9歳 何某、転職するってよ@
 心臓が飛び上がった。震えた声を出して腰を上げ、無意識に手裏剣を手に取った。
 頭の中でω-11がわたしの名前を叫び土の中に入るよう促しているが身体は硬直して動かない。それより先に御簾が捲られて、人が中に踏み込んできた。
 樹の真ん中にぽっかり空いた、黒い洞のようだった。黒いフードを目深く被ったその人は、御簾をめくった際洞穴に強い風が吹き込んだのを見て御簾を元に戻し、両手でゆっくりとフードを取った。
 肩まで長いストレートな髪、まだ若い……顔つきは女に見える。だが、鼻から下の口元を包帯でぐるぐる巻きにしていて、更に顔の右側に大きな火傷の跡がある。こんな人は知らない。原作キャラにはいない。
 ω-11が叫ぶ声がようやく聞こえた。でももう遅い――この人の目の前で土の中に潜ることはできそうもない。

「だれ……だれですか」

 フードの女は答えずにゆっくり洞穴の中を眺め、闇の底を覗き込むような両の瞳で再度わたしを見た。

――サエ、落ち着けよ。ぼくらただ山で籠って喋ってるだけだ。話を聞かれていなければ……ただ下忍が無断で里を出てちょっと秘密基地つくって遊んでるだけだろ?
――根かもしれない。雲隠れの件でわたしを追ってきて……。
――落ち着いて。ボクが話しかける。

「お姉さん誰?女?ここボクらの秘密基地だからさあ〜入るときは合言葉が必要なんだけど」

 コゼツの鋼の心臓が今は泣きつきたいくらい素晴らしい。
 フードの女が懐に手を入れて、わたしの脚がビクッと震えてコゼツがぐっと身を前に乗り出したが、懐から出てきた右手は眼鏡のつるをつまんでいた。

「あっ……?!」
「あ」

 まるでハリー・ポッターみたいな丸い眼鏡を見てコゼツと同時に声を上げた。女は滑らかな所作で眼鏡をかけて、そのレンズの奥からわたしを見た。
 ”どこにもいない、誰でもない、誰の記憶にも残らない女”――わたしの眼を治療してくれた張本人、薬師ノノウだった。



 ノノウは、根としてここに来たわけではない、ということをまず説明しようとした。
 なかなか信用しきれない私たちに、彼女は口元の包帯を取ってみせた。ダンゾウの縛りから逃れる為、自ら舌を切り取り解呪の印を施した口は話すことができない状態で、図らずも作戦会議用のホワイトボードが役に立った。彼女曰く、『もし殺したかったら既に殺している』ということだが、情報を抜き出してから殺そうとしている可能性も考えて、お互い探り探りの会話になった。

「――じゃあ、カブトには会えていないんですか?」
『会えてない カブトはまだ岩で働いている 任務で死を偽装したことは掴んだはず』
「ていうことは、カブトがナニガシ(何某/ノノウの岩隠れでの別称)を探しにここに来る可能性も…?」
『ある』

 会話するときは自然と、ホワイトボードの前に立ち文字を書くノノウとそれを見上げて座る二人、という形になった。授業のような体勢でとんでもないリスクのかたまりが今目の前にいることを知らされた我々は、眉間にギュッと力を入れてげんなりした顔をして、なんて反応したらいいか言葉を探した。

『でも、今すぐではない』
「なんで?」コゼツが聞いた。
『今、根は忙しい 雲との関係が悪い』
「あ」「ああ……」
『岩の根はカブトだけ 標的を見失ったからといって、今里の外に出るわけにはいかない』

 雲との関係――そう、まさに今その話をしていたのだ。それなのに一気にノノウまで出てきて、完全に頭のキャパシティーをオーバーしている。
 ここに来るまでの経緯を説明し終わったノノウに、一旦お茶を勧めた。彼女は舌が切れているせいでまだ熱いものが飲めないらしく、マグカップを両手で持って何度もふうふう息を吹きかけて少しずつ舐めていた。立ったままずっと喋らせるのも悪いと思って、三人で焚火を囲いノートを広げてそこに書いてもらうことにした。

「それで……なんでここに来ることにしたんですか?」
『あなたの話を聞いたから』
「目を治して貰った恩は返しきれません。本当に助かりました。でも根の忍を信用することはできないんです」

 あのダンゾウが、孤児院の院長として引退していたのを引っ張り出してまで前線に戻した女である。こんなの信用しろっていうほうが無理だ。
 ノノウは頷いて、しばらくペンを止めて考える。

――どうしようこれ……。
――サエはどうしたいの?
――信用できるなら勿論したいよ。ノノウは滅茶苦茶強いし、暗部や根の事情にも精通してる。いま私たちに一番足りない技術と知識を持ってる。でもダンゾウの差し金だったら全部が終わっちゃう。
――ダンゾウの差し金ならどっちにしろもう終わってると思うけどね。
――なるべくこっちの情報は漏らさずにノノウからの情報だけ貰うとかは?
――それってアイツの情報が正しいかボクらは判断できないだろ?結局信用してるのと変わらないね。
――そういうこと。

 ランタンがまた揺れて、わたしは少し敏感に扉の方を見た。木枯らしが吹いただけのようだ。
 ここのランタンはコゼツがスグリの現場を手伝っているとき、解体現場からいらなくなったものを貰って来たそうだ。木ノ葉の里では滅多にお目にかかれないアールヌーヴォーな細工が施されたヨーロッパ風のデザインで、東雲家らしいので気に入っている。

『あのときの会話を覚えてる?』

 ノノウがペンを動かした。

「たぶん覚えています」
『命は一つしかないとわたしは言った』
「はい」
『チャンスは何度か来るとあなたは言ったが わたしのチャンスは一度しか来ない わたしの命は一度しか使えない』

 パチパチと薪が爆ぜる音が洞穴に響いている。笛のような音色を立てて山間を吹きすさぶ風の音はいつの間にか止み、隠れ家を照らすランタンの炎はじっと揺らぐことなく静まり返っている。

『この命を木ノ葉の根として使い果たすつもりでいた』
『あの人に拾われ、磨いた忍としての腕は、里の為、人々の為に多くを救った 数多くの犠牲と引き換えにもしたが、我ながらよく働き役目を務めた 根として木の葉を支えてきたことに誇りを持っている 我々はよく侮蔑と憐憫をもって見られるが、わたしはあの人をこそ正義だと今でも信じている』

 ノノウはペンを走らせ、ノートは次のページに移った。
 ノノウはここに来てから一度も直接“ダンゾウ”という単語を書かなかったが、“あの人”がダンゾウを指していることは明らかだった。

『でも、あの子を利用したことは許せない わたしとの約束を何度も何度も破ってきて、そのすべてを大義の前に許そうとも』
『あの子に同じ道を進ませたくないと思ったときに、私は、後悔も自己憐憫もないと思っていた我が人生に、どうしようもなく後ろ暗い想いを抱いていることに気づいてしまったのです 心の上に刃を載せ、堪え難きを堪える生き様こそが忍だと、弁えてきたはずなのに、最後の最後に我に返ってしまった』
『あなたの話を聞きあの子の存在を確認した後も、わたしは運命の赴くまま死すべきときを待っていた しかし不思議と突然、こんなことをしている場合ではないという強い衝動が頭の中で弾けた その気持ちを呼び起こしたのはやはり、孤児院で共に過ごしたカブトのかんばせだった』
『しかし、このまま命を使い果たそうとしていたところだったので、命の置き場所に迷った そのとき思い出したのがあなたの言葉だった 命は一つしかないがチャンスは何度かくる……根としてのわたしは一度死に、二度目の命を生きることにしたのです』

 語り手が口をきけないので、しばらくずっと焚火の燃える音と紙にこすれるペンの音が洞穴を静かに埋め続けた。ノノウの字は達筆で速筆でもあったが、幸い目で追いかけるのに支障はなかった。ノノウは、心の中で脈絡なく湧き上がる想いをなるべく意味ある言葉として繋ぎ止めんとして、何度か字を書き直したり訂正したりしたので、よく意味が通じなかった部分もあったが、途中から『あの子』の字に二重線をひきカブトと書き直したあたりで、ノノウが彼をどれだけ愛しているのかということが痛いほど伝わった。
 もしこれが演技ならわたしにはどうしようもないと、そう諦めそうになるような迸る想いをその文章からは感じ取った。

『今度の命は、生前叶わなかったあることを叶えるために使いたい』
「……なにをしたいんですか?」
『愛する子どもたちの成長を見守りたい 今度は孤児院の先生としてこの命を使い切りたい』

 ノノウは、急かされるようにペンを震わせて一気に書ききって、赤褐色の透明な瞳をわたしに向けた。焚火の炎が彼女の光彩をその皺まで輝かせ、眼球を貫き網膜まで透かしているように感じる。まだ新しい火傷の痕が朱く爛れて薄皮がひきつり、不気味な白い人形のようにも見える。

 コゼツが心の中で《絆されるなよ〜》と話しかけてくるお陰で、なんとか頭を冷静に保つことができた。ノノウの言葉は真実に聞こえる。でもどうすればそれを証明できるだろう……ダンゾウの指示ではないととうやったら信じられる?口縛りの術だって、わたしはその仕組みを碌に知らない。証明方法なんて、いくら頭をひねったって見つかるわけない。

『無理に信じる必要はない それくらい警戒心を持たなければあなた方の願望は成就しない』
「ボクらが何をしようとしているか知ってるの?そもそも、ボクらのことどこまで知ってるんだよ」
 コゼツがすかさず聞いた。
『それを知るためにもここに来た 子どもたちを守る手段になるなら、力になる』
「おっどろき〜!知らない癖に助けたいって?ボクらが木ノ葉に災厄を招く、アンタが信じる正義と真逆の存在だったらどうする?」
『そのときいは殺すだけ』
「ひーん……」
「こいつ……」

 人間は恐怖や喜びで興奮が突き抜けると、脳内麻薬が出て身体が震えたり口数が増えたりする。恐怖と混乱と感動で極度の興奮状態になり、ぶるぶる震える両手でお茶を飲もうと水筒を口につけて、少し口の端から零した。

『あなたが何をしようとしているのか教えて欲しい』
「言えない。それを言ったら全てを話したも同然です」
『木ノ葉の里で死ぬ沢山の人は、里の為に殺される人 あの時そう言った』
『里で何が起きようとしている?』
「言えませんよ。知りたいなら力づくで吐かせてみたらどうですか?」
「大体そういうのアンタの方がよく知ってるんじゃない?根なんだから。上司から聞いてくればいい」

 コゼツは笑って言った。ノノウは眉間にペンの尻を押し付けて考えている。
 このまま話していてもすぐには解決しないだろう、わたしはため息をついた。

「……よし!えー、ノノウさんを信じるかどうか……ダンゾウの差し金でないという証明方法について少し考えます。その間あなたはこの洞穴に居てください」
『わかりました』

 ノノウはペンを置いて微笑んだ。

――ほだされるなよ!
――年上のお姉さんの笑みに弱いよぉ……。
――知ってるから言ったんだよ。

 とんでもないことになった。
 とりあえずノノウの監視に急きょθ-2を指名してひとときも目を離さないよう告げ、それとは別にダミーの監視役として三日間任務がないわたしが付いた。三日後には任務で里を出なければいけないし、コゼツに見張りを頼むにしてもアカデミーを休むと親に連絡が行く。
 猶予はもって五日――それまでにノノウがシロかクロか証明する手段を考えなければならない。やることが!やることが多い!!!



 日中はコゼツのアカデミーがあるのでわたしが隠れ家に籠り監視役を務め、ω-11を通じて常にコゼツ及びθ-2(物理的にはすぐ近距離に潜んでいるが、ノノウにそれを知られるわけにいかないのでコゼツネットワークで)と連絡を取り、夜から朝にかけてはコゼツと交代して家に戻ることにした。ほぼ毎晩ユキと交わしている「おやすみの挨拶」のときはコゼツの分身を出して誤魔化した。
 まず、ダンゾウの秘密を洗いざらい話してもらうことを証明替わりとしようか考えたが、わたしにはそれが真実かどうかわからないのであまり意味がない。それでも、他に思いつきそうもないし、とノノウに伝ええると、彼女は首を振って拒否した。

『忘れるな 信用しかねているのはわたしも同じ』

 ノートに書かれた内容を心の中でコゼツたちに伝えながらため息をついた。
 この世で一番無駄なのは、考えなくてもいいことを考え続けることだ――同じ学科で特に優秀だった男子が言っていたことを思い出す。でも、それが考えなくてもいいことだってどうしてわかるの?とは聞けなかった。馬鹿だと思われたくなかったし、ちょっとその男子がイキってて引いたから。
 聞いておけばよかったな〜と思いながら二日目、今日も朝からコゼツと交代して隠れ家に来て、アカデミーの授業を聞いているフリをするコゼツと内部通話を続けている。

――ボク、昨日の夜ノノウとちょっと話した。
――へ〜、わたしが寝てる時?
――うん
――そういえばコゼツ徹夜だね、眠いよね?ごめんね。
――大丈夫、授業中寝るから。

 ノノウは、隠れ家から出るなとか、棚の資料を見るなというこちらの指示――例えばダンゾウを暗殺してこいみたいな突飛な命令でもない限り――に、基本的には従った。やることもなくじっとしているのは退屈だろうと思ったので、コゼツ愛用の植物図鑑や下忍用基本忍術集や里で今流行りの恋愛小説など、差し障りのない読み物を渡すとそれを黙々と読んた。『手を動かしたい』と言われたので、コゼツが作りかけのまま放置していた手編みの籠を「こんなものしかありませんが……」と言って渡すと黙々と編み続ける。わたしはクナイと手裏剣を磨いている。

――ノノウと何喋ったの?
――いろいろ……当たり障りのないこと。
――逆に気になるなー。

 ノノウとコゼツ、なに喋ったんだろう。

――ノノウは嘘ついてないかもしれない。

 コゼツは抑揚のない声で言った。

――どういう意味?
――少なくとも、ボクらに話した範囲では。……ボクらが里に弓引く存在でないか、見極める為にここにいるって言ったでしょ。ノノウはまだダンゾウを裏切り根を抜けると決めていないのかもよ。

 ノノウが作っている籠の端っこの、つくりかけの木の皮が跳ね上がって、パシンと音がした。

――じゃあ、わたしたちの目的はノノウの勧誘………ってことか。
――サエが本当にアイツを引き入れたいならね。
――ていうか、もしそうなら……いや、もしもなにもないか……結局、仲間になるか、こっちが死ぬかだ。

 仲間にするしかない。
 もしノノウの気持ちが根と我々の間で揺れているなら……いや、揺れていなかったとしても……彼女を私たちの組織、“夜の葦”に引き入れるしかない。
 しかし、わたしたちは今、かなりあやふやな計画で場当たり的に動いている。“強い奴穢土転生して解決してもーらお!”という身もふたも中身もない他力本願寺で拝んでいては、とても彼女を勧誘できるメリットや魅力を提示できる気がしない。
 そもそも、おとといの夜コゼツが言った言葉――ボクらがアンタの信じる正義と真逆の存在だったら、どうするの?はそのまま彼女に投げかけなければいけない質問だ。

――わたしは、ノノウやダンゾウたちとは文字通り真逆の姿勢でことに臨んでるよね。ユズリハを助ける為なら、里が再び戦渦に落ちようとも、流血沙汰になろうとも構わない。こういう特定の誰かに肩入れしてその他大勢の人々を犠牲にするやり方はダンゾウが最も嫌うところで、ノノウも同じだと思う。
――でも結局サエは、ユズリハだけじゃなくて他の奴らも助けようとしてるじゃないか。

 コゼツの声が俄かに上擦った。

――ユズリハだけ遠くに逃がすって作戦も最初は立てたけど、今はうちは一族全体や里や……って色々考えて動いてるだろ。別にボクはユズリハだけでもいいと思ってるけど……それならノノウもわかってくれるんじゃないの?
――ちがうよ。

 わたしは強く反論した。コゼツネットワークの内部通話でも声色の変化は相手に伝わるものだ。

――それは違う。あくまで、今は未だ本番まで時間があって、実現可能な手段を手広く模索してるからそう見えるだけ。一見そう見えてるだけなの。
――そうかあ?ボクはサエがヤクミを見殺しにできる人間には見えないけどなあ……せいぜい、救いたかったけど救えなかった、程度がお似合いだ。
――はぁ?なに喧嘩売ってる?
――ボクの喧嘩はいつでも大盤振る舞いだよ。
――ねぇぼくを挟んで喧嘩しないでよー。

 久しぶりにコゼツと言い争おうかと思ったら、ずっと黙って中継役に甘んじていたω-11が声を上げたのでやめた。

――そうなりたくないけど……本当はみんな幸せになってほしいけど、それでも、本当に追い詰められたらユズリハだけでも助けるよ。わたしそうすると思う。

 ユズリハが死ぬなんて耐えられない。許せない。
 彼女が死ぬ……冷たくなってベッドの上で、棺の中で、あるいは野ざらしにされた遺体が赤く焦げるのを想像するだけで、いつも頭が真っ白になった。腸の方からぶるぶると震えが湧き上がり、それが心臓を通って全身に染み渡っていくのを感じた。もしユズリハが死ぬ原因になったひとがそこにたら、クナイを逆手に持って、腹めがけて何度も何度も振り下ろしてズタズタにしてやる、という衝動が弾けて霧散した。

――ユズリハが死ぬのを考えると、頭が真っ白になってぶるぶるするんだ。
――ぶるぶる?震えるってこと?
――そう……怖いわけでも寒いわけでもないのにね、まるで熱を与えられた鉄みたいに熱くて白くて震えが止まらなくなるの。
――鉄って震えるっけ?溶けない?
――うるせーっこれはあれだよ、格子振動みたいな意味!

 気づくと同じクナイをずっと左手に持ったまま、砥石を床に置きっぱなしで手を動かすのを忘れていた。ノノウは無言で籠を編み続けている。
 そろそろ昼ご飯を食べる時間だな、と思い、朝自分で握ったおにぎりと、足りない栄養素を補う兵糧丸と水筒を取り出した。ノノウにも同じものを分けた。

「梅干しのお握りと兵糧丸です。わたしのと同じです」
『ありがとう』

 ふと、今のノノウの口でご飯を食べられるのか気になった。

「ノノウさん……ご飯は飲み込めるんですか?」

 ノノウはペンから手を離し、顔を上げて、わたしに向かって口を大きく開いた。
 見せてくれたし、見ないわけにいかないと思ってその奇妙な咥内を覗き込んだ。あるべき舌がなくてピンク色の断面図が盛り上がった団子のようなものが喉の奥にくっついている。だがよく見ると、その舌の一部から針金のようなものが下の前歯に向かって伸びていて、歯の裏側に取り付けてある矯正器具に似た金属辺にぐるりと渡って結んである。

「この針金みたいなの、なんですか?歯列矯正……?」

 歯列矯正なんてたぶんこの時代にはない。ノノウはペンを取った。

『呪印の力を封印するための針金 本来は、墨油で解呪の印を書いて燃やしたり、その封印もろとも破壊することで解呪と成るが、舌縛りの術にはそういった解呪方法がない』
『そのため、舌を切り取ったあと舌の根本から咥内にかけて針金で縫い、そこにチャクラを通すことで疑似的に解呪の手続きを実現している 医療忍術が使えるわたしでないと、できないやり方です』

 思わず寒気がするような痛々しさに顔をゆがめた。

「ということは、ご飯は食べれない……?」
『食べることはできる だが歯を磨きにくいから避けています』
「じゃあおにぎりは無理なんですね」

 ノノウは頷く。仕方なく、一口で飲み込める兵糧丸と水だけを渡した。
 人は咀嚼できなくなると身体の色々なところに支障がでて衰える、と聞いたことがある。このままだといずれノノウの身体は弱っていくだろう……。
 夕方アカデミーが終わったコゼツが隠れ家に来た。交代の前に少し二人で外に出て、切り立った崖の上から色褪せていく紅葉を見下ろしながら話をした。

「ぼくはそのまま話すほうがいいと思う」

 コゼツは顔をしかめたまま言った。

「そのままって、全部ってこと?」
「変な小細工せずありのまま。だって、ノノウとサエの目的って、一見……多くの人の為に一部の犠牲をOKにする人vs特定の一人の為に全てを費やす人、って感じで違うように見えるけど、根っこのところは一緒だ」
「根っこ?」
「……大事な人を見守りたいってヤツ」

 面と向かって口に出すのが恥ずかしかったのか、コゼツは少し俯いた。わたしは「そうだね」としみじみ呟き、地平の彼方へ沈む太陽をその輝きが消えるまで眺めていた。
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