”で、もう片方が”異邦大陸”と言われていた。
「この地図、図書館であまり見かけなかったんですよね」
「あってもあまり意味がないからかもしれないね。今わたしたちが異邦大陸と呼んでいる場所は、古い文献では”新世界”と呼ばれていました。でも、約400年前に何か大きなことが起こって、あまり人が住んでいないそうです」
何か大きなことってなに。これも天変地異のようなヤツ?
「渡来人の増加っていうのは、じゃあ、この新世界から海を渡ってこっちに移住してきた人々ってことですか?」
「そうですね。異邦大陸との交流はもっと昔からあったそうですが、その”何か”のせいで人口が激減したのか、地割れや火山噴火などの急激な地殻変動によって緑が減ったのか、とにかく今はあまり行われていません。しかし、渡ってきた渡来人の多くがこちらの大陸に土着して広く散っていったので、木の葉の人間にもその血が流れていますよ」
「へぇぇ…例えば誰の子孫が渡来人、とかわかるんですか?」
「有名な一族だと……四代目様の波風一族は、その血が濃厚に残っていますね。あとは、苗字に”海”や”潮”が入る一族です。苗字というのは元々忍が一族単位で生活していた頃に、住み着いていた土地や生活習慣などから取っているので」
「えっ……エッ!」
そうか〜〜〜!あの金髪と青い瞳って凄く外国人ぽいなと思っていたけど、元々和大陸の人間じゃなかったのか。めちゃくちゃ納得した。あと、この星急激な地殻変動起きすぎというツッコミはしないことにします。人がいなくなるほど地面が割れて火山がボンボン噴火するって星不安定すぎるし火山多すぎでしょ。
「後は、雷の国にも渡来人の血が混じっているとか」
「雷の国。あー、エーとかビーとかありますもんね」
「よく知っていますね、多分そうだろうと言われています」
「じゃあじゃあこの、偶に使われている幾つかのカタカナ言葉は、英語……じゃなかった渡来人の言葉ってことですか?」
「恐らくはそうでしょうが、もう火文字や和語とくっついたり改造されたりしていて区別の意味はないと思います」
「火文字?……あ、火文字ですね、はい」
ここでは、火の国で昔使われていた言葉を『火文字』と呼んでいる。
雷の国、風の国、土の国、火の国が属する和大陸では、共通言語として和語が用いられているが、まだ言語が統一する前はそれぞれ国ごとで別の言葉を使っていた。しかし、地続きであったからか言語が似てくるのも早く、またその間二度の『天変地異』により文明が二回”終わった”ため、その都度人口が激減し民のシャッフルが起こり、そして殆どの人間が共通の口語を喋る今の状態に至ったようだ。
あれだ、イメージ的にはヨーロッパ。
「他の質問はいいですか?僕が説明できるのはこのくらいの、ざっくりしたあらまし程度ですが」
「はい。あとは自分で調べてみます!」
「理解できますかね」
「できなかったらまた聞きにきます」
「僕はいつも暇しているわけじゃないのですが……」
わたしは、胸の中でこの人が知らない知識とも結びつけて改めて人類の歴史を思い描き、一つの仮説を立てた。しかしこの仮説を正確にするには、頭の中の原作知識が足りない。
彼はその後もいろいろと脈絡のない質問に答えてくれた。彼のここでの仕事は、発電所の管理とより効率の良い発電方法の研究だそうなので、電力関係や鉱物資源の質問をした。
「敵対してても輸出入ってやってたんですか?」
「いえ、戦争中貿易はありませんでした。そのせいで、土の国では多くの餓死者を出したとか……。わたしたちは新しい視点や事実を見つけることが仕事で、それをどのように用いるかまでは誰かに強いることなんてできませんけど、自分たちの開発した技術で人が死ぬよりも多くの人に幸福になって欲しいと思います。だから、今度こそ次の戦争など起きずに平和になってくれたらいいんですけどね」
青年は抑揚なく淡々とした口調でそう言うと、すこし耳を赤くして視線をさまわせたので、わたしは見なかったことにしてメモを取ることに必死なふりをした。
まだ分からないことはたくさんあるが、自分一人で調べるよりも人に教えてもらうと理解も捗る。これでまた、調べものの効率もあがるというものだ。めちゃくちゃいい経験をしているなぁと噛みしめていたら、青年がチラと時計を見た。
「あ!もう時間ですか?」
「うーん……そうですね、そろそろ」
「今日は本当にありがとうございました。とても助かりました」
「いえいえ、マクロなスケールの物事についてはまだ分かっていないことや不明なことが多いんですよ。興味があるなら東雲さんも是非将来情報部に来てください。特にさっきの天変あたりは本当に人が少ないし」
彼はシャーペンの尻でトントンとノートを叩いて僅かに笑った。「部署も小さくて人気もあまりないので、チャンスですよ」と続けてくるが、いや別にそこに就職したいとか考えてないし、それってつまり全然予算が来てないってことじゃん!!
考えてみますと答えた。
「まず研修を受けて、特別な試験に合格しないといけないけど、中忍以上なら誰でも受けられます。はいこれ受験要綱」
やけに手際がいい彼から書類を受け取ったが、果たしてそれまでに里に居られるかどうかが問題だ。
帰った後、まず口添え頂いたチャンスを逃さぬべく『本蟲ツタ』さんにお手紙を書いた。気分転換もできてちょっとすっきりしたので、今度こそ真面目に幻術の練習を積み更に一周間が経った。
その間、下忍がやることと言えば任務なわけで、
「イタチもヨウジ君も優秀過ぎて任務が楽勝だな〜!」
「東雲、幾ら二人が優秀でもそんな態度はいかんぞ。まあお前のそういうノンキなところは長所でもあるけどなぁ」
「サボっていたら自分の力がつかないぞ」
「うん、イタチの言う通りだ」
隣の歓楽街まで木の葉の里民を護衛する任務にあたった帰り道、温泉まんじゅうをみんなで買ったり、
「ヨウジ君ちって油女一族じゃん。ちょうちょを扱う忍術もあるの?」
「当然だ。蝶も紫外線を見ることができるからな、油女一族の使う蟲として申し分ない」
「へぇ〜!なんか素敵……」
「毒を餌として育てた蝶を使うくのいちがいると噂で聞きましたが、その鱗粉を吸うと一分で死に至るというのは本当なんですか?」
「本当だ。油女一族の忍術は個人差が大きい」
水の国に商売に行きたいというエンジニアの護衛の任務の帰りで野宿したりした。
霧隠れとは同盟締結前だったため霧の忍に遭遇すると面倒なことになる可能性があって、本来四交代制の不寝番で「僕が二人分面倒見るから君らは二人分を四人で回してくれればいいよ」と水無月先生が言い出したので(これは本当に警戒してるな)と驚いた。道中途中で大雨に見舞われて一晩あばら家で泊まったりして、この任務は今までになく緊張感のあるものに終わったが、生憎大きな負傷はなく乗り越えることができて、三班のメンバーとは少しずつ距離が縮まっていった。
任務にあたっているときも毎晩幻術の練習をしていたのだが、わたしは特に「今から幻術の練習するんで!」とは宣言せず勝手に行っていたからか、みんな少し不思議な顔をしてこっちを見ていた。もしかしたら水無月先生が何か――うちは一族だしアドバイスしてやったらとか――言ったのか、それともただ単に見かねたのか、何度かの夜が過ぎた頃にイタチが声をかけてきた。
「幻術はチャクラを練るときのような感覚とは少し違う。自分の身体に流れるチャクラを意識して、丹田ではなく脳に集中するんだ」
「脳に……?」
「幻術の初歩は、自分を騙すことにある。アカデミーで教わっただろう」
騙すって言ったってなあ。
「日常で、これに似てる!っていう感覚はなんかない?」
「……幻術の初歩をそれ以上わかりやすく例えるとなると…」
あー。じゃあ例えば、朝目を開ける前に、「実は今日の任務は勘違いで、本当はオフだったとかじゃないかなあ」とか何度も考えてソッと薄目を開いて今日の予定を確認したとき、みたいな。あの時の、「今日の任務は勘違いだった」を強く煮詰めた感じのやつが幻術??
「少し違う」
「違うか……それじゃ、楽しみにしていた新作の口紅を付けて鏡見た時、一瞬なんとなく似合っていないような気がしないでもない…が、でも似合ってると思い込んでお出かけするときみたいな感じ??」
「……そこは経験がないからわからないが」
「東雲はそこまでして幻術を覚える必要はないんじゃないか?下忍にすらなってしまえば、あとは得意なところを伸ばした方がいいと俺は思う」
とうとう向こうの木の根っこに丸まって寝ていたはずのヨウジも、口を出してきた。
「あ、ごめんヨウジ君。もしかして起こした……?」
「確かに起きたが気にするな」
目元が黒いサングラスで隠れてると、起きてるか寝てるかわからないんだよな。
「申し訳ない……今日は遅いし、わたしももう寝るね」
「いや、元はと言えばオレが声をかけたせいでもある。悪かった」
「いや……俺は元々眠りが浅い」
何故かイタチとヨウジが謝り合っていてちょっと可愛い。
「二人とも色々ありがとう。進研ゼミ幻術講座、苦手科目克服のため頑張ります…!」
そんな感じで意気込んだらヤレどうしたことか、不思議と二人のアドバイスが効きさらに一周間が経った後、とうとう鏡の中の自分にかける幻術が施術開始から深浸までおよそ一秒もかからなくなった。記憶を取り戻してから早7年、こうしてわたしは喉から手が出るほど欲しかった記憶精査の術「開忘心の術」を習得、己に術をかけることに成功した。