9歳 第三班A
 さて、油目ヨウジをどうやって見つけるかだが……イタチ真伝によると、ヨウジはイタチの監視役としてダンゾウより遣わされた根の人間、であるそうなので、イタチを追いかければ絶対に捕まるだろう。
 わたしはまず再びイタチの姿を探すために森の中を探し回りつつ、水無月先生について考えた。
 水無月先生はヨウジが根の者だってことを知っているのか、という点だが、ダンゾウは水無月を「上忍の中でも下の方」で「優秀なイタチに嫉妬している」と評していたので(ヒルゼンは否定していたが)彼は余り優秀な忍ではなく、知らされていない可能性が高い。
 となると、先生が本気でわたしたちを落とす気があるのかどうか分からないが、ヨウジだって誰かの鉢巻を取らなきゃいけないわけだから、きっとイタチを探している筈だ。蟲使いは感知タイプ、十中八九イタチが見つけるよりヨウジがイタチを見つけるほうが早いだろうから、既に接触しているかもしれない。
 もし、イタチとヨウジが会敵して戦闘になっていたら、わたしももう一度鉢巻を取るチャンスは大いにある。ハンターハンターのゴン曰く、「獲物が獲物を狙っている瞬間を狙えばいい」。
 まさか人生でH×Hの知識が有用になるとは思いもしなかった、やはり少年ジャンプは人生のバイブルだ。

──そして十五分後。
 見つからねえ。森の中を探し回ったが、何故か2人の痕跡すら見つけることができなかった。油目一族は一族で森を所有しているほどであるから、森の中は彼らの庭と見て間違いないし、密集していて視界が悪く感知タイプではないわたしには不利だけど、それにしても戦闘している気配すらしないし音も全く聞こえない。木の葉は広くてよい演習場をお持ちですね。
 アカデミーで追跡の「いろは」は習ったんだがいかんせん実戦経験皆無なので、自分の基礎能力がまだまだ低いっていうことがよく分かった。H×Hの知識を生かすのはまた今度だ。下忍になったはいいもののわたしの行く手には着々と暗雲が立ち込めているわけだが、これで本当にやっていけるのだろうかと、不安に自然と表情をむっすりさせながら渋々森の外に足を向けた。
 では、イタチvsヨウジの戦闘の隙を狙って鉢巻かすめ取ろう作戦は中止を余儀なくされたので、水無月ユウキの持つ四つ目の鉢巻を取る作戦に移行する。ダンゾウに貶されようと彼だって立派な上忍、イルカ先生とカカシ先生(またはアスマ紅ガイゲンマetc)の間に横たわっている絶対的な実力差の壁――別名、数名の上忍による推薦書き――を乗り越えているので、まず下忍のわたしに勝ち目はなさそうだがやるしかない。
 とりあえずは、彼の戦闘タイプを知るところからはじめる。

──水無月先生の戦闘シーン、真伝にあったかなあ。

 わたしはチャクラが少ないので、一日で出せる影分身の数は3体だ。一体は小手調べとして使うとして、残り一体と本体のわたしでどうにか水無月先生の油断を誘い鉢巻を取らなければならない。使える武器は手裏剣とクナイ、起爆札が五枚。投擲武器で仕留めるのはまず無理なので、もしここで起爆札を全て使って失敗したら事実上の試験失格となることを考えると、全部使ってこの一戦にかけるかそれとも残して最後の予防線とするか、覚悟が問われるところである。
 先ほどの集合場所の時計の前に、水無月先生が何かの巻物を読みながら座っている様子を生垣の間からそっと伺って、わたしは影分身を一体けしかけた。

「おっ、俺の鉢巻を最初に獲りにきたのはサエか。はは、真正面から向かってくるとはな!」

 水無月は巻物をしまって立ち上がった。真正面から行くのは忍者として失格だぞ、と言っているが、こっちは一人しかいないので他に手がない。

「おっ、しかもお前、鉢巻取られてるじゃないか!仕方ないなぁ、ちょっと手加減してやる。でもちょっとだぞ?」
「えぇ〜ちょっとじゃなくて、もっと手加減してくださいよ先生!」
「ダメダメ、下忍はそんなに甘くない!」

 まず周囲を走りながら手裏剣を放ち、自分も続けて目標に向かって走り出す。あちゃー、わたしって手裏剣投げるとき身体が少し右に傾くんだな。だから全体的に左側に曲がっちゃうのか……手裏剣は水無月の左側を集中して狙い、彼が身体を捻って躱した方向に蹴りを入れる。

「おっ…!」

 蹴りを受けた腕に体重をかけてそこを軸にするように身体を回転させ、もう一発、二発、右と左で交互に蹴りを打ち込む。水無月は驚いた顔をして、右足をぐっと突っ張って三発目の蹴りを受け流した。あまり大きな衝撃を受けると影分身が消えてしまうので、すぐさま距離を取る。
 うーん、どう考えても取れる気がしないよ。困ったよ。

「なるほど……お前は手裏剣術がうまいな」

 影分身体が両手から出した手裏剣を全てなんなく躱して先生が笑う。水無月ユウキが弱いとか言ったの誰?イタチさんだっけ?
 わたしは木陰から影分身vs水無月ユウキの戦いを眺めながら、ポーチから起爆札を取り出した。ここで使える手札を全て使ってしまおう。こんな各上相手に勝てる気がしないが、彼も手加減してやるって言ってたし、頑張るしかない――最後の影分身を出すと、その服の内側に起爆札を全て張り付ける。そして、水無月が「そんな攻撃じゃ俺の鉢巻は取れないぞ」と笑って少し本気を出しかけたタイミングで、2体目の影分身を彼の右後方から、そして本体である自分は左後方から同時に駆け寄った。

「なっ……!影分身だったのか!」

 彼が驚く。多分、驚いたときについ手加減を忘れてしまったんだろう、1体目の影分身に骨まで砕きそうな重い蹴りが叩き込まれてポンッと消える。
 影分身が消えたときの感覚は……とても奇妙だ。記憶と実感が流れ込んで来て、その影分身が感じた痛みや疲労が身体中に染みわたる感覚。『経験値』と言うだけなら楽だが、とてもそんなにお手軽なものではない。
 朝起きたとき昨日の疲れが取れていないときのような、身体がずっしり重くなる疲労感が重石のようにのしかかってくる。一体だけでも、スタミナ云々の前に精神的に圧迫されるので、それを数十体、数千体と出せるナルトにはまっこと恐れ入るものだ。『多重影分身を出せるチャクラがある』ということではなく、『出せるチャクラがあるから出す』という実行力、それをなんの躊躇いもなくやってしまえる思い切りのよさ。彼の主人公たる所以、自来也に大馬鹿と言わせた精神的強さの一端を感じる部分である。
 1体目が消されたのと同時にクナイを投げて、なんとか先生の注意を誘導しながら影分身と本体で挟み撃ちにしたいところだがなかなかうまく位置取りが出来ない。2体同時に近づいて、鉢巻を奪い取ろうと体術で攻めるが、ひらりひらりと躱されて、寸でのところで指先を掠めてしまう。
 影分身体がクナイを投擲しながら組手をしかけている間に、背中から走り寄って鉢巻を取ろうとした瞬間、先生が何かの印を組んだ。

「水遁・水牢の術!」
「!」

 逃げる間もなく本体の方が水牢の術にかかった。水が、水球の中心に向けて引き寄せられているようだ……重くて、身体が上手く動かせず、外に手を出せない。
 先生は「さて、もう勝負あったかな」と笑って影分身体の自分に向き直った。 
 影分身体の自分と眼が合う。コゼツの別個体たちがテレパシーで連絡を取れるのとは違って、影分身とは連絡を取り合ったりリアルタイムでそっちの状況が分かったりはしないが、それでも同じ自分が動かしているので次に何をすればいいのか分かっているらしかった。
 ”わたし”はクナイを構えて、先生に向かって攻撃するフリをして――

「っ?」

 影分身体に張り付けられた5枚の起爆札がカッと光って、水無月の顔が一瞬強張る。轟音と爆風で水牢の術が弾き飛ばされ、鼓膜が破れるかと思うほどの衝撃と、刃物のような熱風に叩きつけられて身体が吹き飛んだ。
 視界の隅に見えた緑色の鉢巻を握りしめる。直接爆風を浴びることはなく、誰かがわたしを庇ってくれたようだったが、後頭部を地面に打ち付けたときに衝撃で意識を失った。



 目が覚めたら病院に居て、そこに水無月含む第三班のメンバーとお医者さんがいて、わたしに何があったのかを説明してくれた。
 予想した通り、自爆用影分身の爆発に巻き込まれ全身大火傷、医療忍術によって三日間で皮膚は元通りだが、念のため次の任務は一週間後から始まるとのことで、水無月先生には「ああいう命の危険があるような自爆攻撃はやめなさい」と注意を受けた。

「まさか……お前があんな自暴自棄な手に出るとは思わなかった」

 イタチは何を考えているのか分からないが黒い大きな瞳をわたしにまっすぐ向けて、ポケットの中から緑色の焦げた鉢巻を取り出した。

「気絶したときのお前が持っていた」
「よかったぁ〜じゃあわたし合格?」
「サエ、合格〜?じゃない。俺の話聞いてたか?」

 水無月はため息をついてまた説教し始める。「自らの命を危険にさらすような攻撃は、得てして仲間をも危機に陥れる」「あのときヨウジ君が蟲玉を使って爆風の威力を殺して、俺が君を庇ったからまだこれだけの傷ですんだものの」「だいたい影分身をあんなふうに使うのはチャクラがもったいない、起爆札は1枚でも十分威力がある、もっと効率の良い戦い方があったはずだ」云々、なかなか話が長い。

「油目さん、庇ってくれたんですか?」
「ヨウジでいい。蟲を少し使っただけだ。数千匹が死んだが」
「す、すみません……ありがとうございます」

 そ、そうか……わたしのあの特攻のせいで、仲間(の大事な蟲)が死んだのか。それは反省しなきゃいけないな。

「それで、わたしは合格ですか?」
「はぁ……うん、全員合格だよ。一週間後から任務開始だ、4月13日朝9時に第五演習場に集合!」
「「了解」」
「はい」

 よかった、合格した。これでコゼツの中に入らなくても閲覧レベルCの文献までなら見ることができるし、上忍の許可が取れればBも読める。一気に作業が捗るぞ!
 水無月は医者に何か話をして、その後病室から出て行った。油目ヨウジにはもっとしっかりお礼を言いたかったが、気づいたらミスディレクションしており忽然と消えていた。
 イタチもそのまま帰るのかと思っていたが、彼はどこか遠くを見るような目でしばらく窓の外を眺めていた。わたしの視線に気づき、ふと我に返って再びその大きな黒い瞳でこちらを見る。

「何かあったの?」
「いや……」

 早く中忍に上がりたくてモヤモヤしているんだろうか。まあ、卒業したの一昨年だし、イタチの実力はもう十分中忍だもんね。
 イタチは緑色の鉢巻を手渡して、「お前はあまり一生懸命なイメージがなかった」と言う。

「失礼な……めちゃくちゃ頑張ってるじゃないですか、こんな、普通の家のわたしが……飛び級で卒業して」
「すまない。正直飛び級で上がってきたのには驚いた。授業中もいつもぼうっとしていたし、あまり里に対する強い想いも感じられなかったから、そこまで必死なやつには見えなかったんだ」
「まあ、そこは図星だから何も言えないけど」

 苦笑いしながら呆れて言うと、イタチは片眉を上げて怪訝な顔をする。その表情の中に、”イタチ線”らしきものを認めてハッとした。やっぱりこの線がないとね!線のないイタチなんてサビ抜きの握り寿司みたいなもんだ。

「ヨウジ君は鉢巻を取れたの?」
「ああ……いや、取れなかった。お前が水無月先生とやりあってるとき、俺はヨウジに鉢巻を狙われてやりあってた。俺が影分身でお前たちの戦いを見ていたように、恐らくヨウジも蟲でそっちの戦いを見ていたんだろうな、俺が起爆札に気付いて止めようとしたらヨウジもお前が何をしようとしているのか気づいて……」

 イタチはさっと視線を逸らす。

「自然とこっちの戦いは終わった。俺はヨウジの鉢巻を取れなかったが、アイツも俺のを取るひまがなかった。だが水無月は、蟲玉で爆発を包み込んで威力を殺し、お前を守ったってことでヨウジを合格にした」
「そういう名目だったんだ」
「ああ。……お前、自分が合格することを分かってたんだろう」
「七割かなぁ。七割の確率で、この班から脱落者は出ないと思ってたけど……でも百パーじゃないから嫌じゃん」
「だから鉢巻の交換を申し出たのか」
「そうだよ!つーかさぁ、あ、そうだよ、なんでイタチ交換に乗ってくれなかったの?そうすればもっと楽に終わったのに」

 手をグーにして、オーバーリアクションで振りかぶる素振りをしたら、皮膚が突っ張って痛む。イテッ、と言って動かしていた腕をそっと布団の下に戻すと、イタチは屈託なく笑った。

「チームメイトの実力を把握しておくのは大切なことだろう。この演習で脱落者が出ないだろうと俺は踏んでいた、ならば遠慮することもない」
「………そうだね」

 わたしはイタチの実力を事前知識で知っているけど、ヨウジの使う技は知らない。イタチの行動理由はごもっともだ。
 その後イタチが帰るのとすれ違いになって、コゼツがゆっくりと現れた。
 恐らくガンマがコゼツに連絡したのだろう、彼はなんら慌てるでも急ぐでもなく、普段通りののっぺりした面構えでわたしに近づいた。

「やりすぎちゃいました」
「なにやってんの」

 彼は、この春新しく買ってもらったプルオーバーのパーカーとくるぶしまでのズボンを履いている。右手にリンゴの入ったビニール袋を持ち、黒いリュックを背負い、左手はポケットに突っ込まれている。
 コゼツは左手をポケットから出すと、包帯にぐるぐる巻かれたわたしの腕に、中指を一本、ぎゅ、と押し付けた。「痛いです」と言うと、さらにぐりぐりと押し付けながら、「リンゴ買ってきたよ」と言ってそばの椅子に座った。左手首に、コテツに貰ったというオレンジ色のブレスレットが見える。

「シータ連中が、今度こそ見つけたって言ってたよ。どうするの?その身体で行けるの?」
「えぇぇ………」

 マジか。このタイミングで……正直身体中が痛くて動きたくないけど、任務が始まったら自由な時間がとりにくくなるし、今後もこんな風に任務と任務の合間を入院で過ごすことになりかねないから使える時間は片っ端から使っていきたい。

「三日で退院だから、その後行くって言っといて」
「はいはい、早く治しなよー」
「うん……あ、わたしイタチと同じ班だったよ」
「へぇ、足引っ張ると嫌われるよ」
「別にいいよ嫌われても……あんまり支障ないもん。………はぁー、なんかだるいな〜〜〜全身が痛い」
「自業自得」
「はぁ〜〜…………」

 ぐちぐちと実のないことを喋っている間に、コゼツがリンゴを剥いてくれたので食べた。わたし好みの、酸っぱめで、まだ青いくらいのリンゴだったので、一瞬で2/3完食し、残りはコゼツの口に入った。美味しい。
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