9歳 スタサプ下忍講座D
 スタサプ下忍講座カカシ科目が早くも暗礁に乗り上げる一方、穢土転生用個人情報物質の収集も渋い結果しかでなかった。
 シータシリーズに探らせた結果、入手できたものは@柱間・扉間の骨Aミナトの遺体の腐りかけBうちはカガミの遺灰のみ。うちはカガミについては、うちは一族が火葬文化なせいで一番期待が持てなさそうだ。

「これで一度試してみる?」
「やるだけやってみようかな……」

 頷いたものの、悩ましい。個人情報物質として使用できる材料かどうかも不明なこれらを使っていたんじゃ、穢土転生の術式が本当に完成してるかわからない。やはり一度、確実に個人情報物質として使えることが確かなモノを持ってきて、死者を蘇らせることができるか試さなければならない。

「穢土転生のテスト用に、新鮮な死体の肉を一欠片取ってきてほしい。相手は誰でもいいよ、忍として強すぎない程度なら」
「了解」

 θ-2が頷いた。
 仮に穢土転生が成功しても、彼らの行動を束縛する課題が下手すれば穢土転生以上に難しくなる。誰を選ぶことになろうと相手がわたしより数倍熟練した忍であることは間違いなく、そんな奴らの行動をどうやって制限し、交渉まで持ち込めばいいのか――いずれ言葉を用いて説得し我々の考え方に同意してもらうとしても、初手の武力支配は肝心だ。

「大蛇丸のアジトから盗むんじゃだめなの?」
 ω-11が胸から顔を出して聞いた。谷間から顔を出すな。
「サエはアジトについては何も知らないんだろ?」
「うん、大蛇丸については本当にわからない……彼は里抜けした後音隠れっていう忍び里を作るんだけど、そこの居場所や戦力は何も知らないの」

 まあ、大体の場所くらいならわからなくもないが……と床板を外して地図を出し、「このへん……かなあ」と適当に丸をつけた。

「超適当じゃん」
「コゼツたちの力でなんとかなんない?」
「ボクたち隠密行動は得意だけど、索敵技術があるわけじゃないんだぜ」

 θ-1は床から肩まで出して地面に腕を組む体勢で顎を腕の上においた。

「敵のアジトや戦力について、ある程度でも情報がなきゃなにもできない。ただ森の中を散歩するだけになっちゃうよ」
「そうか〜そうだよね〜」

 木ノ葉の里で大蛇丸の放棄施設や柱間細胞の隠し場所を見つけることができたのは、里の中という厳密な範囲指定があり、加えて根の忍や暗部が監視しているという予測があったからだ。コゼツも木ノ葉に来てからすでに6年が経過し、十分ホームと言っていいくらい熟知しつつある。それでやっと見つけられるレベルなのだから、あやふやな情報で広大な土地を調べるとなると膨大な時間がかかってしまうだろう。
 ひとまず穢土転生試験のためシータシリーズを肉片調達に送り出して、コテンと毛布の上に横になった。扉代わりの御簾の隙間では、青々とした空が群青に翳り夜に移り変わろうとしている。

「このまま誰も穢土転生できなかったらどうしよう」

 わたしがぼやくと、「なんだサエ、随分弱気だな」とコゼツがニヤニヤ笑って言った。彼はスグリに教えてもらった大工技術で洞窟の壁に棚を据え付けている。

「よく考えたら、大蛇丸が使ってオビトとカブトが使った忍術を、一介の一般市民育ちの下忍ができるわけないよね……彼らが長年蓄積してきた技術と財産(細胞)があってこその代物だったわけだし」
「いざとなったらサエだけで動くしかないね」
「それじゃあ計画が一ミリも果たせないし、うぅ〜………」

 カカシの言う通りだ。
 借り物の知識、小手先の技術では限界が来る。せめてカカシに“マシ”と言われるだけの忍しぐさを身に着けなければいけない。全然進展していないように見えるけど、きっと今は地道に一歩ずつ頑張る時期なんだ。そう自分に言い聞かせたところで《報告!》と頭の中で声が鳴り響いた。

――あれっ、えーと誰?
――どうした。
――ぼくはいぷしろんツー。
――いぷしろんフォーもいるよ。報告はツーに任せるけど。

 ε-4というと、白眼取引計画の際日向家分家のかかりつけ医の中に入れたまま放置していた個体、ε-2は日向宗家の家政婦の中に居る個体だ。

――あ〜イプシロンシリーズ!久しぶりじゃん、元気してた?
――ボクらは元気。
――依り代はそうでもないみたいだけどね。
――というと?
――雲隠れの件で進展があった。雲は、“とある組織に人質を取られ、日向ヒアシ殺害に協力しろと脅された”、と木ノ葉に説明したらしい。
――へえ………。
――わーっ!雲〜〜契約通りやってくれてる!

 しかも我々の作戦に少し変更が加わっている。コゼツが「ハハハ、人質とは考えたね」と笑った。

――取引に応じるしかなかったことにしたのか。確かに、その方がリアルだもんね。
――若干うちらのワル度が上がったけどね?箔がついちゃった……。
――ただ、なんでか知らないけど日向一族全員に何かの容疑がかかってる。九月一日から突然警務部隊の一斉捜査が始まって、宗家は屋敷内部まで踏み込んで徹底的に調べられてるし、分家も併せて重要人物から一人ずつ事情聴取が始まった。
――えっ……。

 ペラペラの毛布から身体を起こして思わずコゼツと眼を見合わせた。ここが前の世界ならともかく、有名氏族に対し警務部隊の一斉捜査なんてなかなかあるものではない、少なくとも東雲サエとして生まれてから初めてのことだ。

――さっき日向家当主による臨時集会があって説明を受けたよ。ヒアシ曰く、“一月に起きた日向ヒナタ誘拐事件で日向一族はとある嫌疑がかけられている、火影が警務部隊に捜査を一任した、ヒアシは日向の潔白を信じているから全面的に協力する”とのこと。ボクが入ってる女中はたぶん今日にも警務部に行く。
――だから最近あいつらウロウロしてたのか。

 コゼツが頬杖をついて呟いた。
 ちょっと待て、どういうことだ?警務部隊の捜査と、日向にかけられた嫌疑……日向ヒナタ誘拐未遂の手引き容疑?いや、考えられるものは一つしかない。

――里上層部、雲が白眼入手したこと知ったのかな。
――ウン。ヒアシはちゃんと説明しなかったけど、多分、上層部が日向ヒザシの遺体入れ替えの件を知ったみたい。ボクのガワの女、かなり前に一線を退いた女中なのに優先的に取り調べられる理由なんて一個しかないからね。
――ボクが入ってる日向カイは分家の人間だし、“あの日”はあまり直接関係あるポジションにいなかったけどツーのはヒザシの薬を運んでヒアシに手渡してる。容疑者としてはかなり上位にいるね。
――なるほど……。

 連行というより正確には任意同行だろうが、うちは一族から受ける事情聴取がどういったものになるのか考えると心穏やかとはいかない。雲隠れがどのようにわたしたちの話を木ノ葉に流し、木ノ葉が日向ヒザシの件を受け止めたのかまだわからないが、少なくとも木ノ葉は日向一族の裏切りを疑っているというわけだ。

――あ〜、やっぱり今から警務部に行くみたい。“この身に恥じるものはございません、隅々までお調べください”だってさ。
――あ、ε-2って依り代が幻術かけられたらどうなるんだろう?
――さあ……じゃあそれを試しつつ取り調べから情報入手してくるね〜!!
――よろしくお願いします!

 ε-2は元気に叫ぶと笑い声とともに一度念話は途切れた。そのまま夜の間彼から連絡が来ることはなく、翌日すこし寝ぼけたような声で《ただいまあ》と報告を始めたが、彼は昨晩警務部で何があったのか殆ど覚えていなかった。



 日向ヒザシ関連で何かが進展している、と分かっても、その内情を殆ど知ることができないまま秋が深まっていった。分かったことは精々、『日向ヒザシが生きているらしいという噂が里の上忍らの間で広まっている』こと、『身体の中にコゼツ別個体ズを入れた状態で写輪眼の幻術に嵌まると中身まで意識を持っていかれてしまう』ことくらいだ。

「雲は、“ヒアシと交換で人質を返すと脅された”んだよね?」
「ボクらにね」
「でもその説明だと、ヒザシと人質が交換されてないのおかしくない?って思われない?木ノ葉にヒザシが生きてることバレちゃっていいのかな」

 平日はアカデミーがあるコゼツと、平日休日関係なく任務があるわたしではなかなか顔を合わせて話すタイミングがなくて、お互いオフの日はとても貴重だ。隠れ家を秋仕様にするべく色々防寒具を設置しながら、ホワイトボードを使って状況を整理すると少し変なことになっているな、と気づいた。

「ヒアシじゃなかったから、ってことにしたんじゃない?」
「ああ……?そうか……ん?そうかな?」

 なんだかよく分からない。筋が通っているように見えて通っていないというか、何か引っかかりがある。

「その、実際人質なんていないじゃん。架空の人質はどうなったんだろう」
「イプーは、人質は強引に奪還したって言ってる」
「なるほど……」

 そもそも雲隠れはなぜヒザシを生かしているのだろう。コゼツはヒザシを気に入っていたので悪いけど、わたしは白眼だけ取って殺すかと思っていた。
 物事が複雑で情報も錯綜しており、文字通り雲をつかむような気持ちだが、雲隠れの里が契約通りに動いているだけでも上々と考えてカカシからの課題をこなすことに集中した。

 気配を消すための訓練方法やそのコツについて、書物はそれなりに揃っている。次の休暇、久しぶりに木ノ葉里立図書館に行き、アカデミーでまとめたノートと一緒に改めて調べ基礎を見直した。日常的に誰かから技術を盗めないのなら、盗めるような環境を探して身を置くしかない。
 最初はユズリハの妹というツテを利用して特に意味もなくうちは地区にたむろしようかと思ったが、ユズリハはわたしに構っている暇がないほど忙しそうで気が咎めるし、イタチは今も昔も目を見張るようなスピードで上達していてわたしなどが一緒に修行してなんて話しかけられる雰囲気じゃない。次に日向分家に押しかけようかとも思ったが、警務部隊が出入りしている犯行現場で《犯人は二度現場に行く》を踏襲するわけにもいかない。それに日向一族は今年いっぱい喪に服しており気楽な空気ではないし、鬼のような形相でひたすら修行に打ち込むネジを邪魔するのは気まずいものだ。それで、他に人脈はないかと頭をひねって出てきたのが――犬塚ハナだった。
 使えるものは何でも使う。犬塚家にきた。

「サエじゃねえか!どうした?まあ上がってけよ!」
「ハナ!!!お客人にそんな風に喋るんじゃない!」

 玄関口で飛び上がって喜ぶハナに、台所の方から女の声がキンキン突き刺さる。現れたのは、毛皮のフードがついたパーカーに腰巻きの短いタイトスカート、長じゅばんを履いた女性――「いいだろ〜?友だちなんだから!!おふくろは一々うるせーんだよ」――犬塚ハナの母親、犬塚ツメだ。
 原作では木ノ葉崩しのときハナとツメの二人セットで初登場している。そのときは父親の描写はなくキバによると「母親が怖くて逃げだした」そうだが、小さな靴と中くらいの靴が並ぶ靴箱にこもこのムートンブーツのような一際大きい革靴がドンと置いてあるので今は一緒に住んでいるようだ。

「ツメさんこんにちは。これつまらないものですが、母が作ったお菓子です。よかったみなさんでどうぞ……」

 あと、東雲流KFC試作版No.5が挟まったチキンサンドも入っている。

「なにこれ、美味しそう〜!嬉しいなあ、ありがとうね」

 ツメは白い歯をニカッと見せて陽気な笑みを浮かべ、パンが詰まった箱をもって家の奥に戻った。

「いきなり来ちゃってごめんね。今日アカデミーお休みだよね?」
「おう、休みだよ。今日は黒丸と修行すんだ!なっ黒丸!」
「グゥー……ワンッ!」

 黒丸は真っ黒い箒のような尻尾をブンブンふって後ろ足で立ち、ハナの肩につかまってわたしに唸り声をあげた。もしかして動物の勘でω-11が中に入ってるかバレるなんてことある?

――ないね。ぼくらは大地と同じだ、動物にとってはむしろ親しみやすい存在のハズだから。

「グゥゥゥ―…ウゥー……」

――唸ってるけど。
――サエのせいじゃないの?

「あ、あのさ……いきなり来ちゃって悪いんだけど、気配の消し方を教えてくれないかな……?」
「は?気配?」

 ハナは黒丸の首もとの黒と白の毛をワシャワシャ揉みながら、片眉をひそめた。

「そう……今修行してるんだけど、気配を消すのが下手、忍として基本がなってないーみたいなこと言われちゃって」
「ええ〜〜〜〜?!ウチらん中でイタチの次に優秀なのに?」
「下忍に早く上がれたとかは関係ないんだって。そういう忍としての生活がちゃんとできてない人は、偶然上に上がれることもあるけどすぐに死ぬって」

 自然と眉尻が下がって落ち込んだ顔をしたのが自分でもわかった。
 ハナは二つ返事で「いいよ」と言って、黒丸の前足をもって立ち上がった。黒丸は、ピンク色のまだ短い舌を出して、息をハアハアと小刻みに吐いて、後ろ足で懸命に立ちながらハナに引っ張られるがままにその場をグルグル回っている。

「本当に?すごく助かる!」
「こっちこそ、飛び級した奴と一緒に修行できるなんてラッキーだよ!な、黒丸?そうかー、お前もそう思うか〜」
「ねえちゃぁん」

 そのとき、家の奥からドタドタと小さく賑やかしい足音がして、小さな男の子と子犬が走ってきた。まだ頬に赤い染め抜きがなく、犬歯も目立たないから一見したらわからないけれど、あれは犬塚キバだ。

「あっキバくん?」
「そうそう。おいキバ、あたし今から友だちと修行するから、あんたは母ちゃんと一緒にいな!」
「えーおれもぉ!!」
「お前にゃ無理だろ〜」

 黒いトゲトゲの髪に灰色のパーカーを着た男の子と、白いフワフワの毛並みに赤い縁取りの耳がチョンと立っている小さい子犬がふたりでコロコロしていれば、自然と「可愛い〜!」と叫びが漏れた。コロコロでふわふわの赤丸は、毛糸のポンポンみたいな白い尻尾を可能な限りブンブン振りながらキバが歩く方向にいつもくっついていくので、キバが足を縺れて尻もちをついたら尻に潰されてしまうのではないかと不安になった。

「かわいいね〜子犬と子どもだもんね、可愛くないわけない!」
「かわいくないよ、弟なんて」

 ハナは口をとがらせてこっちを振り向いて、わたしの背後を見た。

「そいや、お前ん弟は?」
「今日はお父さんの仕事の手伝い。うちのスグリ片腕ないから」
「あーそっか、偉いなあ」

 ハナは、修行に着いていきたがるキバをあやして、なおも食い下がるので黒丸に「おい、お前からも赤丸に言え!主の面倒みとけって。そうそう……はあ?赤丸おめーあたしの命令無視すんのか?いやっ……ゴメンって、命令じゃないよ、わかってるよ……そう、そういうこと」と犬塚家にしか理解できない言葉でなにやらコミュニケーションをとり、家を出た。

 ハナとの修行でまず驚いたのは、木から飛び降りるときの音の違いだ。
 動物界唯一の液体と目される猫のようにハナの着地は静かで、足の裏から膝にかけての脹脛、膝から太もも、腰へ続く筋肉の動きが全ての衝撃を吸収して膨張し収縮していくのがありありとわかった。確かに、言われてみればわたしの足音とハナの足音は違う。陸上選手と素人のランニングの足音が違うように、音に雑味がなくて纏まっている。ここにスマホかビデオカメラがあれば撮影したのに!と思いながら、ハナが歩き、走り、手裏剣を投げるときの足元だけを地面にうつ伏せになって目に焼き付け、また目を瞑って音を聞きその気配や音を脳に焼き付けようと努めた。
 また、忍犬の嗅覚はわたしの想像をはるかに超えて敏感だった。わたしが、「ここ数日のわたしの動きを探知しろと言ったらわかる?」と聞くと、黒丸はハナの指示でまず犬塚家の敷地を飛び出した。黒丸は、まず図書館に行き、そこから演習場に行き、東雲家に行き……そしてなんと、昨日の任務から帰ってきた匂いを嗅いで阿吽の門に向かった。

「もう十二時間以上経ってるのに……!!」
「な、すげえだろ?すげえんだよ黒丸は!」

 ハナは今日一番の笑顔を浮かべて、興奮して黒丸を撫でくり回した。笑みを浮かべた頬っぺたが盛り上がるとき、頬の染め抜きも一緒に弧を描くのが愛らしい。

「忍犬ってこんなに分かるんだ」
「まあ、ここ三日雨も降ってないし今は本物がこんな近くにいるからな。これが血痕とか髪の毛とか汗だったらもっと難しくなるよ。正直、黒丸はまだ子どもだからあんまり正確じゃないんだ」
「でも……」

 でも、ただ移動しただけでこれだけ追跡できるなら……わたしが今まで行った場所からわたし個人を割り出すのなんて物凄く簡単なのかもしれない。

「一般的な忍犬って、みんなこんなに優秀なの?」
「どうかな〜、口寄せした程度の犬じゃピンキリだからさ。ウチらにとって犬は家族だし、犬を育てるための山も持ってる。他んとこの犬とは一味違うってわけ!」
「すっご〜〜〜。すごいね黒丸くん」
「ワン!!!」
「黒丸は女だよ!アハハハハ!」

 休日の大通りにハナの大爆笑が響き渡った。そんなに面白いことを言ったつもりはないけれど、ハナが笑ってるのを見るのはこっちも楽しくなるから好きだ。わたしもふふふと笑った。

 それからしばらく、任務と修行を繰り返して過ごした。
 ハナに協力を求めるのは、まるで犬塚一族という血統やネームバリューを利用しているように感じて少し罪悪感があったが、そのことを伝えると彼女は「実はあたし、いいとこの家でもないのに先に卒業したサエのことちょっと妬んでたんだ」と打ち明けた。三回目にお邪魔した修行中に、なんの前触れもなくだ。

「今はそういう時代じゃないって母ちゃんも言うけど……前の戦争で沢山人が死んだから早く強くなりたいのに、目の前でするっと先に進む奴がいてさ。優秀で羨ましかった」

 ハナは後頭部を触ったり下唇を噛んだりして、足元で砂利をジャリジャリ弄りながら言った。黒丸が蝶々を追いかけるのを眺めていたと思ったら突然そんなことを言うから、わたしは少し驚いて、「そんな」と笑った。

「――でも、よくわかったよ!おまえがめちゃくちゃ努力してるってことはさ!あたしも頑張って追いつくからね」
「わたしは……わたしはそんなんじゃないよ。でもハナは偉いね。いいやつだね」
「はあ?!ちょ、恥ずかしいだろいきなり!それに飛び級した奴に謙遜されても嫌味にしか聞こえない!」
「いや、実はわたし先生に賄賂渡して卒業しただけだから。贔屓だからアレ」
「えっ……そうなの?――いやそんなハズないでしょうが!!ちょっと信じたぞ今!」
「ホントホント」

 ハナにアドバイスを求めたのは案外功を奏したかもしれないと感じ始めたのは、秋の終わりが見え始めた10月中旬のことだった。
 今の時代、まだ映像を録画する媒体は安価で流通していないが、録音機能なら下忍の給料で簡単に買える。わたしは毎日、自分が着地するときの音、歩く時の音を録音し続けた。“気配”なんて言われても現代人にはわからない。ならば音を比較するしかないだろうと始めた記録だが、一ヵ月が過ぎて最初に録音したテープと聞き比べたら、明らかに質が獣に近づいたように思えた。

 このまま修行を続けて、いつかカカシに言ってやるのだ――「癖になってんだ、音殺して歩くの」って。



 吹き付けるからっ風が身に染みる季節になり、下忍になって初めて任務用の外套を買った。忍服の上から羽織ってユキに見せたら「暖かそうだし、生地もしっかりしてるしいいじゃない。似合ってる!」と喜んで写真を撮り、夜なべして“東雲サエ”と刺繍を入れてくれたので、絶対に燃やしたりなくしたりできない外套になってしまった。――そう、ユキの誕生日に、最新式のカメラをプレゼントしたのだ。普通、この時代の写真は写真屋さんに撮って貰わないといけなかったけど、奮発して高価なハンディカメラ(デカくて重い)を買ったのでこれからは好きな時に写真を撮れる。

 秋晴れの清々しいある日。

「はいお疲れ様」
「どうも、お世話様です」
「お疲れ様です」

 早速買ったばかりの外套を着て任務から帰還し門番の忍に挨拶すると、一人が「ん」と言ってわたしに目を止めた。NARUTOによく出てくるが名前が思い出せない人ランキングBEST3、額当てをバンダナのように巻き口に千本を加えた上忍、不知火ゲンマだ。数年前カカシ世代ズと団子屋で会ったきりなのに、よく覚えてるなと思いながら会釈した。
 今日は天気がいいからか大通りはいつもより賑わっていた。詰所で任務結果を報告書を提出し、人で込み合う建物の端っこを歩いて柱の近くまで行き、次の任務の予定について話そうとしたら背後で誰か背の高い人が立ち止まった。

「ん?おまえ、あんときのガキじゃねえか」

 驚いて振り向くと、数年ぶりの奈良シカクが書類で肩を叩きながら人混みの中をグイグイ歩いて近寄ってきた。

「なんと、シカクさん!ご無沙汰しております」
「おう、水無月。後輩いびりもほどほどにな」
「いやいや、困ったなあ、何をおっしゃいますか……うちのサエをご存知なんですか?」

 シカクは「そうそう、サエだったな。東雲サエ」と言ってにわかに目尻を緩ませる。

「シカクさん、ご無沙汰しています。すみません、しばらく挨拶にも言っていなくて……」
「いんや、別に一度喋っただけだ気にすんな。それよりやったじゃねぇか、お前」

 シカクは自分の額当てをトントンと指さして、「下忍に上がりたかったんだろう?」と言った。

「あっ、はい、あの、おかげさまで」

 ちょっと恥ずかしくなって俯いた。わたしが一生懸命下忍に上がろうとしていたことを班のメンバーに知られたくない、なんとなく。

「サエ、お前水臭い奴だなあ!いつもチャランポランしてるくせに、胸の内にそんな気概を隠してたのかぁ?」
「ん?そうなのか?」
「ヤ………はい、あの、別にふざけようとしてふざけてるわけじゃないんですけど」

 うわああああ!恥ずかしい。もうやめて欲しい。
 まさかこの場で弟子入りを頼み込んできた話までされたらたまったもんじゃないと思い、俯いてモゴモゴしていたら、シカクは「ま、頑張れよ」と言って去っていった。帰り際に頭をポンと撫でようとして少し考えてやめたのが面白かったが、“頭ポン”は大まじめにシカクとの関係(例えば師弟関係)を疑われるのでやめて貰えてよかった。

 次の任務は三日後だ。解散して、家に帰ったらユキがママ友とご飯に行くらしく、スグリも徹夜で建築現場に行くということで今夜は家に誰もいない。わたしは、ユキが用意してくれた夜ご飯をお弁当箱に入れてコゼツと土に潜り山の隠れ家に向かった。
 里の周囲の植生は常緑樹が占めているので紅葉はもっぱら里内部の観葉樹でしか見ることができないが、紫雲山脈の方に北上するとまりものように盛り上がった色とりどりの木々を眺めることができる。今日は既に日が暮れているので殆ど見えないが、晴れた日の昼間にその木々の合間に顔を出すと、橙や紅や黄土色の紅葉が舞い散る幻想的な空間が広がっている。

――ネジ、元気かなあ。コゼツ最近ネジ見た?
――この前会いに行ったよ。警務部隊も大分減って捜査も一旦落ち着いたから。
――そうなんだ。

 警務部隊が減ったということは日向一族の潔白は証明されたのだろうか。実際、どこをどれだけ探しても日向に犯人はいないので時間の問題だが、状況だけ考えれば日向がヒザシを庇ったと思うのは自然の流れなので一族の人たちは相当頭に来ているに違いない。もしわたしの正体がバレたら、イタチより上層部よりまず日向に死ぬほど恨まれそうだ。

――ネジ……ヒザシさんが生きてること知ってるのかな。
――知ってるみたいだったね。動揺してる感じだったからからかってやった。
――ねえ!可哀そうじゃん……もっと優しくしてあげなよ。
――アイツ案外泣き虫なんだよなあ。

 ネジはヒザシが生きていると知ってどう思うか、考えても詮無いことだ。覚悟を決めて死んだはずが死に際すら自由にできなかったヒザシを惨めだと思うのか、生きてて嬉しいと思うのか、白眼を守れずに情けないと思うのか。
 ただヒザシの方はきっとネジのことを考えているし、もう一度会えたら喜ぶだろうな。

――サエとボクに報告にきた〜。

 隠れ家まであと少しというところでε-2から報告の念話が飛んできた。

――お疲れ様〜!
――日向一族の捜査はまだ続いてるけど最近は大分以前の感じに戻ったよ。それで、容疑が晴れた人にヒアシから直接詳細な説明があったからそれの報告。
――あ、この前不法侵入した後怒られてた?
――怒られてないよ。アイツ、たぶんヒアシに喋ってない。
――え?あんた何したの?
――道場の窓から顔出して“外に来い”って口パクしただけ。

 隠れ家に到着し、土から出て息を吸い込んだ。
 標高が高いから空気がかなり冷たい。すぐに薪に火をつけて携帯湯沸かし器をセットした。山で飲む暖かいお茶は格別だ。

――ヒアシの話によると、まず雲がとある組織に脅されていたっていう情報を手に入れた木ノ葉は、雷影に使者を送り謁見を求め、人質取引などの詳細な話を聞いた。でも三代目は雲の言い分に疑問を抱きスパイを潜り込ませ、そこからの情報で“日向ヒザシの遺体が偽物で、雲は白眼と生きたヒザシを匿っている”ことまで突き止めたんだ。

 ここまでは、大体こちらの想像を外れない状況だと思い、わたしはポシェットからお茶の葉とお団子を取り出して焚火の前に置いた。

――上層部は、日向が身内可愛さに里を裏切ったと考えて警務部隊に捜査を許可した。多分暗部も動いているだろうとヒアシは睨んでる。それに木ノ葉は雲の言い分にまだ裏があると考えていて、日向ヒザシを奪還し白眼を取り戻す計画を立ててるらしい。雲はそれを拒否してるから………流血も時間の問題だって。
――え?
――国境付近がまた騒がしくなるけど日向一族はその任務からは外されるだろう、とも言ってたね。皆すごく悔しそうだった。もー、最近ずーっとお通夜みたいだよ。
――実際の通夜よりも通夜だよなボクらんち。
――あははは!

 イプシロンたちは笑っているが、隠れ家には沈黙が訪れた。
 これってどうなんだろう。この状況……木ノ葉を脅かす第三者を作りたいという狙いには叶っているが、少し事態が過激に動きすぎている気がする。本当に戦争になって欲しいわけじゃないのに、木ノ葉は我々よりも雲隠れを敵視している
 水面下で何かが起きているが、それがどんなふうに悪くてどう我々に影響するのかわからない。外では木枯らしが強く吹き、扉代わりの御簾をパタパタ揺らしている。天井から吊るしているランタンの火が揺れる。
 そのとき、御簾が音もなくひらりと外側からめくれた。
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