9歳 スタサプ下忍講座@
Side::はたけカカシ
柱間細胞強奪未遂の件で班のリーダーだった年嵩の男“ツチノト”がロッカールームに入っていくのが見えた。
「お疲れ様です」
「……オレに言ったのか?」
カカシも続いてロッカールームに入り挨拶すると、“ツチノト”――水戸門タルミはちらりと周囲に視線をやったあとカカシに聞いた。
「そうですよ、先輩。これから任務ですか?」
「ああ、短期だがな」
タルミとは、あの件の報告と始末書の製作のために少し話をした以来だ。
柱間細胞を守るという任務は達成したものの、里の安全を揺るがす可能性を残す結果になり班員四名で情報交換と恒例の反省会を行った。タルミは班員同士改めて面を取って顔を合わせた折り、微かに笑みを浮かべて「君の話はよく聞いている。連日の任務で忙しいだろうに、あまりフォローできず悪かったな」「はたけカカシといえばすっかり木ノ葉の英雄だ」と言って握手を求めた。カカシにこういう類の世辞を並べる人間は多いが、タルミの声色には卑下も諦めも妬みも感じなかった。
タルミは両腕に手際よく手甲、腕当てを装着して、刀を数センチ鞘から抜くと柄のほころびを確認してベストにセットした。カカシはタルミの三つ隣のロッカーを開け服をしまった。地下に埋まる土壁に覆われた暗部詰所にも、地上で燦燦と降り注ぐ太陽を浴びるひぐらしの声がした。部屋から数人の暗部が出ていき、二人きりになった。
「……たしか、雲の監視増員だったな?冬の後発隊の」
「そうです」
タルミは雲の件で国境警備部隊の部隊長として赴いているはず、と考え、カカシは頷いた。
「どうもアレで終わらなかったらしい」
「――どういう意味です?」
「近々暗部全体に通達があるはずだ。作戦班に選ばれるかもしれないな……もしくは部隊長に」
カカシはロッカーの扉を掴み、そのまま止まった。
「それは、任務のために調整しておけという気遣いですか?」
「整えておいた方がいい、かもしれない」
タルミは「かもしれない」を強調し、パタンとロッカーを閉めた。
「戦後といってもなかなか息がつけないな」
「所詮、戦後なんて戦争と戦争の中休みですよ」
「ははは、かもな」
タルミは流し目でカカシに笑いかけ、己の面をつけてロッカールームを出た。
――雲の件がまだ終わっていない?
日向家当主の弟の命を犠牲にして、木ノ葉が痛みを呑んでまで終わらないとなれば、いかに穏健派の三代目でさえ戦争が視野に入るだろう。そうでなければ示しがつかない。オビトを、リンを、あれだけの幼い犠牲を伴う第三次忍界大戦が終わったばかりなのに……。
ひぐらしはまだ鳴いている。
▼
「容疑が晴れたとか全然嘘じゃん!」という阿鼻叫喚の夜を越えて、翌日からまた任務が入った。今度は、火の国北西部で流通している麻薬の流通元を突き止める……という少々難易度の高い案件で、戦闘だけでなく捜査・追跡技術も要求されるという意味でCランクだった。下忍に上がったばかりでもうCランク任務を二回も負うことになるのはハイペースだと思う。
「――報告をまとめると、ケシと大麻の両方が栽培されている可能性が高い。既に幾つか取引現場は判明している。我々は取引の実態を確認後、捕縛、または追跡調査を行う」
今日は出かける前にキッチリ事前説明と作戦立案が必要ということで、任務受付所で説明を受けた後、いつもの集合場所で水無月、イタチ、サエ、ヨウジの四人で報告書と地図を囲んで座った。
イタチは朝から一言も話してくれない。わたしだけに塩なのかと思ったが、ヨウジにも水無月にもより一層対応がそっけない気がする。
カカシの件も予想外だったが、イタチにあそこまで踏み込んだ話をしてしまったのも予定外だった。イタチは、わたしに刀傷をつけた侵入者がテンマを殺した仮面の男=オビトだと思っているはず……ただ、同時に疑いもしているはずだ。
「そういえば、サエが襲撃された件で暗部に話を聞かれたぞ」
移動しながら水無月が言った。
「えっ先生、そういうこと話しちゃっていいんですか?」
「なあに、深刻な雰囲気じゃなかったし大丈夫だろう。あの夜目撃した不審者についてだ、お前のところにも来なかったか?」
「はい、来ました……聞かれました、少し」
後ろから着いてくる二人から視線を感じる。
「やはり、里に侵入者が紛れ込んだらしい。どうやって感知システムを破ったのかが分かっていないから、今感知班はてんやわんやだそうだ」
「ほへえ」
――どっちだ?
イタチやわたしの証言を基に本当に外部の犯行だと断定したのか、水無月のようなセキュリティ意識の低い忍には対外的に”外部の犯行”だと通達しているだけなのか……。
こうなると、イタチが仮面の男について堂々と情報提供してくれればより好都合だが、しないだろうな。たぶん今のイタチは、里の外に写輪眼がある重大性よりも、テンマを助けられなかった己の無力さ、オビトの写輪眼に竦んで動けなかったことの悔しさが勝っている。
イタチは、アカデミーを卒業し初めて配属された班で班員の一人であるテンマを死なせて、もう一人のシンコは心に傷を負って忍をやめてしまった……これをきっかけに写輪眼を開眼したという事実からして、テンマの件がイタチの心に重く激しい衝撃を与えたことは明白だ。イタチは、決してテンマと仲良しこよしではなかったと思う。”重く激しい衝撃”というのは「彼を失って悲しい」という意味ではなく、「高い志を抱いてアカデミーを飛び級した自分の力が全く叶わない相手がいた」という事実であると考えられる。それが、彼に焦げるような悔しさを抱かせ、より真っすぐに強さを求める執念へ変わった。
わたしは、「早く見つかって欲しいですね〜」と言って、チラッとイタチの方を見た。
「実はわたしの眼って二つしかないんで、もう片方斬られたら全盲ですよ〜全盲!」
「おいおい、なんでまたお前が斬られる前提なんだ!」
水無月がガハハと笑った。フったわたしも悪いけど、ガハハじゃねえだろ。
イタチは誰の方も見ずに、眉間に皺を寄せてただ木の上を走っていた。
▼
「第十三回!あの夜を回避しようの会議、始めます!」
移動含めて五日間の麻薬取締任務から帰還して、翌日昼。
久しぶりに紫雲山脈の洞窟にてあの夜会議を開いた。今日の題目は、本筋とはあまり直結しない二本立て。”カカシ(暗部)からの疑いをどのようにして晴らすか”、そして”柱間細胞奪取再チャレンジ方法について”だ。
今日の列席者はコゼツ、デルタシリーズから代表でδ-2、ω-11の3人。
「議題その一、”暗部またはカカシからかけられている容疑を晴らす方法”ですが――はい、コゼツさん早かった」
「『死体をつくる』。ヒザシのときみたいに、誰か適当な奴にボクらが変化してもう一度侵入して、暗部に殺させて死体を回収させる」
「ふむ……。他の人ー」
「………」
「じゃあわたしの案ね、『別の犯人を祭り上げる』。別の人に盗んで貰って、その人を目撃させる、または殺させる」
今まではノートに書いていたが、ホワイトボードを入手したので今回からはより会議らしくなった。
洞窟の壁のちょうど木の柱の近くにホワイトボードをくくりつけ、その前に立ってホワイトボード用マーカーで箇条書きにしていく。
「他に何かある人ー」
「ハイ」
やる気に満ちていると噂の新人、ω-11が自信なさそうに手を上げた。
「めちゃくちゃ強い幻術をかけてもらう……」
「どういう意味?」
「暗部たちに捕まったら、サエもコゼツも忍術で情報を吐かされるんでしょ?だったら、その前に誰かにもっと強い幻術をかけて貰って、偽の情報を話す……話すように仕向ける……とか」
「なるほど……」
@コゼツ派遣社員ズで死体をつくる。
A別の犯人をつくる(→殺させる/目撃させる)
B偽の情報を記憶に上書きし、尋問対策
「うーん……」
書き出してみたものの、全ての案で難易度が高い。
まず、@は成功したとしても見破られる可能性が非常に高い。
研究所に忍び込んだとき、グルグル用のガンマの姿をバッチリ見られているから、死体を見つけても容易に信じないだろう。それにあの場に残されたガンマの身体を解析されているだろうから、死体についても念入りに調べるに違いない。今回は日向ヒザシと同じ手は使えないのだ。
Aは、成功すれば時間が稼げる。だが、まず成功させるのが難しい。柱間細胞が欲しいな〜って思ってる人に「最近、あの辺警備緩いらしいっすよ」って囁いて盗ませるのか?絶対無理だ。かといって盗んでくれそうな仲間に心当たりはない。
Bは、成功すれば高確率で容疑者リストから外れるとても良い方法だ。今後どれだけ奴らに疑われようと、堂々と尋問されてにいって彼らに白だと思わせることができる完璧な作戦である。超絶不可能だという点に目を瞑れば。
犯人側の視点で行われる推理小説を幾つか読んだことがあったけど、犯人が完全に疑われ始めてから容疑を晴らす展開ってなにかあったっけ?証拠を隠滅する、既に死んだ人に容疑をなすりつける、別人を容疑者に仕立て上げる……これくらいしか思いつかない。しかし、証拠を隠滅しようと別人を容疑者に仕立てようと、この世界では元の世界とは違う決定的な尋問手段”幻術”がある。
あれがある限り、一度捕まったが最後絶対に隠し通すことはできない。既にカカシないしは暗部に疑われてしまっているわたしは、極端な話真犯人が出てきたとしても”念のためこいつも調べておくか”の一言でゲロが確定する、リーチがかかっている状態だ。
「どんな状況でも巻き返しが効くという意味では、Bが一番だけど……」
「イタチに頼むとかは?」
「いやむりむり!」
昨日までの任務での様子を思い出し、イーッと歯をむき出して頭を振る。
わたしのやらかしも少し入っているかもしれないけど、たぶん思春期だ。子どもには周りの大人が全員愚かに見える時期がある。成長が早く、実際に何人かの大人より聡明なイタチにとって今は鬱憤が溜まって仕方ないのかもしれない。
「絶対無理。完全にわたしのこと警戒してるし、信用されてない」
そもそも、いくらイタチが天才って言ったって9歳だ。体術ならまだしも、幻術に特化した尋問部隊を誤魔化しきれるほどの強力な幻術をかけられるとは思えないい。ただの幻術じゃダメなんだ、情報引き出しのプロの目を誤魔化すような完璧な幻術をかけられる人じゃないと……。
そう考えると思い当たるのは、うちはシスイだ。
シスイの万華鏡写輪眼、別天神は、本人が幻術にかかったことすら気づかない完全無欠の幻術とされていた。あれなら高い確率で尋問を掻い潜ることができるかもしれないが……。
「シスイの万華鏡写輪眼なら可能かもしれない。でも……まあ、無理だよ」
「ふ〜ん……」
さすがのコゼツも唸り、二人してため息をついた。ω-11が二人の様子を見て、「こまったね」と言った。
議題は次にうつった。議題その二、”柱間細胞奪取再チャレンジ計画”。
ここに関しては、そもそもの目的である”千手柱間を穢土転生させる”以外の選択肢についても遡って議論された。
《選ばれたのは、柱間でした――。》何人かの候補者のうち綾鷹が如く選ばれた理由は、彼の影響力がうちはと里上層部双方に対して絶大であり、穢土転生に必要な個人情報物質の入手が楽だからである。当初の見解では、警戒されてはいるものの、まだ在るかどうかもわからない他の候補者の個人情報物質を狙うよりは居場所がわかる分楽だと想定されていた。それでも手に入らないのであれば別の人を擁立するしかない。
柱間細胞を諦めるなら、最早個人情報物質の入手が容易い人物を優先的に穢土転生するべきかもしれない……。捕らぬ狸の皮算用ばかりしていても仕方がない、できることからはじめよう。
「ハア〜〜〜」
「じゃあ、ぼくら(デルタシリーズ)は一旦お休み?」
「まだ調べてないところあるだろ?引き続き調査続投」
「了解……ずっと地面の中で飽きるよ。なにか面白いことがあればいいのになあ」
「あっちゃダメだろ」
詰んでる。コゼツたちがスモモにかぶりつき冷たい麦茶を飲んでいる様子を横目に、石の床に毛布を敷いただけの地面に寝そべった。
いざとなったらせめて捕まる前に里抜けだけはしなければいけない。命さえあれば、まだやり直すチャンスがある。
▼
困ったときはお姉ちゃん。(ついでにシスイに会えたら人脈作ろ)
ということでユズリハに会いに行った。あまり頻繁に会いに行くと迷惑かなとか、新しい忍服を催促してるみたいで嫌だなとか思ったけど、明日からまた任務だしエネルギーチャージってことで許してもらおうという算段だ。
しかし家に行くとユズリハは不在だった。玄関扉のすりガラスの向こうには灯がなく鍵が閉まっていて、しばらく家の前でうろうろしていると「サエちゃん?」と声がかかった。
「やっぱり、ユズちゃんとこの妹さんよね?」
長い黒髪を首の後ろで束ねた、背の高い女性だ。襟ぐりの広いうちは装束をきて、脇に抱えた鞄には書類と果物がみえる。少し見覚えのある……鼻筋が通っていて、アーモンド形の黒い目、結婚式のときに見かけたうちはミコトさんだ。
「ミコトさん!こんにちは」
「やっぱりそうだ!その栗色の髪……少し伸びたわね。――あら、本当だ。眼を怪我したって聞いたけど」
「あー、はい」
ミコトは「大変」という顔をしてこちらに近寄ってきた。
「今ね、ユズリハさんはいないと思うよ。旦那さんのお父さんの面倒観に行ってるから」
「ヤクミさんの……お父さんですか?じゃあ姉は実家に……?」
「そうね、今は義姉のクルミさんと同居されているんだけど、クルミさんはお爺さんも面倒を見ているから大変なの。クルミさんの旦那さん、ヤクミさんのお兄さんのネギさんのことね、その方は少し前に亡くなっていて今クルミさんが家を一人で回さなければならないから」
沢山固有名詞が出てきて混乱しながらミコトの話を聞いた。ヤクミの兄がネギってことしかわかんなかったよ……兄がネギで弟がヤクミって一気に一般化しすぎでしょ。もっとショウガとかミョウガとかオオバとかなかったのか?
「――だから、お姉ちゃんはお手伝いに行ってて忙しいの」
「そうなんですか」
「寂しいねえ」
ミコトはよしよしとわたしの頭を撫でた。
ミコトさん……目元がイタチにそっくりだ。思わず、原作のあの描写が頭に浮かんだ。フガクとミコトが畳の上で並んで正座し、その後ろに刀を構えたイタチが立っていたコマ。
「サエちゃん?」
「あ、えーっと、じゃあ今日は姉のところにいったら迷惑ですか?」
「そうねぇ……ちょっと、お仕事の邪魔しちゃうかな?あ、でもサエちゃんもすごくしっかりしてるもんね?邪魔しないでいられるかな?」
「はい!何かできることがあったらなんでもやります!」
しかしできることって言ったって、義父の介護か……大変だな。
木ノ葉の里は基本的に公助の概念がない為、役所の福祉課も訪問看護サービスも老人ホームも医療養護施設もホスピスも緩和ケア病棟もない。任務で怪我をしたり病に臥せたり年老いた者は血筋の近い人が最後まで面倒を見るのが一般的で、サエと同い年でも祖父祖母の面倒を見ながら下忍をやったりアカデミーに通う子どももいるくらいだ。原作ではオビトがそうだったし、シスイも任務で怪我をした父と母を養っていると真伝にあった。
義姉クルミの家にはクルミの祖父、母、ヤクミの兄ネギの父、クルミの子ども二人が一緒に住んでいるという。今は祖父と父の両方をクルミと母で看病しているというが、クルミの母もだんだん腰が悪くなってきている。……ミコトは丁寧に話して聞かせてくれた。ミコトにとっては他人の家の事情なので随分事細かに説明するもんだな、と思ったが、価値観の違いだろうか?
もしこのままクルミの母親も身体を悪くしたら、女手一人で子どもを育てながら三人を看護介護することになりあまりに負担が大きい。幸いユズリハの両親はまだ健康だから、今後要介護者を一人か二人ユズリハの家にうつして、一緒に住むことになるかもしれない……それなら、クルミさんの家に上がり込むよりはわたしもユズリハのお手伝いがしやすいけど。
ミコトは、「イタチのことをよろしくね、難しい子かもしれないけど仲良くしてあげてね」と困った顔で言って別れた。わたしはミコトに教えてもらった道を辿ってネギ・クルミ家を目指した。
白い漆喰の壁に団扇の紋様が連なる、重々しい家々が立ち並ぶ少し小高い丘を登ると、路地の途中にシスイをみかけた。
後ろからでもわかる、カガミ系統の黒い癖毛。イタチより幾つか年上で背が高く、黒い装束の上からベストを着ていて――左手で小さな子どもと手をつないでいる。
「シスイさん!――あ」
後ろから駆け寄るとパッとシスイが振り向いて「お前はー……ああ!久しぶりだな、サエ」と破顔し、その横からヌッと不機嫌そうなイタチの顔が出てきた。
ということはシスイと手を繋いでいるのはサスケか。
「……あ、イタチだ〜…」
「…………」
気まずい。イタチはあからさまに神妙な顔でわたしを見て、軽く会釈した。
そんなイタチのことはまあ適当にいなしておいて、シスイの脚の後ろに隠れているサスケに「こんにちは」と手を振った。サスケは引っ込み思案のようで、わたしの顔を見たあとイタチを見上げて、シスイを見て、その後小さな手をちょろちょろ振ってくれた。
「かわいい〜!!」
「なんだぁサスケ、緊張してるのか?ん??」
シスイがサスケのそばにしゃがみこみ、わきの下に手を入れて身体をぶるぶる横に振る。サスケはすぐに笑顔になって、「いひひ」「うふふ」と笑っている。
シスイさん、小さい子どもが好きなんだ。
彼の子どものあやし方が微笑ましくて暫く眺めていると、いつの間に近寄っていたイタチが耳打ちした。
「シスイさんに何か用か?」
「別にそういうわけじゃ……ユズリハに会いに来ただけ」
「……あの人は今年組合員だから色々忙しいはずだ。あまり世話をかけないほうがいい」
「組合員?」
「うちはは一族内に組合というものがある。一族での集会や年末年始、慶弔などの集まりの準備をする仕事を役回りで受け持つんだ。だいたい、一族の若い者や外から嫁いできた者が一年間担当する」
「へぇーそんなのあるんだ……」
介護もあるのに組合員も?忙しすぎる……。
ユズリハは人当たりが良いから、物凄く気づかれしそうだ。
「それってわたしが手伝っちゃダメなやつだよね?」
「当たり前だろう。お前は一族じゃない」
「そっか……そうだね」
シスイに肩車されたサスケがキャッキャッと高い声を上げて喜んでいる。それを見ながら、右手に触れた生垣を弄って「あんまりうちは地区に来ない方がいいのかなあ」とぼやく。
イタチは少し意外そうに片眉を上げてわたしを見た。
「さあ……それはお前の姉さんに聞いてみないと」
「そうだよね」
手持無沙汰に、生垣のつつじの木から葉っぱを毟った。
ユズリハはもう、うちは一族の一員としてやらなければならないことがある。うちはの一員として……きっとそのうち、いやもしかしたら既に、南賀ノ神社での会合にも出ているのかもしれない。
そのとき、イタチの両目が目に見えないほどの機敏さで周囲を見渡し、声を落とした。
「あの話、オレの他に誰か話したか?」
パッとイタチの目を見る。
イタチの、長い睫毛に縁どられた大きな瞳はシスイの方を見ている。
「……してないよ。なんで?」
「ならいい」
「……」
イタチは眉に皺を寄せた。何か言おうと口を開いても、荒々しく息をつくばかりだ。
「イタチって結構苛々してるよね、いつも」
「……自分の器に見合わない任務を続ければ、もどかしくもなる」
少し驚いて目を見張った。
イタチがこんな風に思っていることを口にしたのは初めてだ。
「今の任務、イタチには簡単すぎるもんね。十分中忍レベルに強いし」
「……お前にオレの強さの底がわかるのか」
少し嘲るような口ぶりだ。
首をすくめて「わかりません」と言った。
「でも地道に努力していけば認められるよ。念入りに準備して華麗な中忍デビュー飾ろう!」
「修行には限界がある。実地で一年経験を積むのと、一年修行するのとは天と地の差だ」
「まあ……そうかもしれないけど……」
「お前には分からないさ。オレの気持ちは……それが悪いわけじゃない」
イタチは瞼を伏せて下を向く。わたしは焦燥感に苛まれるイタチを安心させることができたらいいと思って、笑みを浮かべて言った。
「そうだよね。みんなそれぞれ、誰にも理解されない悩みってあるよね」
イタチはポケットに手を突っ込んでそっぽを向いた。
しばらく二人で黙り込んだ。
「さて、そろそろやるか!」
サスケとじゃれ終わったシスイが、ニカッとした白い歯をみせてイタチに笑いかけた。
サスケが、シスイの胴に手を回して「シスイ兄さん!イタチと修行するの?」と聞いた。イタチは、パッとサスケの目線に屈みこんで「ああ、だからサスケはちゃんと留守番してるんだぞ。母さんすぐに帰ってくるから」と頭を撫でる。そうか――今気づいた、ここの隣の大きな家が、イタチとサスケの生家なんだ。
紺地に団扇の紋様を背負ったイタチの背中が「とっととどっか行け」と語っていたのでシスイに会釈してその場を離れた。
その後ネギ・クルミ家に押しかけて、クルミの母・チコに可愛がられたり、ユズリハに少し怒られたり、ネギのお墓に線香を備えたり、洗濯物を運んだりした。
クルミの家は古めかしく立派な平屋で、襖で区切られた三十畳の部屋には金糸で織った団扇の家紋と炎を吐く龍の絵が描かれた美しい掛け軸がかかっていた。二人所帯のユズリハの家と比べて何倍も広く、物置が少し荒れていたり書院造の一角が埃をかぶっている様子から維持に苦労しているのが伺えた。わたしは、下忍だから大丈夫!下忍だから力持ち!と主張して、ユズリハとクルミがお爺さんとヤクミの父の介護をする間、チコさんと一緒に家事を手伝った。
チコに、「おじいさまにご挨拶にいきましょうか」と言われ、ユズリハと一緒に寝たきりのお爺さん(クルミの祖父)に挨拶に行ったが、彼は布団の上で微動だにせず目を開けなかった。チコは家事を手伝ったことを褒めて、「元気な子だねえ」とお菓子をくれた。ヤクミのお父さんは、ユズリハに支えられながら杖を突いてゆっくり廊下を歩いていて、挨拶すると、彼もまた「元気な子だね」と言った。
帰り際、ユズリハは「今度からは、わたしがおうちにいるときに会おうね」と微笑み、わたしの髪を優しく撫でた。