9歳 / 第三班B
副題:スピード退院

 日向の一件が終わったのでイプシロンシリーズはお役御免となったわけだが、イプ1が死に、イプ3は家政婦の中、イプ4はかかりつけ医の中、イプ5は雲隠れに潜伏中と全員が暇を持て余しているわけじゃないので、現在フリーのイプ2だけを他の計画に流用することにした。

「イプ2をどっかに合流させるかな〜」
「あいつ妙に生意気だから文句言いそうだね」
「いいよ、元気だし」

 コゼツは、アカデミーが終わる三時半過ぎになると毎日、何かの果物を持ってお見舞いに来る。入院二日目には、初音ミク(仮)ちゃんーー本名:紫ちどりーーと、犬塚ハナと、あとは何回か喋ったことのある男の子や女の子がお見舞いに来て5羽の折り鶴をくれた。全身火傷と言えどこの世界では軽傷の部類なので、どうも話が盛られている気がして申し訳なく思ったが、9歳の子どもたちから注がれる純粋な感情を受け取ると、それは何物にも勝る良薬になった。
 瞳がぱっちりしていて、顎が細く、鼻筋が通って、透明感のある健康的な肌によりこの世界指折りの美少女だと思う紫ちどりちゃんは、そのツインテールから連想して「初音ミク」と呼んでいたので、本名を知った後も依然仇名が「ミクちゃん」だ。彼女はそれを許容してくれたからか、何故か何人かの子供たちもわたしを真似て「ミク」と呼ぶ。

「ミク、そろそろ帰らなきゃ」
「そうだね!じゃあね、サエちゃん」
「ばいばーい」
「ばいばい、ありがとね〜!」

 元ネタを離れて言葉が独り歩きするのって、こういう感じなのかな……。自分も、発祥が分からないネットスラングを使いまくっている自覚がある。
 うちは一族滅亡の夜に向けて計画の殆どが未だ情報収集の段階で止まっていたところ、漸く”色々と報告がある”というのだから早く隠れ家に行ってその詳細を知りたかったが、動くこともままならないほど痛みが激しく、3日間は病院で寝続ける生活を余儀なくされた。
 しかし、安静にしていれば一週間もせずに退院できますよ、との看護婦さんの言葉を聞いて、全身火傷でこれほどのスピード退院とはやはりチャクラ最強だと思い知る。先生のお言葉の通り、絶対安静を遵守して三日間大人しくしていたら、塗り薬と飲み薬を処方され4日目の昼無事退院の許可が出た。
 母が病院まで迎えに来てくれたので、2人で一緒に帰路についた。真っ青な顔をしてぎこちなく笑う様子を見ていると、忍者の子どもを持つ親の心境はいかようなものかと改めて考えてしまう。母は、「コゼツに聞いたときは、お母さん、心臓止まるかと思ったわ……まだ任務も始まってないのにそんなんじゃ、心配してもしきれない」とか、「でも、無事でよかった。ええ、無事でよかったねぇ」とか言って、普段通りを心がけていたようだった。
 多分、”忍なんだから、こんなの日常茶飯事だ”と自分に言い聞かせているし、”こうなることは分かっていたんだから、今更動揺するなんて母として覚悟が足りない”と戒めている。木の葉隠れの里は火の国が擁する巨大軍事施設であるため、そこに住む一般人というのは大体が、怪我や精神疾患や何かしらの理由により引退した忍だったり、そういう忍の需要を求めて商売に来ている人たちだ。
 よって里の総意として、子供が出来たら忍にさせることを奨励しており、それは半ば義務に近いものになっている。
 東雲家は、母と父の実家も含めて、母の義妹の父親が忍である以外、全員が一般人の家庭である。血統がその実力に直結するこの世界では、特に秀でた遺伝子が認められない一般人に里が期待することは人的資本としての貢献ではなく、人的資本を育む城下町としての貢献の割合が高いので、忍一族の家庭ほどそういった期待や義務は少ないが、それでも、そろそろ忍を輩出しなければならないと思っていてもおかしくない。
 しかし、うちの両親は周囲の人間に迷惑が掛からない程度には子どもの意思を尊重したい人たちなので、わたしが忍に対して興味を持たなければ、まるで保育園の次は小学校に進むのが常識であるかのようにアカデミーに入れることはしなかっただろう。だから、わたしが『忍になりたい』と言ったことにほっとした一方で、その命がいつ失われてしまうかと心配で仕方がないのだ。

「すごーい!もうツルッツルだ!」

 帰宅した後、母の手作りご飯を楽しみにしながら、洗面所で蛇口をひねり腕をまくったらそこには元通りの白いプニプニお肌があった。医療忍術すげえ。
 なんということでしょう、あれほどグチャグチャだった火傷跡が、幼女み溢れる薄桃色の柔肌に大変身〜!

「火傷した後ってムダ毛がいっぱい生えるらしいよ」
「……コゼツさん。あなたは…なんでそれが女子の心を的確に抉るってことまで知ってるの?」

 白ゼツにデフォルトで備わってる知識広すぎだろ!やめてよ、前世でまだ使い切ってない脱毛コースのこと思い出しちゃうじゃん!
 ジャーッと激しく飛び散る水流に手を当ててコゼツにひっかけるようにして遊んでいたら、再び玄関が開いて父が帰ってきた。「「おかえり〜!」」と声をハモらせると、「お、退院した?」と嬉しそうな声が聞こえる。洗面所の扉がガラッと開いて、「ねーお父さん見て見てー腕が!」と見せつけたら、

「腕がどうしたの?」
「えっ、お姉ちゃん!」

 ユズリハがいた。わたしも手洗う、と言って入ってきたので場所を入れ替える。ユズリハは、うちは一族がよく着ている襟ぐりの開いた紺色の服を着こみ、髪を右側でふんわりとゆるく結んで前に垂らしている。

「髪伸びたね〜」
「でしょ?ちょっと忙しくて、髪を切りに行ってる時間がなかったから、この際思いっきり伸ばしてみようかなって思ったの!」
「あーほらサエが火傷するから、ユズリハがびびって帰ってきちゃったじゃん」

 薄ら笑いながらおちょくるように言うコゼツのつむじを、肘でぐりぐりしながら「おねーちゃん見てみて、肌すっごく綺麗に治った!」とお腹を捲って見せると、ユズリハは後ろを向いて心配そうに「ほんとに〜?」とむつかしい顔をする。

「お姉ちゃんも昔ちょっと火傷したけど、そんなにすぐに治ったかなー」
「ほんとだよ、なんか凄い医療忍者の人がぱーってやったらこうなった。もうすっかり元通り!」
「そう……、お見舞い行けなくてごめんね、本当はすぐに行きたかったんだけど……」
「いいよ、っていうか、全然平気だし!3日で退院しちゃったしさー命に別状ないやつだから」
「そうそう、見た目は派手だから重傷に見えるだけ。サエそういうのうまいからなぁ〜なんか大袈裟なフリするやつ〜〜」
「うるせーよ!さっきからなんなんだよ」
「あんたたちって……本当に仲良しねぇ」

 手を洗い終えた姉と三人で台所に向かうと、まだ姉が結婚する前の頃を思い出して懐かしくなった。トマトの匂いが香る部屋の中に入ると、「ほら全員座って」と母に言われるがままにテーブルに着き、眼前にことりと置かれた黒い皿の中にはロールキャベツ。これはうまいやつ……ふと見渡せば、テーブルの真ん中には姉が好きな胡桃入りの固いパンが入ったカゴがあり、ゴミ箱からは近所のケーキ屋さんの手提げ袋が覗いている。母は、プチ退院祝いをしている気分なんだろう。

「あんた、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、ヤクミさん任務中だから。帰宅は明後日かな」
「亭主元気で留守がいいってね」
「サエちゃん、そんな言葉どこで覚えたの?」

 前世で……。

「ズグリ手洗ってなくない?」
「ああ、じゃあ洗ってくる」
「もう本当汚い!なんで手洗うの忘れるの?」
「ばっちぃねー」
「ねーばっちぃねー」
「だってお前たちが洗面所使ってたから……」

 お父さんのことを”スグリ”と呼ぶのはコゼツだけだが、最近それをネタのように使うのが我が家の流行だ。
 甘い春キャベツにつつまれた手作りの肉餡、そして酸味のあるトマトスープに染み込んだ出汁がほっこり温かくて、ロールキャベツはとても美味しかった。姉は胡桃が好きなのだが、木の葉の里には何故かあまり胡桃の入った食材が売っていないので、食卓に並ぶことはとても珍しく、よってユズリハはパンを一杯食べていた。パンじゃなくてロールキャベツを食べなさいよと母が少し不機嫌になったが、その後コゼツが上手い具合に話題転換をしたおかげで久しぶりの『東雲家だよ!全員集合』は円満に終わることができた。本日のMVPはコゼツに差し上げたい。

「あ、お姉ちゃんどこに寝る?」
「サエの部屋に布団敷きなさい」
「じゃあボクもサエの部屋で寝よ」
「は?狭い」
「よーしコゼツはオレと寝るか」
「えーそれ誰得?」
「お前……サエみたいなこと言うなよ…」

 結局、ユズリハはわたしの部屋に布団を敷き、コゼツは父の部屋に布団を敷き、コゼツの寝ていたベッドは空いたままという謎の配置になった。なんというか、いや別にいいんだけど、密度が偏っている。偏っているのがムズムズする。

「そういえばさー、お母さんが連絡したの?怪我のこと」

 小さなオイルランプが橙色の炎をくゆらせる暗い部屋で、天井を向いたまま話しかける。

「イタチくんが教えてくれたの。ほら、イタチくんのお父様がフガクさんでしょう、それでヤクミがその補佐をやってるのね。だから、結構頻繁にうちに来るのよ……」
「へぇ……」

 隣に姉が寝ている、という事実が、わたしの胸をいっぱいにしていて、まるでホカホカの湯船に全身を委ねているような安堵感がある。

「イタチがフガクに、フガクさんについてきたってこと?」
「そうよ。たいていが、多分外で済ませたいお話が終わらなくて、ヤクミがフガクさんを誘って家に来て、玄関で少し話して帰っていくのだけど、イタチ君もそこについてくることが多いの」
「そうなんだ。イタチなんて言ってた?」
「”俺は四月からサエと同じ班になったのですが、先日の演習でアイツが怪我をして、今入院しています”って。びっくりして、どんな容態なのか聞いたら、”全身火傷”だって言うから本当にびっくりしたわ……」
「ちょっと特攻しちゃって……」
「危ないわねぇ…あぁ、危ない……お姉ちゃん心配だなぁ…」

 なるほど。もしかしたらイタチは、わたしの入院をユズリハに伝えるために、フガクさんに着いてきたのかもしれない。考えすぎかもしれないけど、どちらにせよ後でお礼を言っておこう。
 その後もぽつぽつと他愛のないことを喋っていたが、途中で意識が遠のいて、どちらからともなくおやすみを言った。



 翌日、早速隠れ家に行ってシータシリーズ、デルタシリーズからの報告を受けた。コゼツのアカデミーが終わるのが3時半なので、その時間まで自主練してから合流し、作戦会議を開こうと思っていたが、コゼツが当たり前のようにアカデミーを休んだので昼まで自主練をして隠れ家で弁当を食べた。

「あれぇ、何回目だっけこの話し合い」
「えーっと待って、ノートに議事録がある」

 鞄の中からノートを引っ張り出して、ぺらりと捲ると、ノートの背表紙と紙を塗り合わせている部分が剥がれそうになった。今まで気づかなかったが、もうノートのページ数も残り少ない。

「12回」
「まだそれっぽっちかー」
「ね、結構やった感じあるよね」

 だいぶくたびれてしまった表紙を撫でて、このノートもそろそろ新調しなければならないな、と思う。新調と言っても二冊目のノートを用意するのでは芸がないので、封印用の巻物に内容を移して、パスワードとIDを入力できるような細工を施し守りを固めたい。しかし、簡単に移すと言ってもその媒体が紙であるし、忍文字でもなければ封印用の墨でもないただのボールペンで書いていたので、PCみたいに軽くドラッグ&ドロップできないのが面倒くさい。
 さて、シータシリーズからシータ1、デルタシリーズからはデルタ1を呼び出してそれぞれ報告を聞いたところ、まず、

@記憶精査について(シータ)
・木の葉中央図書館併設書庫、閲覧レベルAの棚に文書がある。
・頭の中から忘れた記憶を取り出す『開忘心の術』、会得レベルB。
・書庫Aは結界が中忍以上しか見ることができないため、結界が張ってあり侵入者があると警務部隊に連絡が入る。だいたい2〜3分で駆けつける。
・山中一族所有の蔵にも蔵書在り。

「閲覧レベルAの書庫……って、前回も行かなかったっけ」
「あそこはBだよ。Aは結界が張られてて簡単には入れ込めない」
「なるほどー。うーん山中一族の蔵ってあれだよね?山中いのいちの実家の、松で囲われた庭の隅にあって、裏に林がある……」
「そうそう、それ!」

 フム。
 山中一族の能力は諜報活動に大きく役に立つので、どの里もその忍術の仕組みを狙っており、うちはや日向ほどではないにしろ生きた機密情報として里内外からの監視が厳しい。さらに山中家の人間は感知タイプが多いため、接近するのはなるべく避けたい。

「順当に書庫だね」

 頭の中で出した答えを代わりにコゼツが答えたので、わたしは頷くだけでよかった。
 今回は、作戦立案というほどの作戦もなく、サッと入ってサッと盗みサッと逃げるだけである。結界が張られていないときはその場で書物の内容をコピペしていたが、今回はれをする間はないので後日戻しに来ることにして、スピード強盗の手順を適当に打ち合わせた後シータシリーズには決行の日まで待機指示を出して帰らせた。

「はぁ〜約300日連勤ほんと大変だったぁーこんなに働いたんだからさぞかし凄いボーナス貰えるんだろうなぁボク楽しみだなぁ」

 なんか最後にチラチラ見られたけど賞与なんか何も用意してないぞ。
 何をあげれば喜ぶのか分からないなと思いながら、一応ノートに『シータシリーズにボーナス』と書き込んだ。
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