9歳 捲土重来@
Side::雲隠れの里 雷影補佐:白昼キライ

《双峰天を貫き碧い雷を降らす》と謳われる一角鋸山は鬼の角のように二つ鋭利な山頂を持ち、いにしえの民は各々の山頂に風神・雷神を祀り畏れ奉った。高い方の山頂、雷神の頂は9千メートルにも達する世界最高峰で、現在の雲隠れの里から北を臨むと濃い青空の向こうに見ることができる。
 雷の国の真ん中を南北に縦断する山脈には、古くから、季節に合わせて山の周囲を巡回する遊牧民が住み、そのルーツは温暖気候の西岸、亜寒帯高山気候の北部、ステップ気候の東岸、温暖で平地の多い南部に大別された。彼らの殆どは特徴的な浅黒く焼けた肌をして、獣の皮で見繕った衣類にカシミヤのブランケットを纏い、凍り付いた雪山を難なく移動する。標高が高くなると空気は薄くなり、空の青はどんどん色濃く雲の上にまで到達すると昼間でも夜のような濃紺になる。鍛えられた心肺機能を持つ者でもそこは死の世界だが、彼らは大きく発達したジャイアント・アイベックスに跨り上へ上へと挑戦する。体長は大人の男の二倍にまで発達し、額から太くうねる二本の角は岩をも砕くアイベックスは、絶壁を軽々と駆け昇る強靭な脚をもつ。そして高山遊牧民たちは、澄み切った濃紺の空から雲海を眺めることを生きがいに、そこで生きて死んだ。
 彼らは麓の農民たちとは異なる強靭な身体を持ち特異な術を使ったという記録が雷の国で一時期存在した王都の書物に残っており、恐らくそれが現在確認されている中で雷最古の忍族である。
 人が住むには適さない気候だったことで目だって繁栄した都市も起こらなかったが、移動手段の発達により各国で始まった戦国時代、戦渦を逃れた移民たちが雷の国へ大量に流れ込み各地で街を起こした。彼らが持ち込んだ技術により雷の国の技術・文化水準は一気に上昇し、それに伴い人口も増加、その発展に目を付けた一部の高山忍族と移民が各地で衝突した。やがて木ノ葉の里で始まった一国一里制度の噂が雷の国にも入り、火の国の増長を危惧した当時の雷六席が最も力のあった忍族・夜月一族に声をかけ、農民や町民、移民の技術者たちと共に創設したのが《雲隠れの里》である。
 昔ながらの生活様式を知る者は今やぐっと少なくなり、死の青空を自由に駆け回っていた肉体は忍術の多様化や各国忍里に対抗する為の修行により失われつつある。しかし、雲隠れ所属の忍に与えられる忍装束の、肩から腰に斜め掛けしたヤギ革のベストには、嘗てアイベックスを操り双峰を股に駆けた遊牧民たちの白いブランケットの意匠が残されている。



――十カ月前、寒さも厳しい如月のこと。

 白昼キライは時間に余裕のある生活が好きだ。
 バタバタしたくないから、約束の一時間前には待合場所に着いているし、任務の前の晩にはいつ出発してもいいように完璧な荷造りをして、綺麗に洗濯して外に干したフカフカの布団で寝る。今日も、たっぷり寝て朝五時に起きてラム肉のサンドと野菜スープを飲んで雷影邸に赴き木ノ葉との取引を終えて帰還する小隊を待つ筈だったが、昨晩早鷹がとんでもない報告を届けに来たせいで徹夜のまま風呂にも入れず“一本満足兵糧バー”を片手に朝まで会議する羽目になっている。

「ふざけるなぁぁ!!!!」

――ま、そうなりますよね。
 ウガイ小隊の帰還の知らせが雷影邸に届き、扉が開いたと同時に落雷のような怒鳴り声と共にテーブルが壊れ窓ガラスに向かって放り投げられた。
 雷影、エーの傍で小隊を出迎えたキライは、雷影秘書の夜月サトイと無言で眼を合わせる。キライと同様、サトイもほぼ徹夜で木ノ葉対策を練っていたので、おなごのような滑らかな肌と細い顎も今日は些かやつれて見えた。

「待っていたぞウガイィ……貴様らよくも勝手な取引を!!」
「―――ッ!雷影様……ッ」
「…………」
「だから言ったじゃないッスか……」

 渋い顔で怒鳴られる小隊長・ウガイの後ろからスキンヘッドの男・ノロイが小声で囁いた。ウガイは、熱血漢で一生懸命なのはいいものの情に流され突っ走る傾向があるので、その抑え役として副官・ハヤイを付けたつもりだが……今回はうまく働かなかったらしい。ウガイの横で口を一文字に引き結んで死んだ顔をしているハヤイを見やる。

「雷影様……我々はガレキの死を、」
「バカもん!!!いかに木ノ葉が取引の穴をついたと言って、そんな正体不明の輩と手を組むなど言語道断!!このようなことが他里に知れれば雲隠れの名折れ、代々受け継ぎ志してきた誇りと信用は地に落ちる!!いいか、貴様らは――」

 雷影が小隊にイカヅチを落としている間、キライとサトイは雷影が落とした机を拾いに降り、粗大ごみ回収場所に置き、窓枠にくっついているガラスを取り外し新しいガラスを嵌め(雷影邸には常に予備のガラスがある。ガラスは一度壊れても何度でも成型しなおせるので雷影室に向いている)、回収できず粉になったガラスを塵取りで履いてゴミ箱に入れ、最後に新しい机を運び入れて元の場所に置いた。
 報告書の内容と木ノ葉の巧妙なやり口には驚いた。戦争を回避するために自国の忍の命を犠牲にするというやり方は雲隠れとは正反対であるし、これで本当に猿飛ヒルゼンを“穏健派”と呼ぶべきなのか、むしろ全く異質な別物ではないかと末恐ろしい心持だ。先の戦争でどの国からも若い忍たちが名を上げたが、真に恐ろしいのはそれらを生き抜いてきた老獪たちだということを思い知らされる。
 しかし、それより尚解せないのは今回接触してきた組織の取引条件である。とある組織――血判状からして“ヨ”という組織の“葦”という使者――が言うことには、『日向ヒナタ誘拐をヨルからの指示だったことにして欲しい』『ヨルの目的は日向ヒアシの殺害』『口裏を合わせてくれたら白眼をもう一つ渡す』『実効期間は五年』。

「貴様にはこの取引の真の目的がわからなかったのか!」
「あの、いえ――はい――申し訳ありません……」
「このヨルとかいう奴らは、雲と木ノ葉を争わせたいのだ」

 エーの声が轟き、雷影室は通り雨の後のように静まり返った。
 キライが静かに言葉を繋いだ。

「正確には、我々がそう結論付けたということです。まず、この取引には不可解な点が多い……偶然日向ヒナタを誘拐しようとしていただとか、日向ヒアシを殺すつもりだったと主張する割には我々に日向ヒザシを献上しにきたりだとか幾つかありますが……特に不思議なのが、実効期間を設けたことです。“実効期間は五年”――奴らは五年後に何かを起こす。その下準備として日向ヒアシが邪魔だった、或いは白眼が欲しかったのでしょう。そのとき何をしでかすにしろ、白眼を手に入れてしまった以上雲隠れの里は奴らの起こす事件に関して他里の追及を免れない」
「五年後に仕掛ける何かの責任を、雲隠れの里に押し付けたかったと?」
「――そして、木ノ葉の恨みを雲に擦り付け戦争を起こす。それがヨルの狙いです」

 ウガイが沈痛の面持ちで項垂れた。彼が「事態の本質に思い至らず、小隊長としてまこと不甲斐なく思います」と引き絞る声で続けると、それを聞いたエーは熊のような唸り声をあげて額をかき、やれやれと首を振った。
 その後、副官のハヤイは、木ノ葉で日向ヒザシの偽遺体を引き渡されるところから雲に帰還するまでに起きた事柄を、改めて事細かに報告した。早鷹で雷影に伺いを立てる猶予がなかったこと、白眼関連の封印ギミックに驚き気を取られたこと、“葦”が使った忍術の異質さなど……ハヤイと言えば冷静沈着が二足歩行しているような男のはずだが、彼の話しぶりからは、少しでも隊長の判断に正当性を与えたいという心の機微が伺えた。

「――“葦”の背丈は十歳ほどの子どもでしたが、全く気配を感じさせずに我らの宿に潜り込みました。白い土遁分身のようなものを数体引き連れており、来るときと同様床に潜って消えました」
「わかった。処分は追って言い渡す、今日のところは下がれ」

 小隊には慰労もかねて暫くの謹慎を言い渡した。通常の任務失敗の場合、成功報酬から減俸があるのが普通だが、それを含めず通達したキライに対しなにも言ってこないのはやはり雷影も今回の件を扱い兼ねているからに違いない。

 ウガイたちが下がった後、エーを含めた三名は早速新品の机に着席し、次の段階について議論を始めた。次の段階、つまり、現状把握はある程度済んだので“では今後どうするか”ということについての議論だ。

「では……どうしますか」キライは簡易的にまとめた報告書を見返した。
「奴らの狙いがなんであれ、取引があったことは事実です。雲隠れに日向ヒザシの身柄と白眼があるのは変えようのない事実……契約通り、木ノ葉にヨルの名を流しますか?」
「バカを言え。どこの誰が仕組んだことか知らんが、こんな縛りの緩い取引ハナから成立せんわ」

 と言いつつエーもまだ悩んでいる様子だ。

「奴らの人相書きはできているな?」
「仮面のみですが、一応は」
「十分だ。暗部の一部隊を動かす。一ヵ月だ、今すぐヨルを捜索しろ」

 上から微かに返事がして、すぐに数名の気配が消え去った。
 追手をかけるのは別にいい。期間を設けたのも、エーに何か考えがあってのことだろう。だが、ウガイやハヤイは決して間抜けなポンコツチームではない……雲隠れ随一の雷遁の使い手・ウガイは水遁も併せることで強大なパワーを扱うことができるし、ハヤイは静電気のコントロールにより繊細な感知能力に長けており、ノロイの槍術は山一つ一刀両断すると他里に畏れられるほどだ。そんな彼らをして“不気味”と言わせた組織が、そう簡単に捕まるとも思えない。

「日向は今どうなってる」
「日向ヒザシは現在集中治療室で手当てを受けています。白眼は摘出し、厳重に保管中とのことです」
「集中治療室ですか……」

 サトイがもったいぶった。エーが眉根をひそめて「なんだ」と言った。

「木ノ葉はヒザシが死んだと思っています。いっそ殺してしまえば取引の証拠は残らないし、眼も誰かに移植すればしばらくは隠せるでしょう」

 サトイは雷影・エーと同じ夜月一族の人間で、子どものうちから特に優秀な戦績を修めている少年である。そんな彼が、戦闘センスも参謀頭脳も十分に発揮できるとは言えないエーの秘書というポストについているのは、エー自身が若い彼の将来を案じているためだった。エーは、自身の弟ビーが人柱力として苦労してきたので後輩の育成に特に気を配っているのだろう……とキライは考えている。

「ヒザシの始末、自分は反対です」キライは言った。
「キライ、貴様は日向ヒナタの誘拐に関しても反対の立場だったな」
「お言葉ですが雷影様、和平条約を結んだばかりの木ノ葉とこれ以上揉めるのは得策ではありません。自分は、ヒザシの身だけでも返還して手打ちにするべきだと進言します」
「キライ殿はユギト様の身が心配ではないのか?」サトイが白々しく言った。

 二位ユギト――雲隠れの里が持つ尾獣・二尾“猫又”の人柱力。今回ガレキが白眼の強奪を考えたのも、同じ一族のユギトの身を守り修行を手助けする手段になると考えたから……ということはガレキの部下から聞いている。
 先の戦争により先代の人柱力が死に、齢二つにして二尾の人柱力となったユギトは今年で十二歳。ユギトは人力柱として里の民からあらぬ危害を加えられることのないように守られてきたものの、アカデミーでの六年間で己が忌み嫌われていることを感じ、周囲の人間に認められる為に必死で修行し尾獣を制御しようと頑張っていた。ガレキはチャクラの流れを詳細に視ることができるという白眼を、ユギトの為に入手したかったのだ。

「それとこれとは話が違う。ユギト様の身を守るために白眼が必要、というのは些か論理の飛躍が過ぎる」

 キライが返答すると、サトイは片眉を吊り上げた。サトイはまだ若く、発言や考え方が過激に寄りがちだ。

「キライの言う通り今はユギトの話ではない。しかし木ノ葉が、眼無しのヒザシだけで納得するか」話を聞いていたエーが吐き捨てるように言った。
「元々の取引……ヒアシがガレキを殺した件に対する手打ちとしての取引は、我らがヒアシの命を得ることが目的です。ヒザシの命が助かっただけ御の字と考えるのでは?」
「わたしは甘いと思います」サトイが強く反論した。
「木ノ葉があの取引に応じたのは元から白眼など渡すつもりがなかったからだと考えるのが自然だ。雲が白眼を手に入れる展開は木ノ葉にとって予定外のはず……ここは一旦、取引が成立したように装うべきで、その為にヒザシの存在は邪魔でしかない」
「後々になってこの事実が漏れれば木ノ葉は激怒するぞ。後世に火種を残すのはとても賢いやり方とは思えん」

 キライとサトイが主張を戦わせる中、エーはまだ不機嫌に鼻を右側に釣り上げて唸っている。キライが「雷影様、いっそのこと白眼も併せて返却してしまうというのはどうですか?」と続けると、「なんだと?」とさしものエーも唸った。

「せっかく奪った白眼を返すか!これがどれだけ貴重なチャンスか、考えなくともわかる!」
「四代目の仰る通りです。三大瞳術のうち唯一移植のリスクがなく、どんな忍でも使いこなせるのが白眼の強み……返すなどもってのほかです」

 二対一……議論はキライの思わしくない方向に進んでいる。
 一旦、エーは腕を組んで息をついた。そして大分落ち着いた口調で「それより、ヨルの真の目的はなんだ」と低く呟いた。

「ヨルが五年後に何かを仕掛ける……仕掛ける相手は誰だ?木ノ葉か?木ノ葉と雲を戦わせてなんの得がある」
「五大国の他の国……土や水の仕業ということでしょうか」サトイが首を傾げた。
「いえ」
 キライは否定した。
「仕掛ける相手は、十中八九木ノ葉でしょう」
「なぜ?」
「ヨルが、木ノ葉に縁のある組織だからです」

 キライは説明した。

「先程、二国間を再び戦争状態に持ち込みたい、それがヨルの目的だと結論づけましたが……そもそも、我らと同時に偶然相手も日向を狙っていた、なんてことがありますか?」
「あるかもしれんぞ」
「そうでしょうか?ヨルは、日向一族当主とその弟が瓜二つの双子であること、そして分家に刻まれた呪印の秘密まで知っていた。この秘密は日向一族にとって生命線のはず……その上遺体のすり替えまで……いかに高度な忍術を使おうと、厳戒態勢の真っ只中で細心の注意を払う木ノ葉の眼を誤魔化すのは容易ではない。明らかに内部の犯行です」
「確かに……」

 サトイが呟いた。エーの凛々しい眉は北方連峰の如く険しい溝を刻んでいる。

「つまり、五年後、木ノ葉に縁のある誰かの手によって木ノ葉で何かが起き、それがワシらに擦り付けられる。おまえはそう考えるわけだな」
「まああくまで憶測ですが……とはいえ、もしそうだとしたらヨルの詰めの甘さが気になりますね……」
「そうですね。五年後にもう一つ白眼を渡す、なんていう条件で口車に乗ると思っているんですから」

――まあ、実際乗ってしまった熱血バカがいたからこんなことになっているんだが……との言葉はその場に居た三人とも飲み込んだ。

「――よし、決めたぞ。ここは木ノ葉に恩を売っておく」
「では、白眼を渡すのですね?」
「木ノ葉とは、日向ヒザシも白眼も一切交渉しない」
「は?」
「表向きはヨルとの取引が成立したフリをして、要望通りヨルの名を流しておいてやる。これで木ノ葉の暗部共がヨルを追い詰めたならそれもよし、ヨルの連中が五年後片っぽの白眼をもってノコノコ出てきたならそのときはワシらで一網打尽だ!!」
「ちょ、雷影様!さっきの話でなんでそうなるんですか!それに、木ノ葉にはいずれ情報が漏れます。すでにウガイ部隊四名と医療班、暗部……ヒザシと共に白眼を手に入れたなんていう事実、秘匿するのは現実味がなさすぎます!」
「漏れたら漏れたで構わん。むしろ、雲が木ノ葉を出し抜き白眼を入手したという噂が広まればヨルに対するカモフラージュになる。ヨルの“目”は雲より木ノ葉に近いところにあるらしいからな、木ノ葉には文字通り“ワシらが”何か企んでいると思わせておけばいい」
「そんな……!危険すぎます!」

 思わず助けを求めるようにサトイを見たが、彼は冷ややかな視線でキライを一瞥し「わたしは賛成です」と無慈悲な二対一を取った。

「木ノ葉がそれを本気にしたらどうするんです?本気で戦争になりますよ!」
「フン、ヒザシの命を盾にすれば数年は持つ。猿飛ヒルゼンはそういう忍だ、結局甘さを捨てきれんのだ」
「無理ですって〜〜……いくら宥和に舵を切っている木ノ葉とはいえ……」
「とにかく!ヨルとかいう連中を見つけて目の前に引きずり出すまで、日向ヒザシと白眼は唯一の手掛かり……手放すわけにはいかん!これは絶対だ!!雲をコケにしたツケを必ず払わせてやる……!!」

 エーの拳が机を叩き、鈍い打撲音がこの会議の閉廷を告げた。
 エーは一度こうと決めたらテコでも動かない男である。キライは脱力して椅子にもたれかかった。

「はぁぁ……そんな都合よく木ノ葉が動きますかね……」
「それをなんとかするのが貴様の仕事だ。キライ!くれぐれも木ノ葉に流す情報には気を付けろ」
「わたしの仕事なんですか?!それ!!!」
「まあそう恐れることもない。一度結んだ条約をそうやすやすと破棄するくらいなら、ヒザシなど殺さず最初から戦争になっている」
「じゃ、オレは木ノ葉の闇の一面に賭けて条約を破ってくるに一票」
「ここ賭場じゃないんですよ!!!」

――その後、数時間の休憩を挟んで今度は木ノ葉との交渉方法や情報開示の詳細について議論が交わされ、結局キライが清潔な自室に戻ってこれた頃には翌日深夜を回っていた。里の運命を決める情報操作に向けて、キライの受難は続く。
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