9歳 スタサプ下忍講座B
今年の夏なんもしてねえ!!!!
いや、こちらの世界に来てからというもの、海も山も水族館も行ってない。ナイトプールもクラブもライブも行ってない!こんな夏がアリなのか?!?!?!
「コゼツ〜〜!いるー???」
「お〜〜〜〜〜い!!!」
朝からガキんちょの煩い声が住宅地に響いた。コゼツは窓を開けて「うるさい。今行く!」と言い放ちどたどたと下に降りていく。
最近アカデミーの友だちがコゼツに会いに来る。大抵男の子で、たまに女の子も混ざっている。コゼツ曰く「体術しかできなくてバカにしてくる奴をぼこぼこにしてたらいつの間にか……」らしくて、「友だちじゃない」らしいけどお姉ちゃんは嬉しい。そう、妹歴9年として愛くるしい妹仕草が板についてきたわたくしだが、本職はお姉ちゃんだから!!!!
わたしは下の階から聞こえる「お友だちにクッキー持っていったら?」「いらないよそんなの」の親子会話を微笑ましく流しつつ、パーカーを来てハーフパンツを履いて、暗器ベルトを太ももにつけ紺色の手袋をして、イレブンから昨日の報告を聞いていた。
――柱間と扉間の墓には棺に入った骨があるだけだって。一応骨持っていこうか?
――じゃあお願いしよっかな〜。その後はうちはカガミで。
――オーケー。……ミナトの方もいけるって言ってる。
――じゃあついでにミナトも!
昨日の話し合いで、今は柱間細胞の入手目途がつかないので、ダメ元で骨も持ってきてもらうこととと、今まで議論に上がった死者にも視野を広げて探索することが決まった。柱間細胞に関しては柱間細胞のプロ・デルタシリーズにそのまま続けてほしかったので、記憶精査の術調査用に使っていたシータシリーズに仕事を割り振った。
シータシリーズのリーダー、θ-1は「まだボーナス貰ってないぞ」と憤慨して出てきたので、その日ユキが焼いたばかりのクッキーを渡した。子供だましだ!と怒っていたが仲良くシータシリーズで分け合ったようだ。
「近所迷惑だろ……考えなよ」
「え?もう朝だよ?朝なんですがぁ?」
「おまえまだ寝てたのかよ」
「寝坊するからチャクラ練れねーんだよ!」
子どもたちの声がする。白いカーテンをあけて階下を覗くと、石畳を下っていく可愛いアカデミー生の姿が見える。
「サエ、ちょっとお父さんが呼んでる」
「はーい」
ユキに呼ばれて下に降りると、スグリから仕事で使う道が土砂崩れで通れなくて丸太が運べない、手伝ってほしいと頼まれた。今日の任務は午後出発でまだ時間があるので快く手伝うと、大工のおじさんおばさんたちにべた褒めされて恥ずかしかった。
カカシの修行――もといスタサプ下忍講座は今日の任務が終わってから第一回目がスタートする。暗部絡みであれだけビクビクしていたのに、それでも修行をつけて貰うのが今は楽しみだ。
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木ノ葉の里には、うちは地区のように地図には記されていなくとも”奈良の土地””日向の土地”と名指して呼ばれる区画が幾つかある。創設当時から住んでいた場所に今も住んでいて、同じ一族同士で固まって生活している区画のことだ。しかし、歴史が古く力の強い一族はそういった土地とはまた別に、里の外、つまり火の国のどこかに秘密裏の土地を持つ。そこはまだ里ができる前に彼らが拠点としていた“隠れ里”であり、里に入った後も管理が続けられている。
例えば犬塚一族は北の山に犬を飼い犬と共に生活する山蔵を持つ。普通の忍が連れ歩く動物は口寄せによって契約して動物が殆どだが、犬塚は山犬を自ら狩り、調伏し、共に生活して信頼関係を結び、最終的に契約して口寄せを可能とする。
また、油女一族や奈良一族も独自の森を持つ。奈良は昔から鹿と交友があり口寄せの獣として大事にしてきた。忍鹿を育てる為に手入れしているほか、門外不出の操影技術を相伝する修行の場所としても活用している。油女一族は蟲を育てている。妊娠した女に蟲の卵を食わせ、その栄養を取って生まれた赤ん坊をその蟲に育てさせ、そして己のチャクラを蟲に分け与えることで唯一無二の蟲を使役できるのだ。油女にとって蟲は己の生命線ともいえる大事な相棒であり、情報管理は徹底している。
とはいえ、例外もいる。
かつて栄華を誇った千手一族も同じく森を持っていたが、里に参入してしばらくしてその近くに住んでいた民に売り払ってしまった。その者は代々林業を営んでおり森をよく手入れし管理することであたりに知られた人格者だったが、悲しくも後の戦争に巻き込まれて命を落とした。現在は大名に買い取られ、火の国東部の街を繋ぐ山道として旅人の眼を休ませている。
千手の森は、今もひっそりと豊かな自然を実らせて雲を生み、水を貯え、我々を育んでいる。
Side::うちはイタチ
シスイとの修行だけが今のオレを高ぶらせ、充足してくれる。
「チッ!」
イタチが舌打ちした。
目の前に灼熱の炎が迫りきて、顔の前で交差させた防御の両手を熱く焦がした。一拍遅れて幹を蹴り、距離を取った。その隙に手裏剣を四枚、二枚は直線距離を取って真っすぐと投げ、二枚は弧を描くように上に投げる。同じ手から同時に四枚を二つの軌道をとって投げるのは至難の業だが、イタチにはそれができる。
地面に転げ落ちたのとほぼ同時に、木の向こう側で手裏剣が弾き飛ばされる音が聞こえた。あとは上に投げた二枚が落ちる方角に、シスイを誘導しつつ影分身で裏を取る……。
「勝負ありか」
――シスイとの35本勝負、最後の一本に辛くも勝利すると、シスイがあっけらかんとした笑みを浮かべて木の根に座り込んだ。結果はイタチの11勝、シスイの24勝。
「もうお前は下忍の器じゃないな」
水筒の水を飲み干し、シスイが言った。
「今年の中忍試験も見送りが決まったんだろ?」
「ああ」
答えたイタチも水筒を傾け、冷たい水を口に含んだ。
「担当上忍は水無月ユウキとか言ったな」
そう……あの、コンプライアンスの概念が頭からすっぽ抜けた愚鈍な男さ、との言葉を飲み込んでイタチは黙って頷いた。
シスイは水無月を、「お前に嫉妬してる」と言うが、彼が何を思っているのか知りたくもないし知る必要もない。結局、自分が下忍のまま燻っている事実は変わらない。
シスイはイタチの3歳年上だが、第三時忍界大戦の影響でアカデミー卒業を早められ7歳で戦場に出た。後方支援とはいえ7歳で戦に出るということは、任務難易度はB級に相当する。この前やっとC級が回ってきた今のイタチとは雲泥の差だ。
「あの子は怪我ばかりしてるが、お前が任務で危うかったことなんて一度もない。もう十分に中忍レベルだ」
あの子、というのがどの子なのかイタチは一瞬考えた。
「ユズリハさんとこの妹の、サエだよ」
「ああ……」
イタチは僅かに眉を曇らせるのをシスイは見逃さなかった。
「珍しいな、お前がそんなに反応するなんて」
「反応?」
「イズミって娘となにかあるのかと思ってたぞ、オレは」
「イズミ?」
イタチは首を傾げた。
さっきから、シスイが何を言いたいのかわからない。
「普段はなに考えてるのか解りにくいくせに、こういうところは解りやすいんだな」
「どういう意味だ」
「鏡で自分の顔を見てみろよ」
シスイは悪戯な笑みを浮かべている。
イズミは確かに数少ない友人の一人だった。イズミと話をするときイタチは変に気を遣う必要がなくて楽で、かといえば他の人と話すときとは違う問題――何か話すことはないかと一生懸命考えたり、イズミがこの会話を楽しんでいるか考えたり――が発生する。友だち……ただそれだけの気もするし、こうして改めてシスイに追及されると違うような気もする。恋愛感情なのか、とか……つまり分からないのだ。
ただ、サエに関しては間違いなくなんともない、いやむしろ嫌悪感や猜疑心の方が強いとはっきり言えた。
「イズミのことはわからない。東雲は……あまり好きじゃない」
「へえ!めずらしいなあ……そうか、そっちだったのか」
「違う、嫌い嫌いも――とかいうのじゃなく本当に……あいつは何かおかしいんだ」
イタチは目を伏せた。シスイが少し怪訝な顔で「おかしい?」と聞いた。
イタチは脳裏で、シスイにあの時の話をしていいのか考えて――口を開いた。
「実は……以前話した大名護衛任務、覚えているか?」
「ああ、お前には辛い事件だったな」
「そう……それで……」
大名を護衛中仮面の男に襲撃されテンマが死んだ事件のことは、シスイに少しだけ話してあった。
通行人を装って話しかけてきた男に大名たちが一瞬で幻術にハマり、イタチとテンマだけがそれにかからなかった。テンマは男の力量を見誤り無謀にも突撃しようとして、男の首に手を伸ばしたら腕が貫通して、逆に男に胸を串刺しにされて殺された。彼はイタチの名前を知っていて、直後に助けに来た暗部・はたけカカシの名前も知っていた。
「……サエはあの事件でオレか暗部しか知らないはずのことを知っていた」
「人づてに聞いたわけじゃないのか?」
「人づてに……そうだろうか」
イタチの声が低く沈んだ。本当は、シスイにも暗部にも話していないことがある――あの写輪眼を知っていたんだから人づてのはずがない。
「イタチ、言いたくないなら別にいいんだ。オレはお前の修行相手としてよきライバルになっていてくれれば嬉しく思う」
「シスイは十分よきライバルだ。……親友だよ」
イタチは言った瞬間少し恥ずかしくなった。そして一息ついて、機敏に周囲を伺い「実は」と声を落とした。
「あの日襲撃してきた仮面の男は写輪眼を持っていた」
「――なんだって?」
シスイは目に見えて動揺した。里の外に写輪眼がある――しかもどう見ても里に仇名す存在として活動しているとなれば、その動揺は自然なものだ。
「本当なら大問題だぞ……」
「誰にも言わないでくれ。あの時はオレも混乱していたし、奇妙なものを沢山見たから俺自身幻術にかかっていた可能性がある。幻かもしれない」
「わかった。お前との約束だ、必ず守るさ――誰にも言わない」
シスイはまっすぐな瞳でイタチを見て、硬い表情で頷いた。
イタチはゆっくり息を吸って吐いた。まだ秘密にしていることはあるが――しかも面倒な東雲関係だが――一つ胸のつかえが降りた気分だ。シスイはいつもイタチに清澄な空気と燃えるような初心を思い出させてくれるが、今日はことさら有難く思う。
シスイがいてよかった。イタチはほんのり口を緩めた。
「それより、お父上の具合はどうなんだ?」
「ああ……相変わらずさ」
シスイは嘆息すると少し寂しそうな顔で答えた。
「最近はめっきり弱ってしまって、オレのことすら判らなくなってきてる」
「そうか……」
「まあ、人間いつかは死ぬんだ。覚悟はできてる」
彼の父は先の大戦で片足を失い、その傷が元で病を得て今は寝たきりである。シスイは父と母の三人暮らしで、家計はシスイの働きで支えられていた。
これが忍というものだ。イタチは彼の決意を前に無言で背筋を伸ばした。愛する人の死を悼もうとも、己の無力に苛まれようとも、耐え忍び耐え忍び、己の為すべきことを為せ。
「ここは良い場所だ……またここに来たいな」
シスイはあたりの森を見渡して言った。
今日イタチとシスイが修行場所に選んだのは、うちは一族がかつて活動拠点としていた土地だった。閉ざされた森にある小さな草原の向こうには、今は使われていないうちは一族秘密の集会場がある。苔とシダに覆われた石造りのその建物は、イタチは少し気味悪く感じて好きじゃなかったが、この見晴らしの良い草原は悪くないなと思った。
イタチは、「そうだな」と言って目を瞑り、首筋を通り抜ける風を感じた。
シスイがまたここに来たいと思う日のことを考えると胸が痛くなる。だが、シスイはその死すらきっと乗り越えるのだろう――ときには草むらで風の中に過去の思い出を感じ、ときには夜半の満月を臨み涙を流そうとも。
それが本物の、イタチが目指す強者たる忍の姿だ。
▼
「賢さアピールのためにそうして聞いてないことまでペラペラ喋るのやめた方がいいよ。馬鹿に見える」
「キッッッッツ」
任務から帰ってきたのが朝だったので、どこかからわたしの任務帰りを聞きつけたカカシに早速スタディサプリ下忍講座一回目を開講してもらったらこの言われよう。徹夜で走り通しだったから疲れてたのに!それでも頑張ったのに!!
こんなのわたしの知ってるカカシじゃない。“はたけカカシから優しさを引いて毒舌を五割増しにした暗部のナニカ”だ。
「実際バカなんだろうけど……」
「べ、別に賢さアピールじゃないです!今のわたしはここまで知ってるよっていう、そういうっ…会話を円滑に進める為の知識共有というかっ……」
「そこがバカなんだっつってんの。はい、今チャクラ乱れたもう一回」
「乱されたんです!」
顔が赤く、熱くなって練っているチャクラが乱れたのが自分でもわかった。
カカシはあれ以来額当てをズラそうとする素振りはしない。イレブンも写輪眼を注意してみているが、そんな素振りはないという。自分でつけた刀傷なのだから、カカシが一番わたしを疑っていてもいいはずなのに――何もしてこない理由も、何かしてくる理由もわからないままだ。
カカシはまずわたしの素の力を把握するために、忍者版体力テストを全ての項目について行った。今から全力でチャクラを練り続けろ、と指示されたので、岩に腰かけ何かの本を読むカカシの前で芝生の上で胡坐をかきひたすら丹田に意識を集中し始めたが、暫くせずに、まるで雑巾絞りのように毛穴という毛穴から汗がぐっしょり出た。ピクリとも動いていないのに貧血のように頭がくらくらして、嘘だ、もう無理、いつまでやるんだこれ、と思ったあたりで「んー……もういい」と合図が出た。
カカシはパタンと本を閉じて、「チャクラの量は、並ってとこだな」と言うと腰のポーチにしまい込む。
「その本……」
「ん?」
「もしかしてアレですか?えっ……フフッ、イチャパラですよね?」
「は?」
カカシは怪訝に眉を顰める。わたしはチャクラを練っただけでゼイゼイと肩を上下させ、前屈みに息を荒く吐いていたので、そこに笑い声が混ざって「フフッ…ゲホッ……ハアハア……フフン」と非常に気色の悪い状態になっていた。
「これはチャクラ磁気学の改訂版だけど……イチャパラって何?」
「え」
「おまえさ……その年でもうエロ本読んでんの」
「ええええ?!なっ、え?!」
「ませガキ。変な知識がつくからやめろ」
待って、さっきの“賢さアピール”とは全く別種の恥ずかしさなんだけど……!
カカシは呆れ口調の中に少し意地の悪い笑みを浮かべてこちらを見ている。勘違いされたくないばかりに「ほんとに違くて!」とか「街中の人が読んでたからそれかなって思って」とか言葉を重ねたせいで、余計に性に興味が湧いてきた9歳児としてリアリティが増してしまった。
「やらしいこと考えるヒマがあるなら、基本忍術集全五巻でも写経するんだな」
「あの本当に!!興味ないので!!!」
クソ〜〜!カカシの薄ら笑いが恥ずかしいやら悔しいやら……!
――サエもえっちなこと考えるんだ。
――イレブンあんたまで!いやあのね、わたしは……。
とっくに経験済み、というのも少し下品な気がするし、とはいえ大学三年の夏から付き合い始めた彼氏のことをなかったことにするのは寂しいし、しかし今更えっちがどうのこうのという歳でもない。ん〜〜〜と顔をギュッと梅干のようにしかめているうちに、日が沈み影が長く伸びていく。
「――じゃ、今日はここまで!次は適当にオレが見つけるからこの辺で修行してろ」
「はい……ありがとうございました」
カカシは背中越しに手を振って、ボンと音を立ててその場から消えた。なんと、ヤツは影分身だったのだ。全く気が付かなかったことに舌を巻いて帰路についた。
アカデミー帰りのコゼツを拾って、そこでイズミとハナ、ちどりに会ったので久しぶりに一緒に帰った。
「最近イタチどう?」
「ん〜、思春期って感じ。ムシャクシャしてる」
「あはは、そうなんだ。イタチのことそんなふうに話すのサエだけだよ」
イズミは高い声でころころ笑った。
「でもほんとなんだよ?わたしのことガン無視するもん。イズミからもなにか話しかけてやってよ」
「うん、そうする。無視されないといいな」
「そしたら火遁ぶつけてやれ火遁」
うちは地区のほうへ向かうT字路で別れると、ちょうど左の屋根の上をイタチをシスイが走り去るのが見えた。イタチもスタサプかな?徹夜で帰ってきたくせに……自分もそうだけど子どもの癖に頑張りすぎだろ。
でも……彼らは世界を平和にできる強い忍を目指している。フィギアスケート日本代表選手が小学校入学前から練習を始めるように、将棋や囲碁の世界で天才小学生がゴロゴロいるように、東大合格者が幼稚園の頃から塾に入るように、彼らは世界レベルの忍を目指して練習を積んでいる。それなら、小学生は休み時間にドッチボールして家で漫画やyoutube見てゲームしてちょっと宿題して寝るくらいでいいんだなんて無責任なことは言えないって、最近そう思う。
「来週のお祭り、一緒に行かない?」
「お祭り……?あっ隣町の?」
「そう!お母さんが連れて行ってくれるの!」
イズミの家は父親が第三次忍界大戦で死んでいるから母子家庭だ。「行きたい!わたしもスグリたちに聞いてみる!」と言うとイズミは嬉しそうに頬をほころばせて「じゃあね」と手を振った。
夏と言ったら海、河、山、プール、クラブ、ライブだけど――祭もあるよね。