9歳 スタサプ下忍講座A
 京都人は直接的な表現を避けて婉曲的な言い回しを好む、という話を聞いたことがある。有名な『ぶぶ漬け』の例だけでなく――他人の家を訪問した際ぶぶ漬けを勧められたら、来てほしくないから帰ってくれという意思を示しているというもの――京都では、角が立たないようにこちらの主張を伝え、相手もまたネガティブな単語を使うことなく本音と建て前を察するというコミュニケーション風土があるという。
 とはいえわたしが京都に旅行に行ったときそのような会話を見聞きした経験はないし、京都出身の友人はとても直接的なもの言いをする竹を割ったような女の子だけだったので、実のところ本当に在る文化なのか半信半疑だ。京都人は“はんなり”と相手に拒絶や批判を伝える、というネタはネットでよく擦られている日本文化だが、わたしの中では非実在性文化として伝説枠から出てくる様子はない。
 しかし、そんな京ことばも江戸しぐさも知らん田舎から出てきたおのぼり現代人でも、いつも優しいユズリハが、今は忙しくて妹の訪問をあまり歓迎できない様子であることは十分伝わった。それにユズリハの義実家の方々も……「元気だね」という言葉が遠回しに何を伝えたいのかわからないふりをするのは難しい。


 柱間穢土転生計画が停滞したまま夏が来て、タイムリミットまでじとじとジワジワ一日を消化していく中、偶然カカシに再会した。

「あ」

 今日は、カラッとした青空に白い入道雲が映える夏真っ盛りの日曜日。ここのところ任務とアカデミーで夜しか一緒に行動できていなかったので、久しぶりにコゼツと二人で朝からお出かけした。少し身体を動かしたあと本蟲ツタさんの家にお邪魔して珍しい本を読ませてもらったり、甘味屋でかき氷を物色していたら、人混みに紛れて商店街の路地から出てきたのが見えた。
 本当に偶然だった。カカシは暗部服ではなかったが、半袖肌着の上からベストを着て額当てをしている。目が合ったのに、彼は驚きもせずにスッと視線を逸らした。

「カカシさん!!あっ……あの……っあの弟子にしてくださ」

 隣でコゼツが「え?」と言った。折角ミス木ノ葉の里次期ナンバーワンの呼び声高い東雲サエ様が声をかけているというのにカカシは呼びかけを無視して技巧的な身のこなしで雑踏の中に消えていく。急いで走って追いかけた。

「あの!あの……先日はありがとうございました。カカシさんのアドバイス通り練習したら手裏剣の命中率が上がりました。もっと教えてもらいたいです!弟子にしてください!」

 コゼツが遅れて追いついた。カカシは後ろを振り向き一瞬怪訝な顔をしたが「断る」とすげなく言ってまた歩き出した。思い切って手首を掴んだ。

「いきなりなに。断るって言ったんだけど」
「はい、聞こえました……でもそのー、弟子にしてほしく思います」
「この前教えたのは借りがあったからで、もうオレと君は無関係だよ」

 冷ややかな態度に少し凹みそうになるけど、めげない!しょげない!諦めない!

「でも……あの、本当にお願いしたくて」
「手首、離してくんない」

 カカシが不愉快そうに眉をひそめて、わたしに掴まれている手を上に持ち上げた。
 周囲の通行人の視線が自分に注がれるのを感じた。下忍が上忍に食い下がる光景は珍しい……仕方なく腕を離すとカカシはまた歩き出そうとした。

「っ良い師弟関係を結べるかどうかは、未熟な忍の成長に強い影響を及ぼすと思います!アカデミーの学習要綱にも一対一の師弟関係を推奨しているとありました。でも、現状木ノ葉の里に公的な師弟関係支援制度はなく、下忍が自主的に師匠を探す必要があり、結果的に同じ一族内でフォローしあっている状態です。同じ班のイタチはうちは一族にお兄さんみたいな人がいて、休みの日に修行をしてもらっているけど……わたしは一般家庭出身だからツテがなくて……」

 カカシは足を止めて、もっと深いしわを眉間に寄せて振り向いた。

「忍術の取り扱いの難しさから、下忍にはわずかな情報しか与えられていません。それは、今自分に必要な情報を選ぶという煩雑さをなくしてくれる側面はありますが、同時になかなか次のステップに進めないということにもなります。自己鍛錬を続けるより、ノウハウを直接教えてもらう方がよっぽど効率的だし………」
「うざいなおまえ。師弟関係を結ぶことはオレも推奨してる、他の人を当たれって言ってんの」
「カカシさんは今お弟子さんいらっしゃるんですか?」
「君に関係ある?」
「ないです…が……」

 『必殺・論点ズラし畳みかけクソリプの術』で論破しようと思ったがやはり上忍、容易くはない。それにこの術、相手をうざがらせるというネガティブな効果も併せ持つので下手な乱発はうまくない。(既にうざがられてしまった)

「カカシさんに教えてもらいたいんです!!他にツテもないんです!!」
「オレとのツテを作ったつもりはない」
「強い忍には下忍を育てる義務があると思います!ほかに弟子候補がいるなら……しょうがないですが……でも……」
「……三代目みたいなこと言うね」

 カカシはため息をついた。
 人通りの多い通りの真ん中で話しているから少し目立っている。コゼツは後ろで黙ってみている。

「んー……じゃあ、テスト」
「え?」
「オレ、やる気ない奴も才能ない奴も嫌いだから。この前教えたことが身になっているか今から見る」
「え?!……えっ」

 カカシは足の向きを変えて、「来て」と言って地面を蹴った。

――サエ、カカシの弟子になりたいの?

 頭の中でω-11が聞いた。

――なりたい。なろう!ってさっき決めた。
――疑われてるならいっそ、ってこと?
――そう〜どうせ向こうが本気出したら秒で捕まっちゃうし、だったら強くなれるだけなっておこうと思って。
――幻術かけられたらどうすんの。
――そこはイレブンちゃんのお力で。間一髪の神セーブ期待してます!
――えっボク頼み?!

「はぁ〜〜〜…まあ今やることないしなあ」

 ω-11が戸惑いの声をあげ、コゼツがため息をつく。カカシの後を追った。



 結果――見事カカシ弟子入塾試験に合格した。
 試験内容は手裏剣のみで、”動かない試験”(今立っている場所から動かずに、カカシが設定した10個のマトに当てる)と、”動く試験”(カカシの攻撃をかわしながらマトに当てる)の二本立て。”動かない試験”では命中率70%の基準ラインを下回り、”動く試験”は合格点に至らなかった。

「それなのにホントにいいんですか……?」
「合格って言ったでしょ」

 カカシは諦めたように肩を落とした。
 我ながら驚きだ。驚いているのは合格したことだけじゃない。



 難しい試験だった。
 早速”動かない試験”でヒット率60%を叩き出し合格ラインを下回ったわたしは、次の試験で合格ライン+10%の結果を出さないとなあ、と緊張していた。次の試験の準備をするカカシを待っていると、「キミ、こっち来て」といってカカシが突然コゼツをどこかに連れ去った。

――イレブン、コゼツどうなってる?
――樹に縛り付けられてる……けど危害を加える感じじゃないよ。
――なるほど……なるほどねえ。
――よく見えないけどマトがアイツの頭の上に貼ってあるみたい。頭の上って言うのは、頭に貼ってあるんじゃなくて木にってこと。

 ”動く試験”はポイント制だ。紙で作ったマトには、黒いペンで一重〜五重の丸が書いてあり、マトの設置準備が終わるとカカシは「丸の数がそのままポイントになる。丸一つの紙は1ポイント、五つが5ポイント」と言った。

「もしかして、コゼツってマトになってます?」

 カカシは無視した。

「手裏剣またはクナイで当たった攻撃のみ有効とする。10点で合格」
「あの、さっきの試験、足きり引っかかってるんですけど……」
「ま、結果発表は後」

 カカシは時計を出して切株に置いた。

「火遁で焼いたり、水遁で濡らせたりしても無効!あくまで採点のメインは投擲技能だ」
「動いていいってことは、最悪マトのすぐ近くで突き刺してもいいんですか……?」
「オレの攻撃を避けながらできるならな」

 カカシはクナイを指にひっかけくるくる回した。

「森の一角に赤い紐で空間を作った。殆どのマトがそこに仕掛けてある。オレはそこより外には出ないが、外にいる君に攻撃はできる。君は何をやってもいい。勿論オレに攻撃するのも自由だ」
「え〜〜……」
「怪我はいくらでもしていいが、オレに捕まったり死亡判定を受けたら即終了。捕まらなくてもポイントが10に満たない場合は不合格」
「えぐ」
「制限時間は10分!今から上に投げた石が地面に落ちたらスタートね」

 石が地面に落ちた瞬間、カカシはその場から消えた。
 殆どのマトが森の赤い枠の中にあったが、1ポイントのマトが5つ、赤い枠の外側に置いてあった。まずは外のマトを全て当てようとしたが、走って探していても、しゃがんで枠の中の様子を伺っていても、わたしの背後から回り込むような手裏剣が降ってきた。カカシは赤い枠の中に陣取りながらも、木々を避け死角に回り込むような急カーブを描く攻撃を容易に放った。幸いなのは、生い茂る森の木々がカカシの手裏剣を遮り葉の擦れる音を立ててくれることだ。
 影分身を使ってカカシを円の東側に誘導して西側の3点マトを当てようとか、カカシがわたしに攻撃するタイミングを狙って手裏剣を放とうとか、色々な工夫はすべて看破されあっという間に時間が過ぎた。円の外側のマトを全て命中させたとき、制限時間は残り2分になっていた。
 もう円の中に飛び込む以外手がない。それどころか、あと5点取るにはなるべく高得点のマト……5点マトを狙うしかない。

――このまま負けてくれないかなあ〜
――なんでぇ〜?
――重圧だよ〜カカシの写輪眼からサエを守るなんて、そんな仕事できないよ〜。

 ω-11は弱気だ。

――そんなことないって!まあ実際、弟子入りできたら儲けもの、くらいの感覚だけど……ここんとこ負け続きだし突破したいの!

 カカシがコゼツの頭上に5点マトを貼り付けているのは明白だ。彼が何を考えているのかもなんとなくわかるが、だからって解決策が見つかるわけじゃない。
 とにかく円の中に飛び込もう――まず、外からカカシを視認するために外から見える枠内のマトに手裏剣を投げた。チン!と音を立てて空中で手裏剣が弾かれるのを確認して、その手裏剣が放たれた方向とは反対側に回り込み、赤い枠内に飛び込んだ。
 葉が切られる音がして、カカシが二枚手裏剣を投げてくるのを木の幹に隠れてやり過ごす。

――起爆札を投げてコゼツの拘束を解く!どこにいるか教えて!
――ここをまっすぐ行ったデカイ木!あいつの目の前の木に落とし針のトラップあるから、気を付けて!
――了解!

 ω-11と会話しながらカカシから逃げた。

「逃げてちゃ当たらないぞ!」

 カカシが叫ぶ。
 マトはそこらじゅうにある――だが、わたしの技術では、攻撃準備動作がそのまま隙になる。無理矢理投げても当たらないし、手裏剣の数も限られる。
 残り時間を考えたら、周囲のマトは無視してコゼツを解放し、マトを持ってきてもらうしかない。コゼツがいる樹が射程距離に入ったところで、影分身を二体出して一体をカカシに突撃させ、一人に自分を守らせ、起爆札をつけたクナイを投げた。

――その直後、いろいろなことが同時に起こった。
 起爆札をつけたクナイをコゼツが縛られている反対側の縄に投げた瞬間、縄の裏側に5枚の起爆札が仕込んであるのが見えた。

「あぁっ!?」

 まさか、そんな!!擦れるような甲高い悲鳴が漏れる。一瞬で身が凍りついた。
 クナイを手裏剣で叩き落とす手も考えたが、飛んでいるクナイに命中させるなんて芸当はできそうにないし、手裏剣を振りかぶる一瞬さえ惜しくてコゼツにむけて走り出した。起爆札付のクナイは刺さってから爆発するまで数秒かかる。
 一方カカシは、まず攻撃しにいった影分身体の勢いを利用してワイヤーで首を撥ね飛ばし、同時に投げた手裏剣がわたしを守っているもう一体の影分身の脳天に刺さった。
 起爆札五枚+一枚の爆発は、建物を解体するのに十分な威力だ。至近距離で浴びたら、良くて重傷悪くて死ぬ。一秒後、木の根元がドン!と音を立てて爆発した。

「―――ッ!」

 爆風の中に突っ込むようにして地面に転がり落ちた。予想よりはるかに、爆発が小さい。コゼツが縛られていた樹の幹に駆け寄ると、彼はぴんぴんしていた。

「コゼツ!大丈夫?!」
「エッなに?――えっ」

 一拍遅れてω-11から隠し起爆札のことを聞いたのだろう、コゼツはぎょっとして幹から離れた。爆発して千切れた縄を解いて引き寄せると、縄にねじ込んである起爆札は千切れていた。

「偽物だ……」

 忍者が使う市販の起爆札には、赤の切れ込みのマークがある。任務で偽の起爆札を使うとき、本物そっくりに作られているので間違わないために青の切れ込みが入っている。コゼツが縛られていた縄に貼ってあった起爆札は、すべて陽動用の偽物だった。
 身体に全然力が入らない。震える両手をコゼツの肩に置いて、「ああ〜〜………」とため息をついた。カカシが後ろに降り立つ気配がした。
 そこで、タイマーが鳴った。



「――合格ライン超えませんでした」

 カカシの手裏剣が掠った腕や、起爆札の爆風で裂けた木が少し刺さったコゼツの背中を手当てしながら、わたしは聞いた。
――カカシが、この試験で私の実力を測ると同時に仲間を大事にする気持ちを見ているのは明白だった。あのとき、事前の試験で自分の命中率が五分なのを理解した上で、コゼツの頭上すぐ上に貼ってあるマトを狙うかどうか見ていたはずだ。
 でも、今回はそれ以前にコゼツを命の危険に晒してしまっている。人質が取られているとき相手の状況を確認するのは絶対なのに、ω-11を通じてコゼツと会話できる、という油断が招いた怠慢だ。

「起爆札が偽物だったのにも気が付かなかったのに」

 まだ指が少し震えている。自分でもこんなに動揺していることに驚いている。

「確かに条件は満たしてない」

 カカシは岩に腰かけて静かに言った。

「それどころか、基本がなってない。人質を取られたときはまずトラップを疑ってしかるべきだ。相手の居場所、周辺、身体や精神そのものに仕掛けある場合もある。こんなのは5点ですらない、ゼロ点だ」

 ドキッとした。
 まさに野原リンがそうだ。

「すみません、そのとおりです」
「オレならアカデミーに戻すね」
「はい」
「担当上忍誰だっけ」
「水無月ユウキ先生です」
「みなづき……、ああ」

 アイツね……とどこか納得したような声でカカシが頷く。
 うわ〜!わたしのせいで水無月先生の評判が下がった!ただでさえ、イタチには疎まれシスイにもバカにされ、ダンゾウにこき下ろされているというのに。別に大して好きじゃないけど、水無月ユウキの名に無能の烙印を押す上忍がまた一人増えた。
 カカシは、「つまりさ」と言葉を続けた。

「その子の生死は任務遂行の可否とは関係ない。それに関係あってもなくてもおまえは点を取れていないわけだから、これが任務なら失敗だ。最初に言ったようにオレは才能ないヤツも怠けるヤツも嫌いだ」
「はい。よくわかりました」
「けど……合格ラインはそこじゃない」

 そこで初めてカカシが笑った。右眼の目尻に皺が寄っていた。

「”極限状態で仲間の命を優先できるか”――忍の技術とは、任務を成功させるだけじゃなく仲間と共に帰還するために磨くもの。枠の中に踏み込むと決めた時点で、人質の解放を優先した作戦自体は悪くなかった」

 前に見た笑みよりも少し柔和で明るい笑顔だった。もえるような濃い碧が繁る森の中、青葉の木漏れ日に煌めく快活な笑みを見て、わたしは彼がまだ十代の青年だったことを思い出した。
 こうして、カカシの弟子になることが決まった。
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